高校を卒業して、大学の試験に落ちた暁斗は一浪だ。千晃の塾に通って勉強のやり直しをしていた。中学の授業にまでちゃっかり参加して勉強している。家族ぐるみの付き合いにまで発展していた。月謝は高校の勉強のみでいいと何故か塾の生徒会長並みに盛り上げ役でもあり、人生相談までしていた。千晃より先生になってる暁斗だ。むしろ、サポート役で補助の先生のようだ。
そんな2人は愛香の働くスーパーマーケットささきに車で向かっていた。海沿いにある店は潮の香りが漂っていた。
「いらっしゃいませ」
暦の上では秋でも外はまだまだ暑い。お店の冷房がガンガンついていた。手でうちわのように仰ぎながら、暁斗は中に入る。千晃は罰悪そうに下を向きながら、自動ドアを開ける。商品の棚おろしをしていた愛香は、2人が入ってきたことも知らずに仕事に夢中になっていた。今日入ったばかりの新商品のカップ麺が早く食べたくて気になっていた。今日のお昼はこれを買って食べようと鼻歌を歌っていた。
「白崎!」
暁斗が先に声をかける。久しぶりに会った。高校の秋に会ったっきりだった。水族館に行って最後の1年ぶりだ。髪色は金髪にして、ラフな格好の暁斗に対して、愛香はインナーカラーをまばらにつけて、茶髪。化粧もばっちりして大人びていた。
「…………誰、だっけ」
「俺だよ、俺」
「……ごめんなさい。わからない」
何だか金髪の知らない人に声かけられて、怖くなった愛香は、早々に商品を棚に並べて、立ち去ろうとした。
「……俺、小野寺暁斗」
「え?!」
その言葉に愛香はびっくりした顔をして、足が止まった。
「暁斗くん?」
「そう」
「あれ、高校卒業したんだよね」
「……ああ」
「大学は?」
「予備校通ってる……って言っても小高のとこ」
「???」
「だから、塾行ってるんの。小高先生のとこ」
「あー、ああ。そうなんだ。それはそれは勉強に精が出るよね」
そう言いながら、仕事を続ける。暁斗は必死に追いかける。
「おい、待てよ」
「いや、だって。今仕事中だし。ごめんね」
「終わるまで待ってるから」
「え。でも時間かかるよ。まだ2時だし、私一日仕事してるから」
「……ああ、知ってる。待ってる」
「……待つのは構わないけど」
愛香は迷惑そうな複雑な顔をして、立ち去った。ガッツポーズをして、暁斗は出入り口の自動ドアに移動した。レジ横の袋詰めコーナーで背中をつけて、待っていた千晃に声をかける。
「白崎、仕事してました。真面目に」
「……そう」
「興味ないっすか」
「別に……俺は」
2人で話をしているとカートの移動作業していた愛香が千晃に気づいた。
「先生! あれ、2人で?」
少しご機嫌そうに笑顔になっていた。
「いや、別に。仲よくはねえよ」
千晃は、機嫌悪そうにぶすっとした顔で答える。
「なんで、機嫌悪いの?」
「……やきもち妬きだからね。先生は」
「??? 誰に何を妬いてるの?」
すっとぼけの愛香に千晃は両頬をぐーんと引っ張った。
「痛い痛い痛い」
「相変わらず、餅みたいだな」
ぱちんとはずして、さっと横をすり抜けた。会話はそれだけだ。千晃は何をどう話すべきか忘れてしまった。本当はもっと一緒に過ごしたいって要求があったはずなのに。
「先生、こどもみたいっすよ。何やってるんすか」
千晃の隣に駆け寄って言う暁斗は、そのままついていく。頬をつままれた愛香は痛くて頬を撫でた。何をしたかったんだろうと疑問に思う。久しぶりに会った千晃は前よりも痩せていた。仕事、うまく行ってるのかなと少し心配になる。そのまま愛香は持ち場に戻る。愛香は、何となく、心寂しかった。会えたのに何も話せてない。かと言って、何を話せばいいかわからない。お互いにどんな話していたかなと感傷に浸る。