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172話:ハーツイーズ大結婚式物語・前編

 360度ズラリと取り囲まれて、ハドリーとファニーはお互い身を寄せながら首を縮こませていた。


「キュッリッキ様のご友人という証拠を提示していただかなくては、こちらとしても中へお通しすることはできません」

「提示するもなにも、本人に聞いてきてもらませんかね?」

「それは出来ません」

「……困ったな」


 ハドリーは髭で覆われた顎を指先でちょいちょいっと掻きながら、兵士たちの背後に控える広大なやしきを見上げた。

 皇都イララクス海の玄関街ハーツイーズから、さほど遠くない海辺の高級別荘地キティラ。ここへ元副宰相ベルトルドのやしきが移築され、親友のキュッリッキやライオン傭兵団が住んでいると連絡を受けたのは、つい昨日のことだ。

 イララクスの大火災事件から今までずっと、キュッリッキたちとは連絡が取れなかった。

 傭兵ギルド・エルダー街支部も焼け落ち、安否が気になって気になってしょうがなかった。

 それにとても大事な話もあり、連絡を取りたくていたところ、ハーツイーズのアパートにキュッリッキから手紙が届いて急いで駆けつけた。


「どうする? ハドリー」


 珍しく口をつぐんでいたファニーが、脇腹を肘で小突いてきて声を潜めた。


「ここまできて出直すのもなあ…」


 やしきの周りは皇国軍正規部隊が駐屯し、24時間警備している。

 本来ならハーメンリンナの外へ出ることはないはずの召喚士様が、自由に市井を闊歩している。安全を考慮し、皇王自らが軍を差し向け守っているのだ。

 軍人たちは任務を全うしているだけだから、恨むのは筋違いだと判っている。でも融通が利かな過ぎて、つい恨みがましく思ってしまう。


「ねえ、ねえ、何してるの?」


 そこへ、不思議そうな愛らしい声が割って入った。その場にいた全員は、ギョッと声の主を振り向く。


「キュッリッキお嬢様!」

「リッキーじゃないか!」

「リッキー!」

「あれっ、ハドリーにファニーだあ。久しぶりだね~、手紙届いたの?」


 キュッリッキは鉄門を重そうに押し広げ、小走りに2人に駆け寄った。


「どうして軍人さんたちに取り囲まれてるの?」


 状況を全然把握してない暢気な声に、ハドリーは小さくため息をつく。そして固まっている正面の軍人に、疲れた表情かおを向けた。


「通してもらってもいいです?」

「え、ええ…、どうぞ」




 応接間ではなくスモーキングルームへ通されたハドリーとファニーは、ライオン傭兵団の出迎えを受けて恐縮した。


「よお、髭のにーちゃんに、ボインのねーちゃん。無事だったかあ」


 2人が声を出す前に、気付いたギャリーが嬉しそうに声をかけた。


「ハーツイーズはなにも被害がなかったから、大丈夫です」

「そりゃあ何よりだ。なんせオレたちのアジトを中心に、かなりの範囲がこっぴどく吹っ飛ばされて、死傷者だしちまってたからよ。巻き込んで申し訳なかったっつーか」

「…みなさんの方こそ、よく無事だったのね」


 さすが化物集団、とは心の中で呟くファニーだった。


「みんな元気そうで安心しました。リッキーも元気そうだ」

「うん。もうメソメソやめたもん!」

「メソメソ? ああ、副宰相閣下が亡くなられたんだってな」


 キュッリッキをとても大事にしていた姿が、ハドリーの脳裏に浮かぶ。


「オバケになったベルトルドさんとアルカネットさんをちゃんと見送ったし、ヘルヘイムで氷漬けになってるよ、今頃。エッチなことも考えなくなるんだから」


 顔をムスッとしかめて、キュッリッキは「フンッ」と鼻息を吹き出す。

 ベルトルドの心を綴ったメモ帳の内容を知って以来、キュッリッキは立ち直っていた。翌日から勉強を再開して、家庭教師のグンヒルドを喜ばせたくらい元気だ。

 リュリュの強烈な作戦が、功を奏したようだった。


「氷の中でもきっと、股間は元気いっぱいだろう…」


