「...さっぽろテレビ塔はテレビ放送の改札のために作られたんですけど、12年くらいで使われなくなっちゃったんです。...別の所にもっと優秀なテレビ送信所が作られたせいらしいんですけどね...」と、テレビ塔から見える景色を眺めながらそう呟く。
「私はこのさっぽろテレビ塔の気持ち...なんとなく分かるんです。小さい頃はみんなに可愛いって言われて...自分が1番って思ってました...。けど、歳をとるごとに自分は大した価値のない人間だと分からされるんです。...コミュ力低くて、背も小さくて、運動もまるでダメで...頭はいいけど1番になれなくて...。そして、好きな人の1番にもなれませんでした...」
「...」
「罪悪感とか覚えなくていいですよ...。碧くんは何一つ間違ってないです。私が...私がただただ...意気地なしだっただけなんです。けど...けど、もし...あと1年早く...碧くんにアタックしてたら何か違ったかもなんて...思っちゃうんです」と、目に涙を浮かべながらそんなことを言う。
もしかしたら、そうかもしれない。
あと、一年早ければ確かに俺と海ちゃんと付き合っていた未来もあったかもしれない。
だけど、俺がいうべきことは違う。
分かっている。俺がいうべきことは。
「...もし、1年前に海ちゃんと付き合ったとしてもきっと俺は真凜...真凜ちゃんを好きになっていたと思う。いつ、誰と、どこで出会っていてもきっと最後は真凜ちゃんを好きになっていたっていう自信がある。もし、真凜ちゃんが俺にその気が無くてもそれでも好きになっていたって思う。だからごめん。俺は海ちゃんの気持ちには応えられない」
「...うん。知ってる...。ありがとうね...。その言葉が欲しかった」と、彼女は笑った。
そうして、テレビ塔を降りた俺たちは晴れてただの友達になれた。
「ありがとうね。本当」
「...うん」
「嬉しかった。私に裏表...いえ、二重人格だと分かっても普通に接してくれたこと、受け入れたこと、私の表も裏も見てくれたこと」と、凛々しい表情でそう言った。
非憑依型の二重人格。
それについて少し前に調べた。
誰かに乗っ取られて記憶ごとなくなるのではなく、どちらかというと誰かに操られているような、第三者的な目線になってしまうのが非憑依型の特徴である。
彼女のそれはかなり顕著に現れ、少し攻撃的で積極的になるモードと、いつものオドオドした消極的なモードが存在しているように見えた。
接し方はなるべく変えないようにした方がいいらしく、俺もそうしていたつもりだったが、やはりどこかぎこちなさを感じた。
俺は完璧に向き合えなかった。
それでも彼女はその努力を讃えてそう言ってくれているのだろうと何となく思った。
「...俺なんかよりいいやつは星の数ほどいる」
「星の数ほどいたところで意味なんてないから。だって、その無数の星の中で1番輝いていたのがあんたなんだから。だから幸せになりなよ。私の一番星」
「...うん」
その後、みんなと合流し夕食を食べてホテルに戻ったのだが、真凜ちゃんは一向に俺と口を聞いてくれなかった。
◇
「ちょっ、何で無視するの?」
「...」
「ねぇ、真凜。ねぇ、真凜ちゃんってば」というと、俺に携帯を見せてくる。
そこにはGPS機能で俺がラブホテルに入っている履歴が映されていた。
「あっ、いやこれは違くて...この地下にラーメン屋があって...」
「...嘘つき。信じてたのに」というと、そのまま俺を無視してホテルの部屋に戻ってしまった。
本当は扉を叩いて声をかけたかったが、同室の女の子が居るということもあり、外に出て公園から電話をかけ続けた。
何度も切られて、次第に切ることもしてくれなくなったが、それでも何度も何度もかけた。
そうして、2時間ほど経った時のこと。
ようやく真凜ちゃんは電話に出てくれるのだった。
「も、もしもし!」
『...なに』
「えっと、本当にあれは違くて...」
『...信じられない』
「...でも、本当に違くて...。今公園にいるからさ。外で話そう?」
『じゃあ...証明して』
「証明って言ったって...。レシートとかくれるタイプのお店じゃなかったし...」
『...もういい。無理。信じられない。バイバイ』と、言われて電話が切れる。
それから充電が切れるまで電話をかけ続けたが、結局まりんちゃんが電話に出ることはなかった。