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第173話:ハーツイーズ大結婚式物語・後編

「おはよー、リッキー」

「おはようファニー、いらっしゃーい」


 結婚式当日、朝早くからファニーとハドリーはヴィーンゴールヴ邸へとやってきた。今は顔パスで敷地に入ることが出来ている。

 ドレスやスーツに着替え、大まかな段取りを打ち合わせるためである。


「あーあ、いよいよかあ」


 やや緊張した面持ちで、ドレッサーの前に座りながら、ファニーがため息混じりにぼやく。


「今日の結婚式は、すっごーく盛り上げるから、楽しみにしててね!」


 ベッドの上に座りながら、キュッリッキは力拳で断言する。


「うん、もうずっと楽しみにしっぱなしよ」


 メイド数名に取り囲まれながら、ファニーは花嫁姿にドンドン変身していっていた。


「今日はイイお天気になったし、トール様たち約束守ってくれたみたいで良かったの」

「トール様?」

「アルケラの神様」

「や、約束って…」

「昨日のうちにアルケラに行ってきて、明日晴れにしないと、もうここへは遊びにこないって脅してきたの」

「……」


 神様を脅すとか「召喚士サマスゲー」とは胸中でつぶやくファニーとメイドたちだった。

 召喚士がアルケラの巫女だということは、一部の者たちしか知らないことだ。ファニーも知らないことなのである。


「さあキュッリッキお嬢様も、お召かえしてしまいましょう」

「そっか、青いドレス着るんだね」

「はい、こちらへ」


 侍女のアリサに促されて、キュッリッキはベッドから降りた。




 もう肌寒い季節なので、キュッリッキのドレスは長袖になっていた。


「生地が薄いので、お寒いようでしたら、ショールを羽織ってくださいませ。この季節の海辺は寒く感じると思いますから」

「飲んで食べての大騒ぎになると思うから、逆にアツイかも」

「確かに、傭兵の皆様が沢山おいでになるんでしたっけね…」


 ビーチが大盛り上がりする様子を想像し、アリサはゲッソリと口の端をひきつらせた。夏の美人コンテストの時を思い出す。

 首筋が寒いだろうと、髪型はシンプルにサイドの髪を後ろで留め、可愛らしい花飾りをつけるだけになった。

 それだけでもキュッリッキは、極上の装いをしているように周りには見えてしまう。しかも、今日はお祝いごとなので表情の輝きも10倍増し状態だ。


「今日の主役はあたしなのに、あんたのほうが綺麗なんだから、アイオン族ってズルいわ」


 キュッリッキの姿を見て、ファニーは小さく苦笑した。


「そんなことないよ、ファニーだって綺麗だもん」

「ありがとん」


 その時ドアをノックする音がして、マリオンが顔をのぞかせた。


「あらん、もう2人ともぉ、準備できたのねぇ~」

「うん! いつでも出動できるよ!」

「おっけぃ~ん。じゃあ、披露宴会場はアタシたちに任せて、2人は神殿へ向かって儀式を済ませてきちゃってぇ」

「はーい」

「判りました」




 キュッリッキとファニーが玄関ロビーに姿を現すと、先に待っていた一同が一斉に階段上を見上げた。


「凄くきれいだよ、ファニーちゃんとキューリちゃん」


 ニコニコとルーファスが言うが、キュッリッキとファニーはマーゴットを見てギョッとひいた。

 キュッリッキの脳裏に真っ先に浮かんだ言葉は「下品」だった。

 ファニーの脳裏に浮かんだ言葉は「場末のステージダンサー?」だった。

 キュッリッキとファニーの表情に気づいて、カーティスは深々とため息をつく。メルヴィンも苦笑を浮かべていた。

 それは、ウエディングドレスというより、ケバケバしいステージ衣装と見まごうばかりの奇抜な派手さである。

 フワフワとしたファーの飾りはバスケットボール大くらいあり、それが肩を大きく飾り、銀色のスパンコールがファーに貼り付けられて、揺れるとキラキラと煌めいている。そして、複雑に編まれた白いレースの袖が幾重にも巻かれ、手の先まですっぽりと覆い隠していた。