 ギャリーがボソリとツッコむと、同意する頷きが室内に満ちた。

 立たされっぱなしのハドリーとファニーをソファに導きながら、メルヴィンは2人の前に紅茶のカップを置く。


「お2人揃って会いに来てくれてありがとうございます。今日はどうしましたか?」

「え、ええ。報告したいことがいくつかありまして」


 ハドリーはちょっと照れくさそうに頭の後ろを掻く。

 横に座るファニーの顔をチラッと見て、ハドリーは姿勢を正した。


「オレ達、け、結婚することにしまして」


 おお! と室内がどよめく。


「それは、おめでとうございます」


 メルヴィンが晴れやかに微笑みながら言うと、ファニーは恥ずかしそうに俯いた。


「なんだー、2人ともそういう関係だったのー? ファニーちゃんちっともなびかないから」


 ルーファスが残念そうに言うと、ファニーは苦笑した。


「もとからフラれてたのか、ざまあ」


 フッと笑うタルコットに、ルーファスはしょんぼりした顔を向けた。

 ワイワイ祝福の言葉が飛び交う中、メルヴィンの隣に座っているキュッリッキだけは、無言で2人を凝視していた。


「どうしました? リッキー」


 気づいてメルヴィンが声をかけると、


「うわああああん」


 大きく口を開けて、突然泣き出した。




 5分くらい泣くに泣いたキュッリッキは、ようやく落ち着いた。メルヴィンが差し出したティッシュで鼻をかんで、大きくしゃくり上げる。


「ハドリー、ひっく、ファニー、ひっく、おめでとうなの」


 泣きべそ顔に笑みを浮かべ、キュッリッキは嬉しさを隠しきれない瞳を2人に向けた。


「ありがとうリッキー。リッキーに祝ってもらえるのが一番嬉しいよ、オレ達」

「いきなり泣くから、反対なんだと思ったわよ、もう」

「ごめん、びっくりしたら泣いちゃった」


 もう一度鼻をかんで、丸めたテッシュはポイッと無造作に放り投げる。

 キュッリッキにとって、ハドリーとファニーは大恩人だ。

 こんなふうに他人と接することが出来るようになったのも、2人が何かと気を回して面倒を見てくれたおかげだ。

 ベルトルドやライオン傭兵団と出会うまでのキュッリッキは、この2人に支えてもらっていたのだ。

 年上の2人は兄と姉であり、大事な大事な親友。その2人が結婚するという。


「アタシ、2人がそんな関係って全然気付かなかった」

「多分そうだと思ってたわよ」


 やや呆れ顔でファニーは苦笑する。


「まあ、とくにイチャついたりはしなかったしな」

「この子前にすると、なんかそんな気は起こらなかったっていうか…」

「いえてる…」

「えー…」


 ナントナク2人の気持ちが理解出来るライオン傭兵だった。そんな空気を感じ、キュッリッキがジロリと彼らを睨む。


「ところで、お式はいつですか?」


 キュッリッキを優しく宥めながら、メルヴィンがサラリと話題を変える。


「金もかかるし、街の神殿で適当に誓いやらなにやら簡素に」

「ええええ!!」


 室内にブーイングが響いた。


「そんなのダメだよハドリー!!」


 両手をバンッとテーブルに叩きつけ、キュッリッキは身を乗り出す。


「ダメって言われても、明日サクッと済ませてこようかと、なあ」

「うん」

「だって、結婚式なんだよ、一生に一度――たぶん――の思い出だよ!!」

「まあ待て、話には続きがある、つか”たぶん”とか言うな」

「にゅ」

「結婚したあと、傭兵を休業してオレの故郷に引っ越して、家業を継ぐことになってるんだ」

「家業?」

「うん。オレの実家は町で宿屋をやっててな、親父達が身体を悪くして、手伝って欲しいと言われてるんだ」

「ふにゅう…」

「リッキーも無事信頼出来る人に託せたし、オレ達傭兵やってても、結局掛け持ちするかアルバイト増やすかで、経済的にも安定しない。イイ機会だから、家業を継ごうと思ってさ」

「家業の他にも、町内の自警団も手伝って欲しいっていうから、あたし達〈才能〉スキル値的にもちょうどイイじゃない。なんだかんだ言っても、やっぱ安定した暮らしは欲しいからね」


