うちの高校はステージ発表が全て行われてから、3時間ほどの間にインターネットを通して投票が行われる。
ちなみに優勝したチームには1人1000円分の学校内で使えるクーポン券が配られる。
そうして、今は3時間ほどが経過し、結果発表のために全校生徒が集まり生徒会長のお話が始まるところだった。
『例年にも増して盛り上がりまして...』
そんな言葉が耳に入ることはなく、俺はただ結果を待ち続けた。
俺にできることは...やったつもりだ。
だから、もし...優勝できたら...俺は。
そうして、結果が発表が行われる。
『それではステージの出し物から結果発表いたします。まずは1年生ですが...準優勝はクラス一体のダンス発表を行った1年2組です。コメントとして多かったのが...』
インターネットの投票の際、同時にコメントを書くことが可能であり、こうして順位とともにコメントを読まれるのが恒例となっていた。
『そして、最後に3年生です。3年生が最もコメントが多く、様々な意見が寄せられていました。それでは準優勝から発表いたします。準優勝は...圧倒的な演技力と少し後に引くような物語を見事に劇にまとめた...3年3組です』
「うわー!準優勝か!」「まじか!頑張ったんだけどな!」「くそー!」という中で、拳を潰れんばかりに握りしめる俺。
勝てなかった。...全力を出しても届かなかった。...なんで...なんで!いけなかったのはなんだ!足りなかったのはなんだ!分かってる!真凜ちゃんの脚本は完璧だった!みんなもミスはなく練習通りにできていた!だとすれば...問題だったのは俺の演技力だ!くそっ!くそっ!
奥歯を強く噛み締める。
最近は負けて当たり前、失敗して当然と思っていたのに...。他の子に役を取られた時の...あの時の忘れかけていた悔しさを今更ながらに思い出しながら目には涙浮かんでいた。
謝らないと。みんなに。
俺のせいで負けたことを。
無理やり劇をやって勝てなかったことを。
「...ッ!...み、みん「みんな頑張ったよ!」と、真凜ちゃんが俺を隠すように皆んなに言った。
「...おう!いや、俺すげー楽しかった!それにやっぱ碧の演技すげーって思った!」
「俺も俺も!あの迫真の演技は普通の人には無理だって!あれがなきゃ絶対準優勝はなかったから!」
「そうそう!碧くんちょーかっこよかった!いろんな人に聞かれたよ!あのかっこいい人は誰ー?って!」
みんなが俺を庇ってくれた...。
あの時はいつも母さんに泣きついていた。
母さんしかいなかった。
けど、今の俺には...こんなにも認めてくれる人たちがいる。それに...。
「...碧くんは頑張ったよ」と、真凜ちゃんは振り向いてそう笑ってくれた。
「...うん。ありがとう...真凜」
優勝したのは5つのバンドがそれぞれのジャンルで演奏した隣のクラスである4組だった。
◇PM8:15
湯船に浸かりながら天井を見上げる。
はぁ...。肩の荷がだいぶ降りた気がした。
ここ最近は演技のこととか、本番のことを想像して緊張して寝られないこともあったが...終わってみればあっという間だった。
受験まであと3ヶ月...か。
現時点でも東大合格率は25%前後と見込みとしてはかなり低めだった。
あとは勉強に打ち込むだけ。そうだ。これでいいんだ。
けど...優勝したらなんてカッコつけたのに結局準優勝か...。
そう思っているとお風呂場の扉が開く。
そこに立っていたのは少し照れた顔をした真凜ちゃんだった。
「...真凜ちゃん!?」
「...一緒にお風呂入っていい?」
「え!?いや、えっと...」
「...入りたいの」
「...ど、どうぞ」
そうして、真凜ちゃんと一緒にお風呂に入る。
浴槽の中で正面で向かい合う。
タオルを纏っているとはいえ...ものすごく緊張する。
「...えっと...お疲れ様...。脚本まとめてくれてありがとうね」
「...ううん。未熟な私のせいで...ごめんね」
「何言ってんの!真凜ちゃんは...すごく頑張ってくれた。足りなかったのは俺だったんだよ」
「本気で言ってるの?」
「...え?」
「クラスメイトもみんな言ってたでしょ。葵の演技はすごかったって。それにコメントでも1番多かったのは碧くんのことだったじゃん。...碧くんは完璧だった」
「...そんなことないよ。やっぱり俺は演技とか無理だなって思った」
すると、真凜ちゃんはいきなり立ち上がって倒れ込むように俺の両肩を掴む。
「...いい加減にしてよ!私には嘘つかないでよ!本当はすごく悔しかったんでしょ!本当は...もっと演技してたいって思ったんでしょ...!なんで素直にそう言わないの!なんでいつも自分のせいにするの!なんで...私にも背負わせてくれないの...」と、タオルが少し緩んでしまうのも気にせず俺の肩を掴みながら泣きながら...そう言った。
「...ごめん。...本当は...すごく悔しかった。はらわたが煮え繰り返るくらい...悔しかった。自分にムカついた。けど、こんな自分を見せるのが恥ずかしくて怖かった。ごめんね」
「...私の前では素直でいいの。ね?」
「...うん」と言いながら俺は真凜ちゃんを抱きしめた。
そして、子供のようにワンワンと泣いた。
悔しかった、俺は頑張った、でもダメだった。こんな情けない自分が嫌だった。ここで優勝してこそみんなから認められるような、そして俺自身が胸を張って真凜ちゃんの隣に居られる気がしたから。
そんな稚拙で子供な言葉をただ並べ続けた。
「...うん」と、真凜ちゃんはただ俺の頭を抱き抱えながら静かに頷いてくれた。
「...ありがとう。大好きだよ...真凜ちゃん」
「私も大好きだよ。碧くん」
そうして、泣き止んだ俺に真凜ちゃんはキスをしてこう言った。
「...大学行くのやめよ?」