 胴には人工ダイヤモンドの粒が覆い尽くすように散りばめられて、シルクの生地の上で一際煌きを放っている。

 ウエストから裾へ向けては、10段くらいのフリルが折り重なり、銀色のスパンコールが散りばめられ、更に大ぶりに作られた花飾りがランダムに貼り付いていた。

 アンバランスに大きすぎるティアラを頭上に乗せ、マーゴットは自信たっぷりに2人を睨みつけた。


「まあ、随分と質素なウエディングドレスなのね」


 顎をそらせ、勝ち誇ったように言い放つ。

 ファニーは何か言おうとしたが、あまりにも圧倒的な下品すぎるドレスに慄き、言葉が浮かんでこなかった。


「随分と派手なドレスなんだねマーゴット…」


 イケナイものでも見たかのような顔で、キュッリッキが絞り出すようにそうに呟く。


「今日の主役は私なのよ。特注で作らせたドレスなんだから」

「ふ、ふーん…」

「さ、さあ、行きましょうか」


 引きつった笑みを浮かべながら、メルヴィンが皆を促した。




 カーティス、マーゴット、ルーファスが先頭の馬車に乗り込み、キュッリッキ、ファニー、ハドリー、メルヴィンは自動車に乗った。


「警備にあたってる軍人たちが、爆笑を堪えてたな」

「あたしが花嫁でヨカッタでしょ」


 ハドリーとファニーは、ヤレヤレと肩をすくめた。


「確かに目立つとは思うんだけど…、あんなドレス、アタシ嫌だなあ」

「そうですね。リッキーはもっと上品なドレスが似合いますから」

「あの女、顔が残念な上にドレスまで残念すぎて、ホント現実が見えてないのね」

「ファニーに勝ちたいんだろうな。女心ってやつだ」


 4人とも複雑すぎる表情かおになる。


「まあ、あの執念深さは女よね。でも、あたしには100%勝つことは無理だわ」

「一番じゃないと嫌なようですから…」

「マーゴットって変わってるね」


 一番を狙って努力することはイイことだ。しかしマーゴットの場合は、別のベクトルを向いている。

 自分を知らず、周りを認めず、現実を受け入れられない。

 キュッリッキやファニーをライバル視しているが、それはライバルという意味とは違っている。

 2人を認めた上で張り合う、ではない。2人が自分を差し置いて、周りにチヤホヤされている、それが気に入らなくて許せないのだ。


「目立つって意味では、あの女が一番かもしれないわね」


 ふふーんと嫌味ったらしく笑うファニーに、キュッリッキは大きく頷く。


「ああいうの、悪目立ちって言うんだよね」

「いえーす」



* * *



「神殿での結婚式は、時間どんくらいかかるんで?」


 料理の入ったケースを馬車の荷台に積み込みながら、ギャリーはマリオンを振り返る。


「小一時間程度で終わるはずよぉ。2組まとめてやっちゃうらしいからぁ~」

「神聖の誓いやら儀式的なことはすぐ終わるけど、役所的手続きが一番時間とるんですよね」


 大荷物を手押し車で押してきたシビルが、縞の尻尾を揺らして言った。

 神殿で結婚式を執り行う時は、同時に書類手続きや何やらも一緒にやってしまう。

 感動的な儀式の後に書類手続きでは、感動が薄れてしまいそうだ。


「そっか。どのみち宴会はすぐ始まっちまいそうだな」


 ギャリーは頷くと、シビルの運んできた荷物を、手早く荷台に積み込んだ。


「ギャリー、酒は現地か?」

「おう、さすがに運びきれねえから、ハーツイーズの倉庫を借りて、そこへ集めてある。海辺の倉庫場の5番倉庫だ。これ、カギな」

「了解だ。ビーチへ運ぶ作業をしてくる」

「頼む、ガエル」

「行くぞヴァルト、タルコット」

「俺様が力仕事とかだりーぞ…」

「文句言うなよ、せっかくの祝い事だ」