 ハドリーとファニーは顔を合わせて苦笑した。


「で、でも、それと結婚式を簡略化しちゃうのは」

「まあ、本音を言うと、ファニーに立派なウエディングドレスをちゃんと着せてやりたい。親しい人たちを招いて、それなりにパーティーもしたいんだけどな。貯金は今後にとっておきたくって」

「お金の使いどころがね~。贅沢できる身分じゃないし、あとで余裕が出来たら結婚式挙げ直せばいいもんね」

「そうだな」


 ライオン傭兵団へ来る前までは、キュッリッキもギリギリの生活をしていたから、我慢するところは我慢していた。

 しかし、親友たちの門出を節約で済ませたくない。


「よおーーーし、2人の結婚式は、アタシが主催するんだから!」


 両手の拳をグッと握って、奮然と立ち上がる。


「経費は全部アタシがもつし、2人に盛大で豪華絢爛の結婚披露パーティーしちゃうんだから!!」

「おっイイね、オレものるのる」

「アタシもやるわよぉ~」

「早速どんなプランにするか練ろうぜ」

「美人コンテストの時みたいに、ビーチ貸切とかにしましょうかねえ」


 ライオン傭兵団も話に食いつくと、早速円を囲んで相談に入る。


「え、あの」

「うへえ…」


 キュッリッキもみんなの輪に入っていて、ハドリーとファニーはメルヴィンと共に取り残されていた。


「これは一体…?」


 引きつるハドリーに、メルヴィンは可笑しそうに笑う。


「最近やることなくて、みんな退屈しているんです。リッキーも元気になったし、何かお祭り騒ぎに飢えてますから、観念して祝ってもらってください」

「マジっすか」



* * *



 ハドリーとファニーを外まで見送り、メルヴィンはスモーキングルームへ戻ると、皆はまだ真剣に話し合いを続けていた。

 そして夕食の席でも意見が飛び交い、就寝前ギリギリまで話し合いは続いて解散した。

 キュッリッキの親友で、イソラの町ではザカリーを助けてくれ、温泉旅行へも一緒に行った。知らぬ間柄ではないから、自然とライオン傭兵団も2人のために何かしてやりたいと心が躍っていた。




「ハーツイーズ支部に頼んで、暇をしている傭兵たちを誘って、盛り上げてもらうのもいいかもしれませんねえ」


 ベッドに入りながら独り言ちていると、


「ねえカーティス、その結婚式に私たちも便乗しましょうよ」


 やしきに来てからカーティスのベッドで一緒に寝ているマーゴットが、やけに真剣な顔で言う。


「便乗しましょうよ、って、我々の式はアジトが再建できてから、ということに決まったじゃないですか」

「そしたら来年になっちゃうし、キューリの結婚式とかぶるかもしれない」

「まあ、かぶってもいいじゃないですか?」

「イヤに決まってるでしょ!」


 今や史上最強のセレブとなったキュッリッキは、きっと目もくらむほどの豪奢なウエディングドレスを着るに決まっている。

 万が一共に式を執り行うとなれば、ウエディングドレスで差をつけられるだろうし、客たちはみんなキュッリッキをチヤホヤするだろう。ベルトルドとアルカネットがいなくなっても、まだリュリュがいる。あのオカマも何かとキュッリッキを可愛がるのだ。

 そして美人コンテストでは、散々無礼で厚かましい態度をとってきたファニーよりも、最高のウエディングドレスで差を付け見下してやりたい。

 マーゴットの実家は資産家であり、ファニーに比べれば遥かに裕福で上流階級だ。


「私たちの式も一緒にやるよう、言っといてね」


 魔法〈才能〉スキルでは透視は出来ないが、マーゴットがなにを考えて言っているかの想像はつく。


(なんでこんなの好きになったんでしょうね、私は…)


 さっさと寝てしまったマーゴットを見つめ、カーティスは出会った頃を思い出す。


 ライオン傭兵団をたち上げる時、魔法〈才能〉スキル訓練所へ傭兵になりそうな魔法使いを見つけに行った。

 そこで出会ったマーゴットは、上等な服を着ていて如何にもどこぞのお嬢様ぜんとした態度でいた。しかし立派な身なりと相反する下手くそな魔法の扱いに、つい口が出てしまったのが運の尽き。


