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164話:葬儀

 10分くらい泣くに泣いたキュッリッキは、いつもなら疲れて寝てしまうが、ぐすりながらも起きていた。

 リュリュはキュッリッキをメルヴィンに任せ、アルカネットの席だった椅子に座る。


「昨日の今日で、まだまだ疲れてるところ悪いんだけど、大事な話があるからゴメンナサイネ」


 両肘をテーブルについて、組んだ手の上に顎を乗せると、朝食をもそもそ食べるライオン傭兵団に顔を向ける。


「ベルトルドとアルカネットの葬儀なんだけどね、もう国の要職を辞している2人だし、死に方も死に方。世界に大迷惑をかけてるし――そこは秘密だけど――大っぴろにやるわけにもいかないから、密葬で済ませようと思ってたの。そしたら2人の死がダエヴァたちから漏れたのか、聞きつけた軍や行政、皇王様までが葬儀に参列したいと言い出しちゃって大騒ぎ」

「そらあ……」


 ギャリーがうんざりした顔で肩をすくめると、ルーファスも頷く。


「なんで死んだのかとか、めんどくさいコトが発生しちゃいますね」

「そうなのン。だから密葬にすると強調したんだけど、だ~れも聞き入れてくれなくって。なので、事情は聞かない約束で、参列者込みで葬儀を行うことにしたわ」

「慕われてたんですね……2人とも」


 ペルラがぽつりとこぼすと、リュリュは苦笑する。


「驚くことに結構ネ」

「そうなると、随分と要人ばっかりが並びますよね、どこでやるんです?」


 首をかしげたルーファスに、リュリュは頷く。


「ハーメンリンナの中の大広場でやるわ」

「まあ、そうなりますよね……」


 尻尾をほたほた振りながら、シビルが苦笑気味に呟いた。


「あーたたちもしっかり参列するのよ」


 ええええええっ!? と食堂に絶叫が沸く。


「あったりまえでしょ! 恩知らずな悲鳴をあげンじゃないわよ!!」


 ドンッと拳でテーブルを叩き、リュリュは一同を睨みつける。


「そして小娘、あーたは2人の最も近しい身内として参列するのよ」

「え…」


 腫れぼったくなった目でリュリュの顔を見つめ、キュッリッキは小さく首をかしげる。


「あーたは2人にとって大切な家族だったのよ。――男と女の関係に持っていく、とか言い張っていたけど、どっからどう見ても親娘だったわ」


 可愛くって可愛くってしょうがない。そうキュッリッキを構う姿は、周りからは本当の親子だと見られていたベルトルドとアルカネット。血のつながりは全くないが、2人にとってキュッリッキは、大切な娘のようなものだ。


「あの2人のご両親は今も健在なんだけど、葬儀に間に合わないから、アタシと小娘が遺族代表として立ち会うの」

「葬儀はいつなんですか?」


 メルヴィンの問いにリュリュはチラリと時計に目を向け、


「今日の正午よ」

「へ?」

「しょーがないのよ。葬儀に詰めかける面々の予定が全然合わなくて。今ダエヴァと軍の連中が総出でセッティングしてる頃ねん」

「いきなりすぎだろ……」


 ギャリーがゲッソリと言う。

 遺体は人間でも動物でも、必ず火葬にする。土葬にしないのは、疫病などの蔓延を避けるためであり、死者の魂が未練を残さないようにとの意味合いもある。

 葬儀では火葬も同時に行い、その魂を参列者たちで見送る。灰は小箱のような柩に収められ、墓に埋められるのだ。

 墓に収めるのはいつでもいいので、たいてい参列者が死者を弔う場は葬儀のみだ。

 葬儀に使う場所は、街などに必ずある神殿で行う。神殿には火葬のための設備もある。しかし今回はハーメンリンナの中であり、ハーメンリンナにも神殿はあるが、参列者の数が神殿では収まりきれない。なので、急遽大広場にて行われることになり、軍は早朝から作業に取り掛かっていた。