 タルコットに窘められ、ヴァルトは唇をとんがらせて肩をすくめる。

 3人が別の馬車で敷地を出ていくのを見送り、マリオンは手にしていたリストを確認した。


「シビルぅ、まだ料理ある~?」

「ええ、ザカリーさんが取りに行ってます。鍋物がまだいっぱい」

「おっけ~ぃ」

「これら100人分の料理だそうですが、到底足りませんよねえ」

「あはは~、だいじょーぶよん。ハーツイーズの各名店や酒屋に声かけまくって、ビーチで露店を出してもらうからぁ」

「わお」


 ビーチに並ぶ露店を想像して、シビルは「たはー」っと息を吐く。

 ギャリーは手にしたリストを目で追う。


「客はどんくらい集まるんだ?」

「んー、1000人くらいはくる予定みた~い」

「……そりゃ、結婚式の祝い事には関係ない連中も呼んでるんだろ」

「誰でも自由に参加おっけぃ、酒も料理も好きなだけ食べ飲み放題、しかも無料だからねん」

「支払いは全部キューリさんなんですよね…」


 心配そうなシビルに、マリオンはケラケラ笑う。


「よゆーよゆー。今のキューリちゃんにとってぇ、ハシタガネレベルよぉ」

「カーティス達はともかく、キューリにとっては特別な親友の結婚式だしな。惜しまず大盤振る舞いなんだろう」

「そんな健気なキューリちゃんのためにぃ、アタシたちぃも頑張りましょ~ぅ」



* * *



 この世界で結婚式や葬式は、街に必ず在る神殿で執り行われる。そして結婚式のみ新郎新婦以外は、儀式への立ち入りを禁じられていた。

 キュッリッキとメルヴィンは控えの間で並んで座りながら、4人の式が終わるのを待つ。


「中でどんなコトしてるのか、見れないのは残念だね~」

「そうですね。でも、オレたちも来年になったら式をしますから」

「だねっ」


 そう言って、キュッリッキはメルヴィンの腕にギュッとしがみついた。


「アタシね、メルヴィンがドキドキしちゃうような、ウエディングドレスにするの」

「どんなドレスにしたいんですか?」

「裾はミニがいいなあ~、で、カワイイデザインのにする」


 ウエディングドレスと聞いて思い浮かぶのは、オーソドックスな長いドレスだ。メルヴィンはキュッリッキのイメージを、なるべく正確に想像してみた。

 きっと、誰よりも愛らしい姿だろうと思い、嬉しくなってキュッリッキの頭にキスをする。


「オレの花嫁が、世界一素敵だと思うと誇らしいです」

「メルヴィンだぁ~い好きっ」

「終わったわよ~、イチャイチャしてるところ申し訳ないケド」


 抱き合いながら2人の世界に浸っていたところへ、ファニーの涼しい声が浴びせられた。


「あ、スミマセン、お疲れ様ですっ」


 顔を真っ赤にして、メルヴィンが顔を上げる。


「神殿での用事はすみました。披露宴会場へ向かいましょうか」


 苦笑気味にカーティスに言われて、メルヴィンはキュッリッキと一緒に立ち上がった。




 神殿の外には新郎新婦の姿を見ようと、通行人が集まって賑わっている。結婚式がある当日には、神殿に設置してある鐘が鳴って、街中に死期があることを報せるのだ。

 外には白いバラやユリに彩られた2人乗り用のオープン馬車が2台と、キュッリッキの自動車が留まっていた。


「先頭の馬車には、私が乗るわ」


 ギャラリーに自らを見せつけるように顎を反らせ、マーゴットは返事を待たずに馬車に乗り込む。

 全然ウエディングドレスに見えないドレスは注目を引き、ギャラリーたちの度肝を抜いていた。


「ハドリーさん、ファニーさん、マーゴットがわきまえずスミマセン…」

「いえいえ、オレ達順番にはこだわらないので、大丈夫ですよ」

「移動するだけだしね」

「ありがとうございます」