(あの時声をかけて教えたりしていたせいで、なし崩しにズルズルと関係が…)


 カーティスはナルシスト半分、選民意識半分の性格のせいか、男友達は多くいても女性にモテにくいという悲しい点がある。

 とくに軍を辞めたばかり、傭兵団起ち上げ前で、よほどの醜女ではない限り女ならもう誰でもイイという気分でいた。

 結婚するのが当たり前、な現状、適当なところで手を打とう、そう思ってマーゴットとの結婚を決めたのだが。

 このままいくと、キュッリッキが子供を作る前に、自分たちが早く子供を作るとか言い出しそうで怖い。今はあまりセックスに励みたい心境ではないのだ。

 キュッリッキやメルヴィンはともかく、カーティスとしてはまずアジトが無事再建されてから、私生活の充実をはかりたい。現在はやしきに間借りしている身である。

 そうは思っても、言いだしたらテコでも意見を曲げないマーゴットだ。カーティスは恨みがましい視線を隣に注ぎまくって目を閉じた。



* * *



 秋もすっかり深まり、晴天のもとでも肌寒い。ハーツイーズは海辺の街なので、海から吹き込む風が更に冷たさを運んでいた。

 ファニーは薄着を後悔しながら停車場のそばで待っていると、突如黒塗りの大型の物体が、シュイーンという音を鳴らせて目の前に止まった。

 見慣れないものがドッシリと車道に停まったので、周りにいた人々もギョッと目を剥く。

 黒い物体の窓が開くと、キュッリッキが笑顔を見せた。


「ファニーお待たせなの~」

「リッキー! な、なんなのよコレ?」

「電気エネルギーで動く、自動車って言うんだって」


 電気エネルギー、つまりは。


「な、なるほど…、さすが、召喚士様ね…」

「皇王様が、ハーメンリンナを行き来するのに便利だからってくれたの」


 運転手が出てきて、恭しくドアが開けられた。


「ファニー乗って。ハーメンリンナへ行こう」


 運転手からも促され、ファニーはおっかなびっくり車に乗り込む。


「やっほぉ~」


 奥にマリオンも乗っていて、ニコニコと手を振っていた。

 中は対面式の座席が6つあり、大人が6人乗ってもゆったりとした空間があった。馬車ほど天井は高くないが、高級感漂う内装にファニーは目を白黒させていた。

 ファニーが乗り込むと、運転手がそっとドアを閉じて運転席に戻っていく。


「マリオンがね、とっておきのお店を案内してくれるって」

「おお、ありがとうございまっす!」

「あっちでぇ、もう一人合流するけどお、気にしないでねぇ~ん」

「マリオンのカレシなんだって」

「ナント」


 マリオンは太っているわけではないが、引き締まった大柄な身体に、バインバインのおっぱいがボリュームを出している。髪の毛も明るいオレンジがかった赤毛で、化粧もハデなので、全体的に主張感のあるケバさなのだ。

 そんなマリオンのカレシとは、どんな風貌なのだろうとファニーは興味津々になる。


「運転手さん、ハーメンリンナ行こう」

「承りました、お嬢様」


 運転手は肩ごしに恭しく頭を下げると、車を発進させた。




 ハーメンリンナの入口では止められることはなく、自動車はすんなりと中へと走り込む。


「凄い…」

「こぉ~んな車なんてぇ、持ち主限られてるしぃ。車自体でフリーパスよね~」

「便利でいいよね」

「ホントね…」


 ハーメンリンナは皇族や貴族・上流階級、政治軍事研究員などの、一部の限られた人々が暮らす街の呼称である。

 同じ皇都イララクスに暮らしていても、まず一般人が出入りすることはできない。

 中に住む人から招かれるか、荷物の搬入や一時的に入る必要がある以外では、入場は許可されないのだ。

 車は地下に入り西区へ進路を取ると、僅か5分で目的地へ到着してしまった。


「お嬢様、到着しました」


 運転手はそう言って素早く車外に出ると、歩道側のドアを開く。


「ありがと~ん」

「お買い物終わるまで、待っててね」

「はい」

「ありがとうございました…」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 頭を下げる運転手に見送られ、3人は地上に出る階段をのぼった。


