「小高先生、どうしたんですか?!」
養護教諭の
「中嶋先生、白崎は、階段のところで転んだみたいですが、診てもらってもいいですか?」
千晃先生は、保健室のベッドの上に愛香をそっとおろした。おろされて、足をついた愛香は涙が出るくらい痛かった。騒ぐのは恥ずかしいとぐっとこられて、目をぎゅっとつぶって我慢した。
「白崎、痛かったか。すまん」
「い、いえ、問題ないです……いたたたた」
足をのばしてみようとしたら、けがをしていない反対側の足がつって猛烈に痛かった。
「ここ痛いか?」
「さ、触らないでください!!」
「元気よさそうだな」
千晃先生は、愛香のつった足を確かめようとした。痛いところにさらに触るなんてとぶちぎれそうになる。
「小高先生!! いたずらしちゃだめですよ。けが人なんだから。さてと、白崎さんのお母さんに連絡しないとね」
「え? 足の状態見ないんですか?」
「明らかにけがしてるんだから、先に連絡してから様子見るわ。時間かかるでしょうよ」
「なんと怠惰な先生やな……」
「先生! しっ~」
愛香は、大人げない発言の千晃先生をなだめた。中嶋先生が電話している間に千晃先生は、後頭部をぼりぼりとかいて、窓を開ける。風がふわっと流れてきて、カーテンを揺らす。ワイシャツから透ける細く、すらっとした筋肉美が見え隠れしていた。こんなにかっこいい人だったかなと愛香はどきっとした。
「白崎、とりあえず、出血してなくてよかったな」
「あ、まあ、そうですね。先生、部活の方にはいかなくていいんですか。時間、大丈夫ですか」
「俺が部活の顧問ってよく知ってるな」
「いやいや、ほとんどの先生が部活顧問してますよ。サッカー部ですよね」
「あぁ、剣道部と掛け持ちだけどな。まぁ、いいんだ。コーチが来てくれてるから、俺はお飾りってもんだ」
「そう言いながら、サッカーの全国大会まで行ったことある経験者のくせに……」
「お前、俺のことよく知ってるな。もしかして俺のファンか何か?」
目を丸くさせて驚く。クラス担任になった時に自己紹介で自慢するように言っていたのは千晃先生本人だ。自分の言ったことを忘れている。
電話を終えた中嶋先生が慌ててカーテンを開ける。
「白崎さん、お母さん仕事でどうしても来られないって話よ。あなたのお母さん、看護師さんだっけ」
「……そうですか。分かってたことですけど」
「ほかに連絡できるのは、誰もいないのね……」
「白崎に家族は母親しかいないっすよ。シングルマザーですもん」
千晃先生は気にもせず、さらりと言う。ちょっともやもやした愛香だ。
「え、そしたら、どうしましょうね。けがした部分診てみましょうか」
中嶋先生はようやく、足の状態を診ることにした。足を伸ばしたり、曲げたりして痛む箇所を確認した。
「これは、整形外科に連れていった方がいいわね。かかりつけってあるの?」
「いえ、ありません」
「中嶋先生、俺、連れていきますよ。白崎の家、実は俺の家近いんです」
「え、そうなの。病院も連れてくことになるけど、小高先生大丈夫?」
「はい、大丈夫っす。部活さぼれるんで」
「先生、それ言っちゃいけないやつ」
愛香はボソッとツッコミをいれる。
「あ」
「まぁ、いいわぁ。私の仕事も減るし……小高先生お願いするわね。近くの整形外科には連絡入れておくから」
「ここにも素直な人が……」
愛香は呆れてしまう。目の前にいる2人は本当に年上で先生という資格を持っているのだろうかと疑ってしまう。
「そうそう、中嶋先生もたまにはゆっくりお茶でも飲んでね」
「そうね、最近、レモンティーにはまっててね。って、小高先生、雑談はいいから、早く白崎さん連れてってあげて。病院の名前と連絡先はここね。ナビに電話番号を打ち込めば、住所出るから」
「ナビ?」
「小高先生の車にナビ入ってないの?」
「無いっす」
「先生、私、スマホで案内しますから。マップに入力すればきっと大丈夫ですから」
愛香は手をあげて、ベッドの上に座りながら言う。スマホのマップアプリを開いて、電話番号を入力すると地元でなんでもやとされる整形外科が表示された。
「便利な機能あるんだな」
「使ったことないんですか?」
「おう! 俺は地図を見ずに生きてるからな」
「世界史なのに?!」
「あほ、嘘に決まってるだろ。ほら、行くぞ」
千晃先生は頭にぽんと手のひらを置くとふわっとまた愛香を抱きかかえた。
また急接近できるとは思っていない愛香は耳まで顔を赤くした。借りて来た猫のようにものすごく静かになる。
「どうかしたか?」
「別になんでもありません」
照れ隠しだ。千晃先生は気にもせず、抱えたまま、愛香のかばんも同時に持って職員駐車場に向かった。
そこまでの距離が本当に遠くて今はすごくうれしい愛香だった。
筋雲が広がった空に飛行機が飛んでいくのが見えた。