 恐縮しながら頭を下げて、カーティスも馬車に乗り込んだ。

 4人の様子を自動車の中から見つめ、キュッリッキはため息混じりに肩をすくめる。


「ホントはハドリーとファニーのための結婚式なのに…」


 メルヴィンは苦笑するにとどめ、あやすようにキュッリッキの肩に手を回した。

 仲間かぞくであるカーティスとマーゴットの結婚式も大事なことは、キュッリッキにもちゃんと判っている。

 しかし今回は、大事な親友2人のために開いている結婚式だ。そのことを蔑ろにしているマーゴットに対して、悪い感情が浮かんでしまうのだろう。


「リッキー、ファニーさんが素敵な花嫁であることは、マーゴットさんが思いっきり引き立ててくれていますよ」

「そうなの?」

「ええ。なにせ、あれだけ酷い花嫁はいないですから」


 にっこりと優しい笑顔で、メルヴィンは滅多に吐かない毒を吐き捨てた。




 先頭の馬車には付き添いが、2台目の馬車に花嫁花婿が、3台目の見たこともない物体がおそらく警備(?)、などと思いながら街道の見物客たちは御一行を見ていた。

 海の玄関口であるハーツイーズ街は、毎日大勢の人々が行き交う。

 とくに今日は結婚パーティーが盛大に開かれるとあって、大混雑していた。その大半の客が傭兵というのもあり、物騒で厳つい男たちが多い。


「披露宴会場のビーチはこっちでーす」


 紙を丸めた拡声器で、パーティースタッフたちが誘導する。

 ライオン傭兵団の他にも、ボランティアスタッフが多く力を貸していて、参加客がスムーズにビーチへと誘われて行った。

 ヴィーンゴールヴ邸の使用人たちも幾人か駆り出されており、巨大なテントの下では、料理の盛りつけや給仕で大忙しだ。


「出張露店もケッコーきてるんじゃなーい?」


 ビーチの一角に20軒ほど並ぶ飲食露店を見て、ルーファスはニコニコと笑顔を浮かべる。


「キューリの知り合いが、街中の飲食店に声をかけてくれたらしくってよ、まだ出店にくるところもあるらしいぜ」

「シカモ盛大に『無料で食べ放題飲み放題!』って宣伝もついてるから、披露宴に関係ないやつも大勢押し寄せてくるだろうな」


 ギャリーに頷きながら、ザカリーはニシシッと笑う。


「食材足りるのかな」


 ビール瓶の詰まったケースを置いて、ランドンは額の汗をぬぐった。


「漁船から直接買い付けてるところもあるらしい。それに街中の食料品店も、ここぞとばかり売りに走ってるそうだしな」

「なんか、思いっきり街の経済に貢献してるね…」


 あはは、と乾いた笑いが皆の顔に浮かぶ。


「カーティスさんたち到着したみたいですー!」


 離れたところでシビルが手を振り回していた。


「お出迎えに行くとするか」




 ビーチの入口に立ち、ハドリーとファニーは口の端を引きつらせていた。


「な、ナニこの大人数は…」

「こないだの美人コンテスト並みの…、いや、それ以上じゃないか?」


 広いビーチはビッシリ人が密集し、食べ物のイイ匂いが満ち溢れている。


「いっぱい集まったね!」


 自動車から降りたキュッリッキは、2人の横に並んでビーチを見渡す。


「見世物とか色々用意してくれてるみたいだから、今日は一日中盛り上がれそうだね」


 にっこり笑うキュッリッキに、2人はゲッソリとした顔を向けた。

 実家に戻ったら「慎ましく披露宴パーティーをすればいい」そう思っていたハドリーだった。それが桁外れの予想外に、背中で大量の汗を流していた。


「さ、会場へ行こう~」


 キュッリッキが2人を促すと、マーゴットがズズイッと前に塞がる。


「私から行くわ」


 ツンッと顎を反らせ前に踏み出そうとすると、


「ハドリーさんとファニーさんから行きましょう」