「馬車みたいに揺れないから、お尻痛くならないね」

「ホント、吃驚しちゃったわよ。あんなすごい乗り物、ハーメンリンナに住んでる貴族は、みんな持ってるの?」

「貴族も持ってないわよぉ。皇王様一族用と、宰相・副宰相用、そしてキューリちゃんがぁ持ってるだけねぇ」

「……」

「量産が難しいらしくてぇ、貴族でも所有できるようになるにはあ…何十年も先みたい~」

「もう無理…、あたしの理解を超える世界…」

「そんなに凄いモノなんだね」


 全く理解していない調子で、キュッリッキは朗らかに笑った。




 ウエディングドレスの専門店前に、軍人が一人立っていた。


「パウリぃ~」


 マリオンが呼びかけると、パウリ大佐は柔らかな笑みで手を振った。そして、キュッリッキに恭しく頭を下げる。


「ご無沙汰しております、キュッリッキお嬢様」

「お久しぶり、パウリさん」


 ベルトルドとアルカネットが溺愛したキュッリッキを、パウリ大佐も大切に思っている。パウリ大佐も立場上、深いところまで関わっていたからだ。


「お元気になられたようでようございました。さあ、中へ入りましょう」


 パウリ大佐は身振りで3人を店内へといざなった。


「いらっしゃいませ」

「うわあああああっ」


 ファニーとキュッリッキが、感嘆の声をあげる。


「素敵な白いドレスがいっぱーい」

「やーん、迷っちゃう!」


 キラキラ目を輝かせる乙女2人に、パウリ大佐はクスッと笑った。


「さあレディ達、あちらへ」


 パウリ大佐が手振りでエスコートした先には、ウエディングドレスをまとったマネキンが数体並べられていた。


「本当はオーダーメイドが一番良いのですが、時間もないとのことなので、あの見本をもとにアレンジをしていただきましょう。それか、店内にある気に入ったドレスでもいいですよ」

「はい、ありがとうございます」

「ファニーどんなドレスにするの?」

「んー、どれも着てみたいし……リッキーはどんなドレスが好み?」

「アタシはねー、こういうミニがいいなあ」

「華奢だから、あんたには似合いそう」

「たまにはこういうフリフリビラビラしたのは?」

「綺麗だけど、あたしには似合わないわよ」

「そっかなあ? いつもこういうの着ないし、たまにはこういうの着たらハドリーびっくりするかも」

「吃驚を通り越してギョッとされちゃうわ…」

「じゃー、こういうシンプルなのとか?」

「確実に似合いそうだけど、せっかくのウエディングドレスだし、もちょっと飾り立ててみたい気もするわね」


 あーでもないこーでもないと真剣に選ぶ2人をよそに、休憩スペースのソファに座って、マリオンは運ばれてきた紅茶を啜っていた。


「アドバイスしてあげないんですか?」


 隣に座ったパウリ大佐が、手を伸ばしてマリオンの太ももに触れる。


「アタシが選んだらぁ、あの子たちの趣味と合わないわよぅ、きっと」

「なるほど」


 可笑しそうにパウリ大佐は笑うと、艶っぽい視線をマリオンに注いだ。


「私としては、あなたのドレスも選びたいんですが?」

「昔にも言ったけどぉ、まだ自由を満喫してたいってゆーか」

「結婚したあとも、傭兵を続けていていいんですよ」

「ソウナンダケド」


 マリオンにしては珍しく、困ったような苦笑を口の端に滲ませる。

 マリオンが楽士隊とダエヴァに所属していた頃、当時まだ少佐のパウリと付き合っていた。しかし宮仕えを辞めてライオン傭兵団に入ると、パウリ少佐との仲は自然消滅している。

