トタン屋根を過ぎると古い家が目の前にあった。
千晃先生は、愛香を引き連れて、やってきたのは親戚の家だという。
「お邪魔します……」
片手に大きな荷物を持って、玄関のドアを開ける。鍵が開いているようだ。都会から地方に行くと高齢になればなるほど在宅中でも施錠をしない家が多くなる。防犯的には良くないがと思いながら、そっと後ろに着いて行った。
「はーい」
奥から甲高い声のおばさんが花柄エプロンをして出て来た。
「あ、あれまぁ……。何、ちーちゃん駆け落ちでもしてきたの?」
(図星……なんで分かるんだ)
「え、いや、うん。違うけど……たぶん」
千晃先生は、とっさに返した言葉は否定な言葉だ。久しぶりに会って本当のことが言えるはずがない。
「あ、ごめんごめん。積もる話もあるものね。どうぞ、中にお入り。その彼女さんは誰なの?」
「あー、えっと、白崎愛香っていう名前」
からからと元気なおばさんは笑顔で愛香をじっと見つめる。
「姉ちゃんにそっくりね。顔。ちーちゃん、お母さん好きだから似てる人選ぶのね」
「え?!」
「…………」
愛香は何も言えず、笑顔でその場を乗り切った。千晃先生はどきまぎしながら中に入って行く。居間の方に荷物を置いて、仏壇の前に座った。
「……ちーちゃんね。お母さん、小学校の頃に病気で亡くしたの。ここって、私が母親の妹なんだけど、叔母さんね。学生時代からずっとここで住んでてね。上京して……帰ってきちゃったのね。まぁいいけどさ」
おばさんは、仏壇に手を合わせる千晃先生を見ながら話し始めた。愛香は、相槌をして話を聞いた。
「ちょっと、いろいろ教えないでくれないかな」
「……先生の過去が少しずつ分かっちゃうね」
「え? 先生? 嘘、ちーちゃん教え子に手をつけたの?!」
「あ……ごめんなさい」
「……いいよ。どーせ、ばれることだ。
千晃先生は、神妙な面持ちで居間のクッションの上に座った。手招きして愛香を呼び寄せる。
「え? ちょっと待って。今飲み物出すから」
「出さなくていいよ。買って来たから。ペットボトルの紅茶。好きだったよね」
人数分の飲み物をリュックの中から取り出して、テーブルに乗せた。
「あ、ごめん。わざわざありがとう。でもお茶菓子くらいは出すから少し待ってて」
万智子は、台所に行って、お中元でもらっていた果物ゼリーを皿にスプーン乗せて持って来た。
愛香は、緊張しながら、正座して待っていた。
「さて、この果物ゼリーを食べながら、話を聞きますよ。帰って来るってラインはもらってたけど、何だっていうの?」
「……ふぅ。俺、仕事辞めたから」
「え? あーー、まぁ。教師の仕事って大変よね。鬱病になるくらいに切羽詰まるって話聞くからさ。別に反対しないけど、ちーちゃんの場合はちょっと違うわよね?」
状況を察するに、チラチラと愛香の顔を見る。
「俺、白崎と一緒になりたくて、教師やめたわ」
「……………」
万智子は口をあんぐりと開けて、何も言えなくなる。予想はしていたが、まさかあっさりと打ち明けるとは思わなかった。
窓際に飾っていた風鈴は静かに鳴り続けた。