実の母親が亡くなって十数年。母親代わりに育ててきた叔母の万智子。
いつの間にか千晃先生の父親は母親が亡くなって蒸発してしまう。妻が亡くなったことにより、ギャンブルや酒におぼれて子育てする余裕などなかった。それを見かねた万智子は代わりに育てることになる。万智子自身も結婚して5年は経過していたが、なかなか子宝に恵まれず、千晃が姉のもとに生まれた時は大層喜んでいた。まだ小学5年生の頃だった。
「ちーちゃん、あんたもそろそろ落ち着くんかなって思ってたけど、そっちの考えになってしまったのね」
「欲望には勝てんのやわ。父さんに似たな」
「えー、ちょっと、お父さん。何言うてんの」
奥の部屋から出て来たのは叔父の孝太郎だった。ラフなシャツとハーツパンツの姿で背中をぼりぼりかきながらやってきた。
「可愛いのう。母さんにそっくりじゃん」
「そうなのよね。やっぱり好みなのは母親っぽいわ。てか私にも似たところあるっしょ」
「ないない」
コントのように孝太郎は否定する。万智子は憤慨する。
「何言うてんの。姉妹なんだからあるでしょうが! ……お茶入れなおすわね」
万智子は急須に入ったお茶パックを捨てに台所に行った。
「お久しぶりです。元気にしていましたか?」
「そんな、他人行儀な。他人だけどな。まぁ、ぼちぼちな。それより、よう決断したな」
「えー、まぁ。その、いきあたりばったりですけどね」
「人生どうなるかわからないもんだ。俺も万智子と結婚した時は今か今かってさぐり入れながらだったし……。って、そのつもりなんだろ?」
「……え? あぁ、まぁ、そこまではまだ考えてなかったですね。まだ教師と生徒という感覚が抜けないんで」
「矛盾してるんなぁ? 一緒になりたいって結婚じゃないの?」
「……ですね。そうなんですけど、とりあえずは世間から逃げたいっていうか。まぁ」
「…………」
その話をずっと黙って聞いてる愛香だった。
「大丈夫なん? 愛香ちゃんだっけ? こんな千晃で。人生棒に振ってないよな?」
「な?!」
千晃先生はまさかそんなこと言うわけないと思いながら、複雑な顔を浮かべる。愛香は照れながら、黙ってうなずいた。
「どんなふうにこの子を口説いたんや? マンツーマンの指導でもしたんか?」
「……まぁ、それはご想像に」
「想像できるか、ボケ」
「お父さん、あまりちーちゃんに刺激しないの。まったく、デリケートな問題なんだから」
「んで? 母さんは認めたの?」
「まだ何も言ってないよ」
「……どうするん?」
目を瞬きをして、答える。
「何とかなるっしょ!」
千晃先生は、万智子の言葉に拍子抜けした。それと同時に愛香もそっと胸をなでおろした。緊張していた気持ちが和らいだ。
「ただねぇ、いばらの道ではあると思うのよ。再就職先は決めたの?」
「あー、まぁ……」
「適当に決めてるな?」
首をぶんぶん振って、否定する。愛香は話が長くなりそうだなと思い、ふと縁側に移動して外を眺めた。
海沿いの家で住んだことのない空間でウミネコの鳴き声が響いて新鮮な気持ちでいた。