 昔からマリオンは恋愛に夢中になれなかった。パウリ大佐との結婚に踏み切れないのは、そうした面も影響している。

 ノラリクラリとかわして逃げているが、パウリ大佐は辛抱強くついてくる。マリオンとしては今のまま、自由にしているほうがいいのだ。

 マリオンの気持ちを察して、パウリ大佐はそれ以上追求しなかった。


「あ~~~んっ! もーダメ!! 全部着たいから選べなあ~~い!」

「どれも素敵だもんね~」

「おやおや」


 パウリ大佐はクスッと笑って立ち上がった。


「迷っておられるなら、私がお選び致しましょうか?」

「そうしてもらったほうが、いいかも~」


 キュッリッキが呆れたようにこぼすと、ファニーも疲れた表情かおで頷いた。


「そうしていただけますか? どれも素敵すぎて困っちゃった」

「はい」


 パウリ大佐が選んだのは、靴が見えるくらいに裾を短くしたエンパイアラインのドレスだ。

 裾に広がる幾重にも重ねられたオーガンジーが、軽やかな雰囲気を醸し出し、白い花の刺繍飾りが肩から胸に散りばめられて可愛らしい。

 試着したファニーを見て、キュッリッキは掌を打ち鳴らして大はしゃぎした。


「ファニー素敵、素敵っ」

「ありり。あたしも凄く気にっちゃった。ありがとうございます、大佐」

「どういたしまして。あなたの快活な雰囲気を甘く包み込んで、とてもよくお似合いです」

「えへへ」

「よく似合ってるわぁ~ファニーちゃん。そしてぇキューリちゃん、あなたのドレスも選んじゃわないとネん」

「アタシのドレス?」

「そぅ。ブライズメイドのドレスね」


 キュッリッキは不思議そうに首を傾げる。


「ブライズメイド? 何それ??」

「花嫁さんの付き添いよン。結婚式でぇ、ファニーちゃんのお手伝いをするのぉ」

「へえ~、そんなのあるんだあ。どんなドレス着ればいいの??」

「こちらに、お嬢様」


 パウリ大佐が案内する。


「お嬢様は青色がお好きと伺っております。こちらのドレスは如何ですか?」

「わあ、カワイイ」

「こちらもお似合いですよ」


 パウリ大佐が差し出してくるドレスはどれも色がついていて、キュッリッキはちょっと首をかしげた。


「花嫁を引き立たせるために白は遠慮したほうがいいでしょう。それに、花も添える大事な役目もありますから、色つきのドレスがオススメです」

「そうなんだね。じゃあ、この青いのがいいな」

「それでは試着してみてください」


 ドレッシングルームに入って暫くすると、しょんぼりした様子でドレスを着たキュッリッキが出てきた。


「如何なさいました?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるパウリ大佐に、


「……おっぱいのところ、いっぱいスカスカするかも」


 不機嫌そうに言った。パウリ大佐は素早く視線を走らせて、吹き出しそうになって気合で堪える。


「お直ししていただきましょうね」

「むぅ」




 ドレス選びも無事終了し、ヴェールやブーケやアクセサリーも選んで、翌日にはヴィーンゴールヴ邸へ運んでもらうように手配する。


「あ、支払いどうしよう、アタシお金持ってきてない」

「通行証はお持ちですか?」

「うん」

「では通行証を店員に。それで自動的に精算されますから、大丈夫ですよ」

「ふええ…、これお金の代わりになるんだ」

「ハーメンリンナ内限定ですけど」


 キュッリッキが所持している通行証は、貴族以上の立場の者たちが持つ特別仕様である。受け取った店員はひどく恐縮して手続きをしていた。


「リッキーありがとね。素敵なウエディングドレス一式、とっても嬉しいわ」

「どういたしまして」

「白っぽい服でも着て、簡潔に済ます予定だったの。でもやっぱ、ちゃんとしたウエディングドレス着たかったから、ホント嬉しい」

「大事な記念だもんね」

「うんうん」

「そいえばハドリーのほうはどうなってるの?」


 ふと思い出したようにキュッリッキが首をかしげる。


「そっちはダイジョーブよん。メルヴィンとルーが担当してるからぁ」

「そうなんだ、よかったの」

「それではランチでも食べに行きましょうか。とっておきのお店を知っているんです」


 そう言って、パウリ大佐は優しく微笑んだ。




 ランチが済んだあと、みんなへのお土産にケーキを沢山買って、キュッリッキたちはヴィーンゴールヴ邸へ戻った。

 そしてファニーと2人連れたって、徒歩でハーツイーズ街へ向かおうとした。しかしこれには運転手と警備に当たる軍人たちが大慌てし、自動車か馬車で向かうようにキュッリッキを説得にかかった。


