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165話:神々召喚

「やれやれ、我らをこんな場所に呼び出すとは、相変わらずキュッリッキは突拍子もない子だね」


 なんだか嬉しそうな表情で、ロキ神が笑った。


「ごめんなさい」


 肩をすぼめて、キュッリッキは素直に謝る。そして真ん中に立つ初老の男を、喉を反り返して見上げた。


「お久しぶりです、ティワズ様、トール様」

「キュッリッキよ、何用じゃ」


 大地も海も震わせることのできる、雷のようなずしりとした声でトール神が言い放つ。

 ティワズ神は優しい瞳でキュッリッキを見つめ、小さく頷いた。


「今日はね、ティワズ様とトール様にお願いがあるの。そして、ロキ様はその証人になってもらうの」

「なんじゃとぉ?」


 モップのようにゴワゴワと垂れ下がる黒い眉毛の下から、紫電の光をまとわりつかせた漆黒の瞳が、ギョロリとキュッリッキを見据える。


「証人かあ、それは面白そうだね」


 対照的に明るい青い瞳のロキ神は、人懐っこい笑顔をトール神に向けた。


「まずはトール様。そこにいるリュリュさんに、いっぱい謝って!」


 少しも怯まないキュッリッキが、細い人差し指を呆気にとられているリュリュに向ける。


「なぜ儂が、あの人間に謝らねばならん?」


 トール神は不思議そうに目を瞬かせた。


「トール様のミョルニルが、リュリュさんのお姉さんを殺したからだよ」


 リュリュはハッとなってキュッリッキを見つめ、次いでトール神を見上げる。


「人間たちの世界でいうと、31年前にキミが一発振り下ろしたあの雷だね」


 思い出せずにいるトール神に、ロキ神が嫌味っぽい笑みを口の端に乗せて言った。


「……ああ、禁忌を犯そうとした、あの娘のことか」

「そうそう、キミの咄嗟の判断で殺してしまった人間。そのせいで後になって我らの可愛いキュッリッキが、大迷惑を被ることになったんだよ」

「なにィ!?」

「アタシの大迷惑なんかどうだっていいのっ!! ちゃんと謝って、トール様!」

「ぐぬぬ…」

「ほらほら、謝りなよトール。じゃないと、キュッリッキに嫌われちゃうよ?」

「嫌っちゃうよ」


 ロキ神とキュッリッキに畳み掛けられ、トール神は巌のような体躯を不快そうに揺すった。そして、ずっしりと鈍い動作で片膝を折ると、真っ黒な双眼でリュリュを見据えた。


「命を奪ったことは謝る。すまぬ」


 あまりにもサックリと素直に謝られ、リュリュは目をぱちくりさせて硬直した。

 神が非を認めて、人間に向けて謝った。

 目の前の巨人が、神であるということはイマイチ理解できていないまでも、なぜかリュリュは納得してしまっていた。謝ってもらったところで、リューディアは帰ってこないし、31年の時間も巻き戻ってこない。それでも、理不尽に姉を殺した真犯人が謝ったことで、ほんの少し、色々なことが報われたような思いも去来していた。


「あっはははは。神だって人間に謝ることあるんだよ。あのことは、やり過ぎだったって、トールも反省するトコがあったからね」

「そうなの?」

「ああ、対処法は色々あったのに、反射的に雷落としちゃったんだ。飛行技術をほかの人間の目に触れさせる前に、焼き捨ててしまおうとして、人間ごと…ネ」


 意外そうにするキュッリッキに、ロキ神が苦笑を滲ませ説明する。


「神でも、過ちはおかすものなのさ。でも、その過ちのせいで、後々キュッリッキが大変な目に遭ってしまって、キュッリッキにも謝らないといけないな、トールよ」

「むぅ…」

「アタシには謝らなくっていいよ。――ティワズ様には、お願いがあるの」


 先程から一言も発さないティワズ神に向いて、キュッリッキは真剣な眼差しを注いだ。


「人間たちに、飛行技術を返して欲しいの」


 リューディアの純粋な願い、ベルトルドの悲願。


「……1万年前の悲劇が、再びこの世に訪れるやもしれぬぞ?」


 低く優しさの溢れる声が、キュッリッキにそっと降り注ぐ。


「そなたもユリディスから見せられたであろう、1万年前の世界の有り様を。そして、彼女が被った悲劇を」

「そうだよキュッリッキ。人間たちは好奇心旺盛で、発明も開発も大好きな生き物だ。けど、それは時として負の副産物を撒き散らす。ただ自由に空を飛びたかった、それだけの願いも、邪な企みを抱く人間の手にかかれば、命を奪う兵器にもなる。欲望を満たすためだけの道具にだって成り下がるんだ」


