千晃はおはぎが3つ入ったビニール袋を持って、車の運転席に座った。
助手席に静かに座る暁斗に声をかける。
「借りてきた猫みたいに静かだな。何してるんだよ」
「……ちょっと、自信無くなってきた」
「急に? 俺にライバル宣言して、それ?」
「白崎の表情で何となく……分かる」
「……お前なぁ、想像しないでぶつかってこいよ」
バシッと暁斗の背中をたたく千晃は、車のエンジンをかける。そこへ愛香が近づいてきた。窓を開けた。
「おう、愛香。今日は? 車で来たのか?」
「……う、うん。お母さんに送られてきた。え、もしかして、送ってくれるの?」
「……あー、まぁいいけど。後ろ乗れば?」
「わーい。予想外。ラッキー。お邪魔します」
ニコニコしながら、後部席に乗る。しめしめとシートベルトをしめる。助手席でずーんと落ち込む暁斗がいた。
「何、沈んでんだよ」
「……ほおっておいてくださいよ」
「てかさぁ、愛香。送られるだろうと思ってただろ?」
「え? なんで?」
「おはぎ、3個も入ってるから」
「……あ? ばれた? 暁斗くんも食べるかなと思って、一つだけじゃだとね」
「え? 俺も食べていいの?」
「ごめんね、好き嫌いない? あんこしか買ってないけど」
「お、おう。俺はあんこ一番好きだよ」
「……良かった」
愛香はその言葉に嬉しく感じた。千晃は、急にご機嫌になった暁斗に肘をつく。
「ちょ、やめてくださいよ」
「……何か、むかつくな」
「……??? なんでですか」
「まぁ、いいや。んで? どこで食べるんだよ」
「あ、考えてなかった」
「先生の家で!」
「絶対やだ」
「なんでですか」
「とにかく、嫌なの」
「はいはい。わかりましたよ。そしたら、塾でいいじゃないですか」
「えーーー、仕事じゃないのに??」
「白崎、まだ行ったことないだろ?」
「あ、確かに。見てみたいかな」
「よーし、んじゃ、出発進行!」
「お前が運転するわけじゃないだろ」
「あ、運転代わりますか? 免許持ってますよ」
「いや、絶対やだ。行けばいいんだろ、行けば!!」
千晃は、ご不満な顔をして、しぶしぶ、塾の教室へ向かうことにした。後部席で愛香は外を眺める。仕事ばかりで外出することが少なかった愛香にとって気分転換になった。暁斗は、少しだけもやもやした気持ちで助手席からバックミラー越しに愛香を見ていた。3人はしばし沈黙のまま、車は走っていく。