 そうメルヴィンがマーゴットを押しのけた。


「ちょ、ちょっと何するのよメルヴィン!」

「主役はこのお2人です。わきまえてください」

「そうですよ、マーゴット」


 渋面のカーティスにも阻止されて、マーゴットはワナワナと肩を震わせてメルヴィンを睨みつけた。


「んじゃ、行くか」

「うん」


 ハドリーとファニーは嫌味を込めた笑みをチラリとマーゴットに投げかけて、花飾りと絨毯で舗装されたウエディングアイルランナーに一歩踏み出した。




 花嫁花婿の登場に、ビーチで大歓声が沸き起こる。


「この果報者め!」

「髭にはもったいないぞー!」

「俺たちのファニーちゃあああんっ」

「お幸せにー」


 嫉妬の罵声――主にハドリーへの――が3分の2、祝福コールが3分の1といった大歓声に、ハドリーはこっそりため息をついた。

 そしていつもなら元気に手を振り返すファニーは、顔を真っ赤にしてしおらしく俯いている。

 2人の様子を後ろから微笑ましく見ていたキュッリッキは、感無量で涙ぐみ、手にしていたヴェールで鼻をかみそうになってメルヴィンが慌てて阻止した。


「おめでとう!お2人さん! ついでにおめでとう、カーティスとマーゴット」


 花嫁花婿のためのテントに到着し、ライオン傭兵団が祝辞を述べながら出迎えた。


「会場の用意ありがとみんな。すっごいお客さんいっぱーい」

「まだまだ増えるらしいぞ」

「ええ、ビーチに入りきれるのかなあ…」


 呆れるキュッリッキに、


「あとでリュリュさんたちも来てくれるってよ」


 そうルーファスがウィンクした。


「うにゃあ…驚きなの」




 花嫁花婿のテントには、早速知り合いや馴染みの傭兵たちが多く押し寄せていた。


「俺たちのファニーちゃんを泣かせたら、テメーしょうちしねーからな!」

「ファニーちゃんのハートを射止めたのがこんな髭とは…」


 ファニーの親衛隊が、厳つい顔に涙をいっぱい溢れさせてハドリーに詰め寄る。


「結局ハドリーで落ち着いちゃったわけかあ」

「もっと上狙えたんじゃないの~?」

「顔はともかく中身はイイわよ」

「甲斐性は低いケドね」


 本人を前に、女性傭兵たちは言いたい放題である。


「酷い言われようだな、俺」

「みんな、あんま悪く言わないでよネー」


 苦笑気味にファニーが釘を刺した。


「お前ら傭兵休業して、今後何で食ってく気なんだよ?」

「俺の実家が宿屋やっててさ、それを継ぐことになってる」

「へえ、ドコで宿開いてるんだ?」

「ちょっと西行ったラファティって小さい町なんだが、知ってるか?」

「え、ラファティなの!?」


 女性傭兵を口説いていたルーファスが、びっくりした声を出した。


「町の隅っこあたりなんっすけど、20人くらい泊められる、まあ小さい宿です」


「マジかー! オレらラファティの隣町ビンカーの出身なんだぜ」

「え、マジっすか!」


 ルーファス、ギャリー、ザカリーの3人は嬉しそうに身を乗り出した。


「オレたち3人同郷でさ、ラファティへも結構遊びに行ってたんだよ。学校もラファティにあったし」

「もしかしたら子供の頃に、会ってたかもしれないねえ」

「オレ覚えてねーなあ~~~、髭面のクラスメイトいなかったしよ」

「バカ、子供の頃から髭生えてるわけねーし」

「生えてませんでしたよ…」

「そりゃそーだ」


 ドッと笑いが起こる。


「随分里帰りしてないからなあ、懐かしいよな」

「来ることあったら是非寄ってください」

「もちろん泊まるぜ!」

「みんなもラファティへ来たら、ウチに泊まってってよ。ついでに宣伝もしといて」

「絶対行くわよ」

「ファニーちゃんに会いにいくよお~~~」


