【動画URL】
https://youtu.be/pbyMshsXRUw?si=nGBfPC_jG8ZCUB0E
◇翌朝
必要なものを確認し、いつもより少し遅めに家を出て役所に向かう。
学校がある日にバスに乗るのは、なんだかちょっと悪いことをしている気分になる。
いや、さぼっているということに変わりはないのだから悪いことは悪いことなんだろうが。
そうして役所に到着し、番号札を発行してくれる機械のボタンを押して、椅子に座って待っていると携帯電話がバイブする。
『ビックニュース!あの汐崎さんが誰かと結婚したらしいぞ!!』と、清人から連絡が来ていた。
結婚?あぁ、そういや女の子も18歳にならないと結婚できなくなったんだっけ?
つまりは元々付き合っている男の子がいて、この18になるタイミングを見計らって結婚したということか。なるほど。
しかしながら、あの天使様が誰かと付き合っているという信憑性のある噂など一度も流れたことがない。
...少なくてもうちの高校の人間ではないだろう。もしそうなら何かしらを見ている人間がいるだろうし。
まぁ、よく分からないので『誰かって誰だよ』と返信すると、俺の番号が呼ばれる。
そのまま受付の椅子に座ると「本日のご用件は?」と、受付のきれいなお姉さんが言う。
「えっと...分籍届を出したくて...」
一瞬、ビックリしたような顔をする。
分籍とは、今いる戸籍から抜けて届出人を筆頭者とした新戸籍を作る手続きのことだ。
まぁ、簡単に言えば家族との縁を断ちたいとき、もしくは親に頼らないようにする手続きと考えてくれればいい。
俺の希望は前者である。
もちろん、それでも家族というものを完全に断ち切れるわけではないが...。
この日本では家族というものを完全に断ち切る方法がない。一生付きまとうそれはまるで呪いのようにすら感じた。
しかし、これで俺が大学に入ってから一人暮らしをしても、どこに住んでいるかなどももう調べようがない。
そもそもあの人たちがそんなことを調べるとは思えないが...。何かの濡れ衣を着せられたりということもなくなるので安心ではある。
「お客様?」
「あっ、す、すみません。もう一度言ってもらえますか?」
「戸籍謄本と本人確認書類...あと分籍届はありますか?」
「はい」と、用意してきたものを手渡す。
まぁ、こんなことをしても卒業するまではあの家に居ないといけないのだが。
大学に入ったら奨学金を借りて小さいアパートで一人暮らしをする予定だ。
書類を受け取ると、パソコンをいじり始める受付のお姉さん。
そして、数分後何やら首をかしげると奥の方に行ってしまう。
分籍の手続きなんてそんな頻繁にやるようなことでもないだろうし、手こずっているのだろうと思っていた。
すると、席に戻って来て何やら電話を始めて、あわただしくしている。
まさか手続きができないのか?と思っていると、お姉さんの上司的な人もやってきてパソコンを見ながら何やらヒソヒソ話をしていた。
そして、それから更に5分ほど経ってからようやくお姉さんが少し首を傾げながら話し始める。
「えっと...結論から申し上げますと、こちらの手続きは不要ですね」と言われる。
不要?出来ないならまだわかるが...不要とはどういう意味だ?
「...え?どういうことですか?」
「お渡しいただいた戸籍謄本は2週間前の情報となっておりますので...昨日、婚姻届を出されているので既に親御様とは別の戸籍が作られています。そのため、こちらの戸籍から抜けたいということであればそのお手続きは不要になります」
突然、身に覚えのない高額請求をされたかのように唖然とする。婚姻届?誰の?親の?
