「愛香ちゃん、こっちだよ」
千晃先生の叔母の万智子は赤いエプロンと赤い三角巾を着て、呼び寄せた。ここは地元の道の駅だった。万智子はずっとここでパートで働いていた。ちょうど人手不足でバイト募集していたため、愛香を誘おうと一緒に来ていた。愛香も一緒になって赤いエプロンと赤い三角巾を付けて、隣に並ぶ。
「白崎愛香です。よろしくお願いします」
「ん? 高校生?」
「あ、いえ。18歳です」
「そうなんだ。若い人が入ってくれると助かるわねぇ」
ベテランおばさんたちが相次いでうなずいた。愛香は18歳の誕生日を迎えたばかりだ。学校にはもう行っていない。母親が退学手続きを勝手にしていたらしい。18歳になれば、ある程度就職先にめどがつく。今はバイトだが、少しでも社会に触れておかないと次の衆力先に響くと考えた千晃先生は叔母さんをあてにして愛香を外に出した。
「期待してるからね。愛香ちゃん」
背中をバシっとたたかれる。居場所がないよりいいかと楽観的になる。
野菜や果物の品出しやレジの両替準備が始まった。出入り口の自動ドアの清掃などの仕事も様々だった。初日は覚えることが多くて頭がいっぱいだ。持っていったメモ帳も最後のページまでびっしりと書いている。
◇◇◇
一方その頃の千晃先生は市役所の生活相談センターに来ていた。
「おはようございます。お待たせしました」
順番待ち用の整理券を渡して、椅子に座る。担当の高橋さんが札を見せて自己紹介する。
「担当の
「あの、塾教室を立ち上げて、経営したいんですが、どこから始めればいいですか」
「塾を開きたいんですね。教員免許はお持ちですか?」
高橋は、後ろの棚から必要な書類を取り出した。
「そうですね。よくテレビCMとかありますけど、大手の丸文さんと、学周さん、英GOさんなど立ち上げに協力してくれる会社さんはたくさんありますけど、テナント借りて経営ですね。あと、丸っきり個人経営がありますが、ご希望はありますか?」
「そうですね。大手の学習塾だと縛りとかあるんですよね。これやってあれやってと……」
「それはありますね。ただ、塾を開く際に会社の協力がありますので、立ち上げるのは楽じゃないかと……。完全に個人だとプランはすべて自分で考えなくてはいけないですよ」
「そういうのできるんで大丈夫です」
「そうならば、こちらに起業手続きの書類手引きがありますので、参考までにご覧ください。こちらの書類は税務署に提出ですね。詳しくはそちらにご相談くださいね。お疲れさまでした」
高橋は、次の人が待っていると思い、ささっと終わらせたいんだなと勘づいて、書類だけもらって、駐車場に向かった。
「とりあえず、新しいこと初めて気持ち切り替えるか。起業……したことないけど、やってみるか。学校に就職するより楽か。1人だもんなぁ」
車の運転席に大きな独り言を言った。誰も聞いてないって分かっているが、言いたくなった。自分が頑張っているって言い聞かせたい。今は無職であることを忘れたいんだ。スマホを取り出して、現実逃避した。昔、流行ったテレビゲームのリバイバルのRPGにはまっている。敵が左に現れて音楽とともにコマンド選択する。次々のミッションをこなす。仕事をこなすつもりでゲームをする。対して体は動いていない。指をぽちぽち押すだけのもの。今はこれをするだけでストレス発散だ。千晃は、先生という肩書を外したらただのゲームをするニートのおじさんだ。紙タバコを車の中でスパスパ吸って、やさぐれはじめる。今はこれでいいんだと言い聞かせるもため息をつくのがやめられなかった。