 ハドリー家の宿の情報がガヤガヤ流れていく。


「ギルドにも情報登録しておくといいわよ、近場の仕事とか依頼入ると、宿泊施設の紹介もしてくれるし」

「ああ、それ知らなかったわ、後でいっとこっと」

「だなあ。イイ情報ありがとな」


 ハドリーとファニーはずっとフリーの傭兵をしていた。そのため臨時雇用で色々な傭兵団で仕事をすることもあったし、同じフリーの傭兵と組むこともあった。そういうこともあり、とにかく顔も広かった。それに2人とも人当たりがよく、仕事も丁寧で取り組む姿勢もイイので、好感度が高い。


「2人ともいっぱいお祝いしてもらえて良かったの~」

「そうですね」


 感極まりすぎて涙ぐむキュッリッキにハンカチを差し出しながら、メルヴィンはにっこりと微笑んだ。




 結婚披露宴は盛り上がりに盛り上がった。

 便乗して結婚したカーティスとマーゴットのためにも、傭兵界にしっかりお披露目をして祝い、ライオン傭兵団が総力を挙げて考え出した催しが飛び交う。

 その中にカラオケ大会もあったが、参加する気満々のキュッリッキは出場を却下された。


「うわああああああん、アタシも出場したいのおお」


 メルヴィンの膝に突っ伏して泣き喚く。

 美人コンテストで強力な音痴を披露したため、メルヴィンですら却下していた。


「キューリちゃん、一体誰にあんなすさま…凄い歌を教わったの?」


 ルーファスが言葉を選んで問いかける。


「トール様」


 ベルトルドとアルカネットの葬儀で見た神様の一人だと、ルーファスは記憶をたどった。


「アルケラへ行ったとき、よくトール様と一緒に歌ったの。トール様は雷を落とすとき、山を震わせる程の大声で歌うから、負けないように頑張って頑張って大声を出せるようになったんだよ」


 ――トール神、あんたのせいかよ…


 聞いていたライオン傭兵団の心に霜が降りる。

 キュッリッキを強烈な音痴にしたのは、手の届かない神様。――殴りようがない。

 カラオケ大会中キュッリッキは駄々をこねて泣き続け、催し物がクイズ大会になると、涙は引っ込み特設ステージにすっ飛んで行った。

 夕方近くになるとビーチには傭兵たちだけではなく、何事かと集まった一般人も加わり、ハーツイーズ街の飲食店の露店も30店を超えて、全く静まることがない。

 そして夜になると、盛大な花火大会になった。

 花火玉はあちこちから大至急買い集められたらしい。


「あらあ~、花火に間に合ったわン」


 ラフな半袖シャツ姿のリュリュとシ・アティウスが、花嫁花婿のテントに姿を現した。


「どうしても仕事抜けられなくって、今頃になってゴメンナサイね。4人とも結婚おめでとう」

「おめでとう」

「いえ、お仕事ご苦労様です」


 カーティスが苦笑しながら会釈した。


「遅くなったお詫びはご祝儀に弾んでおいたから。――それにしても、随分と盛大になってるわねえ」

「一生思い出に残るお祝いにしたかったの」


 ソーダ水のグラスを両手で持ち、キュッリッキはちょっとお疲れ気味の顔で、にっこりと微笑んだ。


「これだけ盛り上がってるお祝いなら、一生忘れないわネ」


 夜空を彩る花火、ビーチで酒盛りする傭兵たち、露店に群がる人々をゆっくり眺め渡す。もはやただの宴会に成り果てているが、みんな笑顔で楽しそうだ。

 キュッリッキだけの力ではない。親友をめいっぱい祝いたいキュッリッキの心に突き動かされ、ライオン傭兵団や知人たちが協力し、今日の盛大な披露宴が成功したのだ。

 かつて他人に心を開かず、壁を作って、人付き合いがうまくできなかったキュッリッキをリュリュは知っている。それを思うと、キュッリッキの成長ぶりが嬉しくてしょうがない。