「...はい?婚姻届?何の話ですか?」
「...え?昨日、婚姻届を出されてますよね?」
「いや...出してないですよ。そもそも彼女もいないのに...俺が誰と結婚したって言うんですか?」と、余計なことを口走ってしまうほど焦っていた。
「えっと...こちらの方です」と、新しい戸籍謄本を渡される。
そこの婚姻の欄には一人の女の子の名前が書いていた。
それはよく知っている人間の名前だった。
【婚姻 汐崎真凛】
その瞬間、俺の目は点と点になり、次の瞬間線になった。
俺の誕生日を知っていたこと、毎年プレゼントをくれていたこと、汐崎さんが誰かと結婚したこと、昨日の誕生日プレゼントの中身が指輪だったこと、彼女の貰ったという発言...。
その全てがつながった気がした。
「...」と、手を口に当てて唖然とする俺。
そうして、結局分籍の手続きができないまま俺はトボトボと学校に向かうのだった。
◇6月13
「ね、誰と結婚したの!?」「てか、いつから付き合ってたの!?」「うちの学校の人!?」「イケメン!?写真とかないの!?」と、普段にも増して彼女の周りには人だかりができていた。
「本人が嫌がると思うから誰かとは言えないなー//」と、少し照れながらそんなことをいいながら手をパタパタさせている。
その左手の薬指には銀に輝く指輪が嵌められていた。
「はぁ...しっかし、あの天使様が結婚ねぇ。とんでもないイケメン御曹司とかなんだろうなー」
「だとしたら間違いなく他校の人間だな」
「そりゃそうだろ。うちの学校にイケメン御曹司なんていねーからなー」
「いいなー。天使様は超尽くしてくれそうだもんなー」
「俺は認めんぞー!」と、クラスの男子としゃべっていると碧が教室に入ってくる。
「おっ、碧~。遅かったなー。碧は誰だと思う?天使様と結婚した人」
「...」と、ちらっと天使様に視線を向けて何かを言いたそうな顔をしていた。
「...ん?どした?」
「いや...何でもない」
「それで?手続きは終わったん?」
「...分籍はできなかった」
「マジ!?なんで!?」
「いや...できなかったというか、必要がなかったというか...」
「え?どういうこと?」
「悪い...。ちょっと俺も色々と整理したいから。また今度話すわ」
「お、おう...」
すると、チャイムが鳴るのだった。
◇同日 PM4:30
「碧~、帰ろうぜ?」と、清人が声をかけてくる。
「ごめん...。今日はちょっと用事あるんだよね」
「ほーん。そっか。OK~。んじゃ、また明日な」
「...うん」
彼女のほうに目をやるが、いつも通り周りには人だかりができていて、そのまま数人の女子たちと一緒に教室を出ていく。
そもそも彼女の連絡先も家も知らない俺は仕方なく彼女たちの後を追うことにした。
いつも通り楽しそうに笑いながら帰宅する汐崎さん。
クラスメイトの女子を尾行するのはなんだかすごく悪いことをしてるような気になった。しかし、事情を聴かないと始まらないので尾行を続ける。
すると、一人、また一人と女の子たちがそれぞれの家に帰っていく。
そして、最後の友達と別れたところで彼女に近づく。
そして、もう少しで追いつくといったところで国道の大きな道から住宅街の方に曲がる汐崎さん。
足早に俺もその角を曲がると「わっ!」と、無邪気な顔で脅かしてきたのだった。
ビクン!?となった俺を見てクスクスとかわいらしく笑う。
「...びっくりした」
「あはははwかわいい〜ww」
てか、追いついたのはいいけどなんて言えばいいんだ。
まずは事情を...なんで俺と汐崎さんが結婚してることになっているのかを...聞くべきなのか?
「あの...」
「もう気づいちゃったんだー。そっかー。思ってたより早かったなー」と、少し小悪魔的な笑みを浮かべる。
その言葉であれが事実であることを改めて認識する。
「あの...どういうこと?」
「立ち話でする内容じゃないし、とりあえずいこっか!」
「...どこに?」
「分かってるくせに〜」と言いながら、耳元に近づくと「私たちの愛の巣にだよ?」と言った。
そして、国道の方に小走りで戻ると手を挙げてタクシーを捕まえる。
そのまま俺の手を引いてタクシーに乗り込み、駅前の高級なタワマンの名前を告げる。
それは俺の新しい本籍に書かれていた住所でもあった。
「...汐崎さん...あんなところに住んでるの?」
「ん?いやいや、違うよ?あそこはお父さんの趣味の家的な?実家は別にあるよ!私が一人暮らししたいって言ったらここを使いなさいって言ってくれてねー」
...タワマンの一室を趣味部屋に使うとか...。
住んでいる世界の違いに絶句する。
タワマンに到着すると、コンシェルジュの前を顔パスで通り、エレベーターを使い最上階のボタンを押して上がる。
「そういえば昨日ね、
「...うん。
「そうそう!瑞稀が私のこと間違えてお母さんって呼んでさw」
「へ、へぇ...」
何事もないかのように当たり前に会話を続ける汐崎さんに徐々に恐怖を感じつつ、エレベーターを出ると、3408号室と書かれた家に入っていくのだった。
流石はタワマンの最上階。
そこには最高の絶景と綺麗な装飾品が飾られていた。
リビングに案内されると「座ってていいよ?」とソファに案内され、「何か飲む?」と聞かれる。
確かにのどは乾いていた。
「それじゃ...お茶を」
「はーい!」と、学校と変わらないテンションの彼女は冷蔵庫からお茶を取り出していた。
改めて見渡すと...なんともすごい家だった。
窓から駅前を見渡せる景色はまさに絶景といって差し付けなかった。
そして、ふと一つの部屋に目をやると俺は言葉を失った。
そこには【あおいとまりんのへや♥】という手書きのネームプレートが飾られていたのだ。
「...あの」
「ん?どうしたの?」
俺は気づくのが遅すぎた。
これは誰がどう考えても異常事態だ。
彼女に事情を聞いて『はい、おしまい』なんてことになるわけがない。
一旦仕切り直して...。と、鞄を握りしめたタイミングで「ね、碧くん。碧くんは最初は男の子がいい?それとも女の子がいい?」と言われる。
「...何が?」
「決まってるじゃん!私たちの子供♥」
「...」
「これからはずっーと一緒だよ?」
それはあの手書きのハートの如く、黒く歪んだ愛だった。