「ファニー傭兵なんだよ、アタシも召喚使えるから、別に歩いて行っても大丈夫だよ」


 自信満々にキュッリッキは言う。しかし誰も納得しない。

 皇王直々に目をかけられていて、更には召喚士様である。しかも元気そうに見えても身体が弱く、目を離してはいられない――あくまでリュリュの見解――という。

 万が一のことがあっては国の一大事。

 よって、侍女のアリサを伴うことでどうにか折り合いがついた。アリサは戦闘武器系槍術の使い手で、Sランクの実力者でもあるのだ。


「侍女を同伴するのは当然のことなんですよ、お嬢様」

「アタシ貴族じゃないもん」

「良家の子女はそうなのでございます」

「ぬぅ…」


 キュッリッキは口を尖らせ地面に視線を落とす。

 このところ、出かけようとすると馬車か自動車に押し込まれる。散歩に出かけたいと言うと、ゾロゾロ軍人が付いてくる。

 歩く自由もなければ、プライバシーもあったもんじゃない。

 つい半年前までは、貧困ギリギリの生活をどうにか送っていた。なのに今では、王侯貴族のような立場に大変身してしまったのだ。

 キュッリッキがどれだけ神聖で貴重な存在――アルケラの巫女という事実――かは、リュリュを通じて皇王の耳に入っている。だからこその厳重警備なのだ。

 しかしキュッリッキ自身は少しも変わっていない。変わったのは全て周辺の環境だけだ。


「あんまりワガママ言って、周りを困らせちゃダメよ。あんたもうオトナなんだから、自覚して新しい環境を受け入れなさい」

「ふぁーい…」




 ファニーと共にハーツイーズ街に来たキュッリッキは、ファニーと別れて以前住んでいたアパートに向かった。


「こんにちはー、おばちゃんたちいる~?」


 アパートの中庭に入り、建物に向けて大声を張り上げる。


「おやおや、キュッリッキちゃんかい?」


 頭にカラフルな布巾を巻いたおばちゃんが、テラスから顔をのぞかせた。


「お久しぶりなの~」


 元気よくブンブン両腕を振って、キュッリッキはにこやかに見上げた。

 次々にテラスからおばちゃんたちが顔を出し、一気に騒然となった。


「あのねー、今日はちょっとお願いがあってきたのー」

「ちょいとそこで待っといておくれね。今降りていくから」

「はーい」


 ドタドタと足音が建物を震わせ、数分もしないうちにおばちゃんずが中庭に集合した。


「元気だったかい? 相変わらず細っこい子だよお」

「でも顔色もイイし、大丈夫そうだねえ」


 おばちゃんたちは代わる代わるキュッリッキをハグして、再会を喜んでくれた。


「今日はどうしたんだい? お願いがあるって言ってたが」

「うん。あのね、友達のファニーとハドリーが結婚するって知ってる?」

「そういや、ハドリーちゃん結婚するとか言ってたけど、ファニーちゃんとだったのかい」

「あんまり詳しいことは判らないんだよ」

「傭兵を休業して、今月中に実家に帰るって話は聞いていたけどねえ」


 どうやら結婚のことは軽く伝わっているだけのようだ。


「ハドリーったらね、神殿で簡潔に済ませるだけにするって言うのね。せっかくのお祝いなのに。だから、アタシが2人の結婚式を、チョー盛大に開いてあげることにしたの!」

「おやおや」


 ドッと場が賑わう。


「でねでね、おばちゃんたちにも協力して欲しいの~」

「それは引き受けないわけにはいかないねえ」

「もちろん協力は惜しまないよ」

「わーい、ありがとう」


 頼りになるおばちゃんずの協力を得られることになり、キュッリッキは早速頼みたいことを書いた紙を配った。


「なになに、傭兵たちを総動員してパーティーに参加させて欲しい」

「会場はビーチなので、飲食店に露店を出させて欲しい」

「パーティーしながら警備もして欲しい」

「終わったら掃除を手伝って欲しい」

「あはは、お安いご用さね」

「婦人会の力を持ってすれば、こんなの余裕だよ」

「アタシたちも料理やお酒なんかも、沢山沢山用意するの。タダ酒飲めるぞーって大宣伝してね!」

