夜が明けた。
モヤモヤと千晃先生のことで頭から離れられない。
一睡もできなかった。
昨日の屋上で、究極の選択を迫られた。
先生が辞職するか、愛香が退学するか。
どっちにするかと問われた。
先生の教師生活をだめにしてしまうことは良くない。
かと言って、自分が退学したところで先生に会えるわけではない。
どちらを選択しても今の自分は幸せになれない気がした。
何も変わらない平凡な毎日がどれだけ幸せなことだったのか。
先生と過ごしたあの瞬間。
体に触れて愛した時間が愛しくて切なくて心が満ち満ちていた。
だが、その代償は大きい。
やってはいけないことをした。
先生は生徒に手を出してはいけない。
恋愛はご法度。
それでも人間ダメだということをしたくなる生き物。
もう一緒にいられないのならば、ここではないどこかに逃げ出したい。
学校という縛りではない。母親からの呪縛。
もう幸せになれないのならば、どこに向かえばいいのか。
愛香は千晃先生と一緒になれないのならば他の人と付き合うということはしたくない。
土砂降りの窓に頬をつけてぼんやりする。高校生でいなければならない理由ってなんだったか。膝を三角形に作って、顔をうずめた。
カチカチと時計の針が鳴る。
突然バタンとドアが開く。母が帰ってきたのかと思った。
白Tシャツにデニムのショートパンツを履いた愛香は目の下にクマを作って、顔をあげる。
「愛香」
家の中に入ってきた千晃先生はぎゅっと愛香の体を抱きしめた。母は、夜勤で明日まで帰らない。名前だけ告げて、抱きしめると腕をぎゅっと引っ張って、家の外に連れ出した。もう、ここじゃないどこかに行けるのならばどこでもいいと何も言わずについていく。千晃先生の背中には大きな黒いリュックを背負っていた。どこか遠くに行くのかもしれないと思うと、張り裂けそうな胸が和らいでいく感覚になっていった。
2人は、街の喧騒の中に交差点を駆け足で通り過ぎていった。