あの後、料理を始める汐崎さんをぼーっと見ていたのだが、いつの間にか睡魔に襲われてソファの上で眠ってしまったのだった。
バッと起き上がると、キッチンに立っている真凛ちゃんが見えた。
眠い目を擦りながら、キッチンに向かうと「うわっ!ビックリした!起こしちゃった?」と、エプロン姿の汐崎さんが立っていた。
「いや...大丈夫」
「ね、どう?私のエプロン姿!可愛い?」
「...うん。可愛い」
「えへへへへへへへ//碧くんもかっこいいよ?//」と、顔を真っ赤にしている。
寝起きのせいで普段かかるストッパーが壊れて思ってる言葉がそのまま飛び出してしまった。
てか、俺みたいなモブAみたいな人間の可愛いなんて言葉で喜ぶのはきっとこの子くらいだろう。
「あっ...ありがとう...」と、そんな可愛い女の子にかっこいいなんて言われて俺も少し照れてしまう。
「碧くんはソファに座ってて良いよ?」
「え?でも...」
「いいからいいから!ね!」と、無理やりソファに座らされる。
そうして、流れているテレビをなんとなく見つめる。こんなふうに家でゆっくりできる時間があるだけで俺には十分に幸せな時間だった。
てか、あの汐崎さんが俺のことを好きで、結構ヤンデレ化しちゃってて、夫婦になって、一緒に暮らすことになるとか...改めて考えても中々理解できない話だよな。
手に届くはずもない高嶺の花どころか、エベレストに咲く大輪ぐらいの存在だと思ってたのに...そんな彼女が今、俺のためにご飯を作ってくれてるとか...。
ファンクラブの人間にバレたら殺されそうだな。
そうして、30分後に「出来たよ!」という声がして、2人で食卓につく。
「いただきます!」
「...いただきます」
美味しそうにご飯を食べる汐崎さん。
俺の知ってるいつも見ていた汐崎さんがそこに居た。
料理の味は大変美味しかった。
大概こういう抜けているキャラは何かしらの要素は欠けているものだが、この人に限ってはそういう必要スペックでかけているものなんて何もなかった。
「...汐崎さんはさ「汐崎って呼ばないでよ!碧くんだって汐崎なんだよ?」
「...あっ...そうだったんだ...」
当たり前だが結婚すれば苗字が変わる。
新しい戸籍の名前を見た時俺の名前が汐崎碧になっていたので分かっていたことだが、どうやら俺が婿入りした形になっていた。
彼女が『山口』になるのではなく、俺が『汐崎』になるようにしたこともきっと彼女なりの配慮なのだろう。あの家との関わりを少しでもなくすために。歪んだ愛の形であってもそれは間違いなく愛だったのだ。
「じゃあ、俺は...汐崎碧なんだ」
「うん!けど、外では今まで通り山口でいいと思うよ?山口から汐崎に変わったなんて言ったら結婚してるのバレちゃうし!」
「俺たちが結婚してることは隠す感じ?」
「勿論!言っちゃうと碧くんに色々と迷惑かけそうだからさ...?まぁ、公的書類は汐崎になっちゃってるからいつかは学校にバレるかもだけどwてことで、2人きりの時は真凜って呼んで?真凜ちゃんでもいいけど!」
なんだかあの汐崎さんを呼び捨てにするのは烏滸がましかったので、ちゃんづけにすることにした。
「...真凜ちゃん」
「そっち呼びなの!?//っ!!!//死ねる...//今すぐにでも死ねる!//」
「...じゃあ呼ばないよ」
「ダメ!ちゃんと呼んでくれないとー..,うーん...襲っちゃうぞ?」
「...それは...困る」
「でしょ?...って、なんで困るのさ!!」
「それはまぁ色々」
「むー」と、頬を膨らませる汐崎さん。
「一応確認しておくけど、碧くんは好きな子とがいないんだよね?」
「居ないよ。恋愛とかしてる時間ないし。そういう気持ちにもなれなかったし」
「ふーん...。じゃあ、ちなみにうちのクラスで1番可愛いと思うのは誰?」
「そりゃしお...真凜ちゃんだけど」
「私はラーメンじゃないから。塩マリンとか、醤油マリンとか居ないよ?けど...そう...ふーん?そっかー」と、露骨に機嫌が良くなる。
「誰がどう見ても学校1可愛いと思うし」
「...!!//...ち、ちなみに!...じゃあ2番目は?」
「2番目?...うーん...
「...
「いや、べ、別に好きとかそんなんじゃないから...」
「ふーん?どうせ私を1番って言ったのは建前で、本当は海ちゃんが1番なんでしょ。可愛いもんねー。女の子らしくて、小動物みたいで、大人しくい子を守ってあげたくなるもんねー。おっぱいも大きいし?男子はああいうあざとい子が好きだもんねー」と、露骨に拗ね始めてしまう。
「...」
今のは誰の名前をあげても同じ結果になっていただろうし、名前をあげなきゃあげないで怒ってたんだろうな...。
「...ごめん」
「謝った!なんで謝ったの!?やましいことでもあるの!?」
「いや、ないよ...。別に七谷さんと話したこともほとんどないし...」
「そ、そう...。それなら良かった...。わ、私はもう現在進行形でいっぱい碧くんと話してるもんね!」と、ここに居ない七谷さんにドヤ顔をする。
そもそも、七谷さんにそんなことでドヤ顔したところで向こうは反応に困るだけだと思う。
「てことで、碧くんは指輪とかしなくていいから!私は一応魔除けというか男避けというかそのためにつけておくけど。ほら、人妻なら告白とかしてくることなくなるでしょ?」
...なるほど。わざと指輪をしていたのにはそういう意味があったのか。
噂によると週に3回程度の回数で告白をされるらしく、毎度丁寧に断っていたらしいし、流石にそういうのにも疲れてしまっていたのだろう。
「...うん。わかった。ご馳走様。すごくおいしかった」
「うふふ//それは良かったです//あっ、お皿は置いといていいよ!」
「いやいや、これぐらいはさせてよ」
「ダーメ!碧くんには私が居ないと生きていけないダメ人間になってもらわないといけないの!だから、家のことは何もしないで!全部私を頼って!」
それ、普通本人に言うか?
「...ダメ人間になったら捨てられちゃうかもだし」
「捨てないよ!私の方こそ...嫌われるんじゃないかって...心配だよ。だから...私と同じくらい好きになってもらわないとダメなの!」
「お、おう...」
確かに、この人と一緒にいたら本当にダメ人間になりそうではある。
なんでも持ってる人と、何も持ってない人。
誰がどう見ても釣り合いが取れていないのは明白だ。
きっと、この劣等感みたいなのは一生消えない。俺が妹たちに抱いている気持ちと変わらない。
「ね...//その...お、お風呂は...//」
「1人で入るよ」
「即答!?もー!!」と、弱パンで背中を殴打される。
そうして、俺と彼女の−1日婚がスタートした。