鼻に何かが当たる感覚で目を覚ます。
「...」
「あっ、起きた!えへへ」
鼻をツンツンと突く真凜ちゃんの姿がそこにあった。
「...何してんの?」
「何つつきで起きるのかなーっと思って遊んでた!本日の記録は15つつきでした!」
「...そっすか」
「えー、なんかテンション低くない?」
「朝はこんなもんだよ...」
すると、寝巻きのボタンを一つ二つと外し始める。
「お、おい!//」
「あれっ?元気出たぁ?あっ、違うほうが元気になったのかなぁ?」と、イタズラな笑みを浮かべながら、体をくっつけてくるのだった。
◇
「...朝から疲れた」
「とか言ってー!鼻の下伸び伸びだったのにw」
「...あの...冗談でもそういうこと他の男子にしてないよね?」
「するわけないジャーン。てか、私が他の男と寝てると思ってるの?」
「いや、そうじゃないけど...。Yシャツのボタン外してブラジャーをチラッみたいな...」
「...私のこと痴女だと思ってる?」
「...」
「何で目を逸らすの!そんなふうに思ってたの!?違うから!私はちょっとでも...碧くんに見てもらいたいだけだから!」
「あっ...そっすか...」
「引かれた!?それより!今日はゲームをするからね!忘れてないよね?」
「あぁ...うん」
そんな空返事をしながら、高層マンションからの景色を眺める。
数日前までは小さな天窓が俺にとっての景色だった。しかし、今や100万ドルのこの景色さえ見慣れた日常になりつつあった。
そんな何とも言えない感情に浸っていると、不意に変な音のチャイムが鳴る。
どうやらそれはコンシェルジュからの連絡のようで何やら会話をしていた。
「え?いや、そんな急に...。いやでも...。うん...。別にそんなんじゃないけど...。でも...」と、チラチラと俺を見ている。
そうして、渋々受話器を置くと気まずそうに「...えっと...お母さん来ちゃった」と言うのだった。
「...え?」
「あと...お母さんはもちろん結婚したことは知ってて...。けど...その...碧くんは事情があって挨拶に来れてないって言うことになってて...」
「ちょっちょっちょっちょ!!なにそれ!?情報量多すぎじゃない!?俺めっちゃ失礼なやつになってるってこと!?」
「...うん」と、苦笑いをしながらそんなことを言う。
...いきなり人生の岐路に立たされたのだが。
「と、とりあえず、頑張ろう!碧くんなら出来る!」
「何その根拠のない自信!?」
「こ、根拠はあるよ!だって碧くんは...」
そんな問答をしていると、無慈悲にチャイムが鳴るのだった。
そうして、一つ俺に向かって頷いた後、玄関に向かって行く真凜ちゃん。
ゆっくりと目を閉じる。
設定は【事情があって挨拶ができなかった】、【お母さんに気に入られるような人間】、【きちんと真凜ちゃんを愛している】、【ラブラブな二人】、【将来のことも考えている】そんな理想の旦那。
出来る、俺なら出来る。
そう呟きながら俺は初めて結婚指輪を嵌めるのだった。
そうして、玄関で二人が話し合っている間に俺は役を下ろしたのだった。
目の前に現れたのはまさに大人版真凜ちゃんといった感じの完璧美人な女性だった。
「初めまして!汐崎碧です!ご挨拶に行けず申し訳ございませんでした!」と、綺麗に頭を下げる。
「あらあら、いいのよいいのよ。何か事情があったのでしょう?」と、口元は笑っているが目元は全く動いていなかった。
「いえ、事情があったとは言え、今日の今日まで挨拶ができなかったのは事実です」
「あなたの中で少しでも罪悪感があるのであれば、私はそれでいいと思ってるわ。座っていいかしら?」
「はい!」
柔らかい雰囲気に強めの言葉。
そのギャップがより緊張感を高める。
「今日はわざわざありがとうございます!」
「少し寄っただけだから、すぐに帰るから安心して?」
「そんなそんな、わざわざ足を運んでいただいたわけですし、ゆっくりしていってください!」
「畏まらなくていいのよ?私は普段のあなたと真凜の様子が見たいだけだから」
自然という名の不自然を演じなければならないということか。
いや、しかし真凜ちゃんが普段俺たちの様子をどう伝えているか分からない。
不用意に俺から動くのは危険か。
そう思ってチラッと真凜ちゃんの方を見ると、顔だけはお母さんの方に向いているが、目は泳ぎまくっていた。
この子は大事な時にポンコツであった。
「ス、スゴクナカヨクシテルモンネ。ネ?アオイクン」
頼むからもうしゃべらないでくれ、この大根役者!
「私も真凜から聞いているわ。どうやら、碧くんが真凜にぞっこんだとか...。毎日夜の相手をするのが大変だって言ってたわね」
ちらっと、真凜ちゃん見るが当然目を逸らしていた。
真凜ちゃん話盛り過ぎだろ!
何がどうなったらそんな脚色できるんだよ!と思ったが、今のこの様子できっと思考0のまま適当に喋り続けていたのだろう。
「は、はい!真凜ちゃんには本当にお世話になりっぱなしで...けど、ちゃんとお互い支え合えるように頑張ります!」と、真凜ちゃんの肩を抱き寄せる。
「!!!///」と、顔を真っ赤にする真凜ちゃん。
「そうね。この子抜けていることも多くてね。支えてくれると嬉しいわ」
「はい!」
「うふふ。いい子で安心したわ。それじゃあ、私はもう行くわね。じゃあ最後に一つ。今ここでキスをしてもらえるかしら?」
「...はぁ!?何言ってんのお母さん!?//」と、ようやく正気に戻る真凜ちゃん。
「いやいや、二人のラブラブっぷりを見たいなと思ってね?私も青春したくなっちゃうわ〜。二人のチューが見れないとお母さん帰れないわ〜」
やるしかないのか...。
そうして俺は真凜ちゃんと向き合い、両肩を手で押さえる。
真凜ちゃんは既に思考停止してしまったのか、「えへへへ」しか言わなくなっていた。
そのまま、自然に唇を重ねた。
...よし、上手く行った!...と、思った瞬間だった。
真凛ちゃんの舌が俺の舌に絡みついてくるのだった。
「!?//」と、流石の俺も動揺する。
母親の前でディープキスする奴がいるか!
お母さんから見えない位置で、ポンと体を叩くとようやく正気に戻るのだった。
「こ、こんな感じでラブラブなんです!」
「あらあら、まさか深い方のキスが見れるなんてねぇ...。お母さん嫉妬しちゃうわ」と、そんなことを言い残して「それじゃあ、また今度ゆっくり話しましょう」と、去って行くのだった。
「...真凜ちゃん」
「らぁにぃ?あおいくぅん...//」
「...今日の勝者は俺でいいのかな」
「ぅんっ//」
こうして、俺と彼女のファーストキスは不意に終わりを告げたのだった。