「こりゃ亭主どもが酒を目当てに大喜びだ」

「タダ酒飲み放題につられてくるよ」


 大笑いが中庭を賑わし、テラスから亭主達がおっかなびっくり覗き込んでいた。


「パーティーは来週だから、みんなヨロシクね!」

「ああ、任せておきなね」




 アパートを出てしばらくすると、メルヴィン、ルーファス、ハドリーの3人が揃って歩いてきた。


「あ、メルヴィン!」


 キュッリッキは大喜びで小走りに駆け出す。


「おや、リッキー」


 飛び込んできたキュッリッキを優しく抱きとめ、メルヴィンはアリサのほうへ顔を向けた。


「追今しがた、お嬢様が住んでおられたアパートに行ってました」

「アパートのおばちゃんたちに、結婚式でのお手伝いをお願いしてきたの」

「そうだったんですか」

「あら、じゃあオレたちの手間、省けたみたいだね」

「にゅ?」

「オレたちも、アパートの方々にお手伝いを頼みに行こうとしてたんですよ」

「そうなんだ。じゃあもう解決!」

「そういや、おばちゃんたちに結婚することあんまり話してなかったわ、オレ」


 ハドリーが申し訳なさそうに頭をカシカシと掻く。


「アタシがちゃんと話しておいたから、だいじょーぶだよ!」

「そか…。なら来週までは、おばちゃんたちに会うとひたすら「おめでとう」ラッシュが始まるんだな…」

「嬉しんだか、照れるんだか、こそばゆい感じだねえ」


 ルーファスが面白そうに言うと、ハドリーは苦笑した。


「まあ、祝ってもらえるってのは嬉しいです」



* * *



「今日はいっぱい頑張ったんだよ」


 寝支度をすませてベッドにころんと横になり、キュッリッキは膝を抱えた。


「結婚式は来週ですから、準備時間が足りませんね」

「うん。でも、出来るだけいっぱい、いっぱーい盛大にしてあげるの」


 大事な友達2人の結婚式。思い出に残るくらい盛大に、楽しい結婚式をしてあげたい。


「そうですね、頑張りましょう」


 メルヴィンはキュッリッキの傍らに寝そべると、キュッリッキの肩をそっと掴んで抱き寄せた。


「あの、リッキー」

「なあに?」

「そのですね……」


 メルヴィンは顔を赤らめ、明後日の方向へ視線を泳がせる。


「その、抱いても…いいですか?」


 キュッリッキはメルヴィンの顔をジッと見つめると、


「うん、いいよ」


 そう言って、メルヴィンの胸に擦り寄った。その様子に、メルヴィンの目が点になる。

「いや、そうじゃないだろう!!」と、その場にライオンの皆がいたら激しいツッコミが入るところである。

 ギュッとハグするとか抱っこするというレベルしか、キュッリッキは思い浮かんでいないのだ。

 初めてキュッリッキを抱いたのは、もう一ヶ月も前のこと。それ以降は、ベルトルドたちを失った悲しみに涙を流すキュッリッキに、求めることは酷だろうと我慢していた。

 今はもう立ち直った様子なので、今夜はどうかと思ったが。


(こ…、ここで凹んでたら、全く進歩しない!)


 メルヴィンは心の中で己を奮い立たせる。

 一方、全く抱きしめてこないメルヴィンに、キュッリッキは不思議そうに首をかしげてみせた。

 何か考え事をしているようなので、キュッリッキは促そうとメルヴィンの胸にそっとキスをする。


「どうしたの? メルヴィン」


 その瞬間、メルヴィンはキュッリッキを抱き寄せると、やや荒々しく唇を重ねた。そして息苦しくなるまで、愛らしい唇を貪る。

 色っぽい雰囲気に持ち込むには、暫くは自分でリードしていかないとダメだと、改めて悟った。


「すみません、物凄く、我慢の限界です!」


 唇を解放されたキュッリッキは、ようやくメルヴィンが求めていることを理解した。


「気がつかなくて、ごめんなさいなの…」


 顔を真っ赤にし上目遣いにメルヴィンを見つめ、身体の力を抜いて身をあずけた。

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