(ベル、あーたの力よ…)


 生前ベルトルドの愛と優しさがキュッリッキに伝わり、皆に好かれる女の子に変えた。そしてメルヴィンと相思相愛になり、更に素敵な女の子になった。

 明るい笑顔を浮かべるキュッリッキを眩しげに見やり、リュリュはベルトルドのことを想って花火に顔を向けた。


(あーたの暴れん棒、まだしゃぶり足りなかったわ)




 披露宴は日付またぎまで続き、疲れた様子のキュッリッキを心配して、リュリュはメルヴィンに連れ帰るように言った。


「小娘じゅうぶん頑張ったわ。今すぐ友達とお別れじゃないんでしょ? もう今日は帰って寝かせなさい」

「判りました」

「うん…」


 眠そうに目をこするキュッリッキを、メルヴィンは腕に抱きかかえる。


「皆さんすみません、先に帰りますね。後片付けお願いします」

「おう、こっちは気にすんな」

「おやすみ~」


 みんなに挨拶をして、メルヴィンは自動車へと向かった。そして自動車にたどり着く頃には、キュッリッキはすっかり眠っていた。


「お疲れ様でございます、旦那様」


 自動車の脇に佇み、運転手はドアを開けた。


「ありがとう」


 メルヴィンはにっこり微笑み、自動車に乗り込んだ。


「お嬢様をお起こししないよう、ゆっくり走らせますね」

「すみません、お願いします」


 運転手は礼儀正しくお辞儀をして、自動車を発進させた。


「だいぶ長い時間待機させてしまって、疲れたでしょう」

「そんなことございませんよ。待機中は自由行動でいいと言われていましたから、露店でしっかり飲食してました。ただ、運転があるので、お酒は飲めませんでしたが」


 にこやかにそう言って、運転手は右手を隣に伸ばし、ゴソゴソと動かして瓶を持ち上げた。


「あらかじめ、お嬢様から高級なお酒をいただいております。帰ったらいただこうと思います」

「それは良かったです」


 細かなところまで気配りができている。キュッリッキがこの日のために、どれだけ頑張ったか判って嬉しくなった。

 ぐっすりと眠るキュッリッキを優しく見つめると、小さな額にそっとキスをした。




 ヴィーンゴールヴ邸に戻ると、笑顔のアリサが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。お嬢様は、眠ってしまわれたんですね」

「ええ。張り切って頑張っていたから、すっかり疲れてしまったんだと思います」

「あらあら、これでは何をしても、朝までぐっすりですね」


 キュッリッキの部屋に入ると、メルヴィンはそっとキュッリッキをベッドに寝かせた。


「自分の部屋でシャワー浴びてくるので、その間にリッキーの寝支度しておいてください」

「承りました」


 アリサに全て任せると、メルヴィンは自分の部屋のある東棟に向かった。


 キュッリッキの部屋は南棟にあり、メルヴィンの部屋となった屋敷の主の為の部屋のある東棟までは数分かかる。

 とにかく広く大きなやしきなので、疲れている時の移動はちょっとした一苦労だ。

 ややうんざり気味に部屋へたどり着くと、乱暴に衣服を脱ぎ捨ててバスルームへ飛び込む。

 熱いシャワーを頭からかぶり、メルヴィンは「ふぅ…」と小さく息をついた。


「来年は、オレ達も結婚式」


 キュッリッキの願いで、来年に式を挙げることになった。

 今はもう一緒に暮らしているし、式など形式的なものだ。しかし、ファニーのウエディングドレス姿を見たら、キュッリッキにも純白のドレスを着せて腕に抱きたい。ますますそう思えた。

 楽しみが先に延びはしたが、その前にいくつかしなければならないことがある。

 その一つを思うと、メルヴィンの胸中は複雑な気持ちに包まれた。


「リッキー、どう思うかなあ…」


 話をした時のキュッリッキの反応が気になり、シャワーに打たれたままメルヴィンは考え込んでしまった。

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