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第15話 静寂な夜に揺れる心

 ジャズのミュージックが流れるスナックあじさいで、ママは大きな氷の入ったグラスにウィスキーを注いだ。

 カウンターに座る千晃先生は、腕を枕にして酔ってぼんやりしていた。小皿に入っていた枝豆がまだ残っている。


「千晃ちゃん、珍しいね。彼女いない期間長いんじゃない?」

「……まぁ、そうですね。片想いが長いみたいで……」

「うそ、モテるのに? いろんな人から声かかっていてどんな女の子がいいのよ」

「高嶺の花っていうか。好きになっちゃダメな人を好きになって……」

「……危ない橋渡ろうとしてる?」


 ママは、千晃と目線を合わせて、じっと見つめる。浮き上がった前髪を直してあげた。


「あんたも苦労する方行くのね。前の彼女も、同じでぎりぎりなとこだったわね。既婚者だし」

「あーーーー……それ、言わない約束!」


 酔いが覚めそうになった。ママの顔を指をさした。


「叶わない恋ばっかり。そろそろ、落ち着いたらいいじゃない」

「そ、そんな。波乱万丈なママに言われたく無いっすよ……むにゃむにゃ」


 急に眠気が襲い、座っていびきをかいて寝始めた。


「飲みすぎよ。まったく。体壊すわよ。こんなところで寝てたら」


 ママは、座って眠っている背中にブランケットをかけていた。

 グラスの氷が溶けかかってカランという音がだけが響いた。今日は千晃以外のお客さんは来てなかった。ママは、店の外の札を「OPEN」から「close」に変更した。カラオケのテレビ画面のスイッチを消して、音楽だけ流した。食器を静かに片づけ始めた。いびきをかいた千晃以外の客はいない。店の中はとても静かだった。


 酔いがさめたのか急に千晃は、目を覚ました。腕時計を見ると、時刻は23時を過ぎていた。


「おはよう。よく眠れた? だいぶ飲みすぎてたみたいね」

「あ、すいません。俺、眠っていた。お客さん、大丈夫でした? いびきうるさくなかったかな」

「……閉店にしたわよ。あなた以外誰も来る気配なかったから」

「あー、それは営業妨害してしまいましたね」

「あなたのせいじゃないわ。ただ、休む時も必要かなって思ってね」


 洗い終わったグラスを棚に戻した。千晃は、財布からお金を出して、カウンターに置く。


「酒しか飲んでない。せっかく出してくれた枝豆も食べてないや。これ、お土産にいいですか」

「今、持たせるから待ってて。会計は飲み物代だけでいいわ」

「……あ、ありがとうございます」

「はい。どうぞ。枝豆ときゅうりの塩こうじの漬物。しっかり食べな」

「助かります」

「付き合い長いからね。良いのよ、気にしないで」

「……俺って、ママからどう見えるですか」

「うーん、お人よしすぎるわ。もう少し自分のこと大事にしたら?」

「……お人よしか」

「ほらほら、明日も仕事でしょう。しっかり寝なさい」

 ママは千晃の背中を押して、送り届けた。

 店のドアをバタンと閉めた。

 ジャケットを羽織ると、外に見たことのある人がいた。

 駐車場の車のそばにぼんやりと立っていた。


「白崎……」


 自転車を横にサンダルにシャツにハーフパンツ姿だった。夢じゃないかを確かめた。


「こ、こんな夜中に何してるんだよ。自宅から結構な距離あるだろ」

「……先生に返さないといけないって思って、さっき自宅行ったらいなかったので、ここかなと思ってきました」


 自転車のハンドルを握りしめ、汗をかいていた。愛香は、紙袋を千晃先生に渡す。


「そんな、今じゃなくたっていいだろ。こんな夜中になるまで……」


「もう、家に帰りたくないんです」

 感極まって突然涙を流しながら愛香は、言う。


「え、そうなのか……って言われても俺に何ができるって……」


 千晃先生は涙を流す愛香の背中をなでて落ち着かせた。お酒を飲んで車を運転できなかったため、愛香の自転車を押しながら千晃先生の歩いて自宅に向かった。終始、愛香は下を向いて何も話すことはできなかった。だが、千晃先生の服のすそはしっかりと握りしめていた。


 真っ暗な夜空には淡月が輝いていた。




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