『ねぇ...お母さんは僕のこと...好きだった?』
雪の中で血だらけになった男の子がか細い声でそんな質問をする。
『...うん。お母さんは...本当は...優斗のこと...大好きだったよ?』
『...そっか...。僕も...お母さんが好きだったよ...』と、そのタイミングで目から涙がこぼれる。
それは人工的な涙ではなく、自然と溢れた涙だったことが分かる。
そして、お母さん役に抱きかかえられる男の子が映し出されそのままエンディングが流れる。
無名の監督と無名の役者、そして単館のみで放映された映画『冬館の夜』は知る人ぞ知るB級映画の名作として未だに語り継がれていた。
自分と同じくらいの歳と思われる子が真に迫る演技をしている姿に強く憧れた。
「お父さん...この子すごいね!」
「うん。すごいよなー。きっとあんなことさえなければ今頃有名な子役になってたんだろうな」
「あんなこと?」
主演だった子役の少年は映画上演後の2ヶ月後、不慮の事故に巻き込まれたらしい。
それから何年経っても、彼が映画に出たという話を聞くことはなかった。
役の中の彼が死んだように、役者としての彼もまた死んだのだった。
それから8年ほど経った中学3年のある日のこと。
◇
「ね!
「そ...そうなんだ...」
「えー何そのテンション!あの小野塚くんだよ!サッカー部のエースでイケメンで頭のいい小野塚くんだよ!」
「うーん...。私は恋愛とかそういうのは...あんまり興味ないから」
「えー!勿体な!私なら即付き合っちゃうのに!」
「あはは...」
そんなことを友達の
私は恋愛というものに興味がなかった。
どんなイケメンに口説かれてもきっと心が動くことはないだろうと思っていた。
けど、私自身その直接的な原因が何かはわからなかった。
なぜか人のことを好きになれなかったのだ。
「それでさー、この間のテストでさ」と、話している咲奈の後ろを1人の男の子が通って行った。
少し俯き加減で、陰鬱で、心底絶望したような顔をした男の子。
それがあの子役の男の子であることはすぐに分かった。
それと同時に止まっていた私の心は明確に躍動し始めた。
「数学の点数がー...って、聞いてる?海」
「え?あっ、うん...」
私は全脳神経を使いその姿を記憶した。
とりあえず自分の中学にはいないことだけは分かった。
あの制服...。
そうして、家に帰ると近所の中学の制服を片っ端から調べまくった。
似たような制服をいくつかピックアップすると、翌日の放課後にその学校に行き、制服を確認する。
そうして、3校目でようやくからの学校に辿り着いた。
それからは色々SNSを調べたりしたが、彼の情報が見つかることはなかった。
しかし、それでも諦められなかった。
同じ小学校でその中学に行った子に連絡をとり、思い当たる人がいないかを聞いてみた。
『前髪が長くて、ちょっと陰気で細身で...やる気がなさそうというか、覇気がなさそうな男の子...。あー、もしかして山口のことかな?』
「写真とか...ある?」
『写真?山口の写真とかあるかなー...。ちょっと待ってね』と、それから3分後に戻ってくると、『あったあったー。運動会の写真だけど...端っこに写ってるやつ。今写真送るねー』
そうして送られてきたのは、写真の隅に体育座りをしているあの男の子だった。
「この人...。ね、どんな人なの?」
『どんなって...。暗いやつだよー。友達も少ないし、すっごく大人しい』
「名前は?」
『山口碧だよー』
それから私は彼のことを調べまくった。
住所はもちろんのこと、電話番号や数少ない友達のことや、女の子の知り合いがいるのかなど..
.。それとどこの高校に行くのかまで、全てだ。
それなりに頭の良かった私は進路相談の際、なぜランクを落としてまでこの高校に行きたいのか先生に問い詰められていた。
「おいおい、七谷。お前ならもっと上の高校狙えるだろ。わざわざちょっと遠いランクも低いこの高校にする意味が分からないんだが」と、担任の教師に言われた。
「...この高校じゃないとダメなんです...」
「でも...」
「この高校じゃないなら高校に行きません」
そうして、親と先生の反対を押し切って私は彼と同じ高校に入ることに成功した。
しかし、1年と2年は同じクラスになることはなく、ただ彼をストーキングすることしかなかった。
それだけで満足だった。
そうして数年のストーカーの結果で彼の事情については概ね把握することができた。
あの交通事故の一件以降、家族との仲が険悪になり、その扱いは家族と呼べるものではなくなっていること。
それは2人の妹はどちらも天才であることも恐らく関係していた。
100mの女子中学生記録を保持している長女と、テレビ番組に出るほど歌が上手く可愛らしい次女、そんな2人に囲まれながら浴びせられる嫌味と無関心。
そうして、いつの間にか心を完全に閉ざしてしまったようだった。
そんな姿をずっと見ていてどうにかしたいと思っても恥ずかしがり屋な私の性格ではどうしようもなかった。
だから、もし機会があれば少し話をしよう。私にできることなんでもしよう...。
そんなことを思って3年になりようやく同じクラスになれて、今までよりずっと近くにいることができていた。
そして、いつも通り偶然を装って彼の後をストーキングしていると、彼もまた誰かをつけていた。
それはクラス1の人気者である、汐崎真凜だった。
その瞬間、私の心は張り裂けそうになる程痛かった。
けど、驚いたのはそれだけではなかった。
あの天使様と仲良くタクシーに乗り込むとどこかに消えていってしまうのだった。
「...なんで」
...私の中で何かが分裂したような気がしたのだった。