 ティワズ神とロキ神から穏やかに反対されたが、キュッリッキはキッと目に力を込めて神々を見上げる。


「だったら、悪いことに使うようになったら、また人間たちを作りかえちゃえばいいじゃない!」


 両手を腰に当てて、キュッリッキはふんぞり返る。かなりの爆弾発言だ。

 1万年前の出来事に端を発し、その後の人間たちは自由に空を飛ぶ権利を、理不尽に奪われてしまった。閃きすら叩き折られてしまったのだ。


「アタシ難しいことはさっぱり判らないけど、空が飛べなくったって戦争も殺人も起きるんだよ。それに、魔法や超能力サイで空は飛べるから、空からだって攻撃は飛んでくるんだもん。宇宙ってところは行き来できないけど、エグザイル・システムがあるから惑星間の移動だって楽勝だし!」

「……まあ、確かにそうだね…」


 足元の小さなキュッリッキの気迫に、思わず引き気味にロキ神が頷く。


「ユリディスの一件があったから、人間たちの能力を限定したって聞いた。そうまでしたのに、飛行技術だけ奪うの、おかしいと思うの。〈才能〉スキルに関係なく、空飛んでみたいよ…。アタシも、自分の翼で空、飛んでみたかったよ……」


 翼を持つアイオン族。本来自由に飛べる民だから、青い青い空も思いのまま羽ばたける。キュッリッキもアイオン族だから、その翼で空を飛べるはずだった。

 人間たちの貪欲な手から逃すため、アルケラの巫女として生まれてきたキュッリッキの背から、片方だけ翼が取り上げられてしまった。

 空に憧れて、飛んでみたくて、飛行技術を閃いたリューディアは、命を摘み取られてしまった。

 どちらも、神々の思惑によって。


「ベルトルドさんは、リューディアの願いを叶えてあげたかったの。アルカネットさんはリューディアを返して欲しかったの。すごく無茶苦茶なことしたけど、でもでも、2人とも想いは純粋だったの。ただやり方がちょっと悪かっただけ。――お願い、ティワズ様、ベルトルドさんの、リューディアの願い、聞き届けて!」


 キュッリッキのまっすぐな視線を、ティワズ神はじっと見つめ返した。トール神もロキ神も、ただ黙ってティワズ神を見つめた。

 ライオン傭兵団も、大広場の人間たちも、黙って見守っている。

 静かな時間が、大広場をゆっくりと流れていった。

 やがて、ティワズ神は目を閉じて顎を引き、そして目を開いてキュッリッキを見つめた。


「次に閃く者が現れたとき、我々は黙って成り行きを見守ろう。キュッリッキよ、そなたが死して後、いつか生まれいでる巫女が、その運命に絡め取られたとき、どうするかは、そうなったときに検討しよう」

「ティワズ様……」


 花開くような笑みが、キュッリッキの顔に咲いていった。


「ありがとう、ティワズ様」


 ティワズの衣の裾にすがり、キュッリッキは喜んだ。


「やっぱりティワズは、キュッリッキに甘甘だね。――この件に関しては俺が証人だ。ついでに、トールもだぞ」

「ふんっ」


 意地の悪い笑みを浮かべるロキ神を、トール神は忌々しげに睨みつけた。


「さてキュッリッキ、俺たちもう帰ってもいいかな?」


 ロキ神に優しく言われ、キュッリッキは頷いた。


「落ち着いたらアルケラに遊びにおいで。沢山、話をしよう」

「はい、ティワズ様」


 キュッリッキの了解を得たロキ神は、巨大な漆黒の翼を生やし、その翼でティワズ神とトール神を包み込んだ。そして黄金の光に包まれると、神々は光の粒子を残してその場から姿を消した。


「良かった」


 キュッリッキが微笑んだ時、再び大広場がどよめいた。


「うん?」


 なんだろうと後ろを振り返ると、キュッリッキは大きく目を見張った。


「えっ? ベルトルドさん、アルカネットさん?」

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