「10時には迎えの馬車がくるわ。それまでにちゃんと用意して喪服着てらっしゃいね。アタシは準備があるから、もう行くわ」


 渋面を作る面々を見て苦笑を浮かべると、リュリュは食堂を出て行った。

 視線でリュリュを見送った一同は、思い思い食事を再開しつつ、ため息をもらす。


「感傷に浸る時間もあんまりないなあ…」


 ルーファスはフォークでオムレツをつつきながら、端整な顔を悲しげに歪めた。


「もうちょっとしんみりしていたかったけど」

「灰になっても、しんみりできるだろ」


 ザカリーは肩をすくめる。


「ン~、まあねえ」


 食の進まないフォークを置くと、ルーファスは頬杖をついた。


「世界中の美姫たちが大号泣するだろうなあ、正午には。ベルトルドさんもアルカネットさんも、すっごーいモテモテだったから」

「別に美姫だけじゃなく、醜女も普通も大号泣するんじゃね」


 呆れたように言うザカリーに、食堂のあちこちから小さく乾いた笑いが漏れた。


「ベルトルドさんとアルカネットさんに、ちゃんとお別れ言えてない…」

「リッキー」


 小さな声でぽつりと呟き、キュッリッキは空席になったベルトルドとアルカネットの席を見る。


「いつも優しく笑いかけてくれたの。優しい声でリッキーって呼んでくれたの。もう、笑いかけてくれない……リッキーって呼んでくれない……」


 そう言って、再び泣き出してしまった。

 キュッリッキの泣く姿を見ながら、胸に去来する想いに、皆それぞれの表情を浮かべて押し黙る。


「部屋へ戻りましょう、リッキー」


 メルヴィンに優しく促され、小さく頷く。

 キュッリッキは席を立って、メルヴィンと一緒に食堂を出て行った。

 2人の姿を見送り、カーティスは紅茶のカップを皿に戻す。


「我々も遅れないよう、シャワーでも浴びて喪服に着替えましょうか。セヴェリさんすみません、我々の喪服か、以前着ていた軍服はありますか?」

「リュリュ様からお預かりして、皆様のお部屋に揃えて置いてございます」

「ありがとうございます」


 カーティスは軽く頭を下げて礼を述べると席を立ち、それを合図に皆も席を立った。



* * *



 蒼天の元、喪服に身を包んだライオン傭兵団は、迎えに来た馬車にそれぞれ乗り込み、ハーメンリンナに連れて行かれた。

 葬儀のために急遽セッティングされた大広場は、かつてモナルダ大陸戦争において、ベルトルドが盛大に式典を開いた場所でもある。

 軍人たちはすでに整列し、乱れ一つ無い人間畑を築いていた。その隣には黒いドレスに身を包んだ貴婦人たちが、手にハンカチを握り締め泣きじゃくっていた。

 馬車から降りたライオン傭兵団は、所在無げに突っ立っている。


「お久しぶりですねえ、お嬢さん」

「あっ」


 泣きはらした顔を声の方へ向けると、陽の光に白い毛を艶やかに光らせる、ブルーベル将軍が歩いてきた。


「白クマのおじいちゃん」


 反射的にキュッリッキは、ブルーベル将軍のどっしりとした身体に抱きついた。


「可哀想に、目が真っ赤になっていますねえ」

「うん…」


 キュッリッキの頭を優しく撫でながら、ブルーベル将軍は痛ましそうにキュッリッキを見つめる。


「久しいな、伯父貴」


 腕を組みながら、ガエルが小さく会釈する。


「ガエル…。お前たちが閣下を、止めてくれたんだね」

「止めたのはキューリだ」

「そうか……」


 ベルトルドたちの企みを知っていながら、ブルーベル将軍は止めるどころか協力してきた。その犠牲にキュッリッキがなることも知っていた。だから、キュッリッキも無事帰還した報告を聞き、その姿を見た瞬間心の底から安堵した。自らの罪が許されたような錯覚に陥るほどに。


「さあお嬢さん、火葬が始まる前に、お2人にお別れをしてきなさい」


 そっと促され、キュッリッキは壇上を振り向いた。

 透明なガラスの柩に白い百合の花が敷かれ、その上にベルトルドとアルカネットが、それぞれ寝かされていた。


「うん…」




 すでに壇に上がっていたリュリュに手招きされて、キュッリッキはゆっくりと階段をのぼった。一歩一歩のぼるたびに、心と身体が重く感じる。

 リュリュのもとへたどり着いたら、ベルトルドとアルカネットと、本当に最後のお別れになってしまうから。だから、ゆっくり、ゆっくりと歩いた。

 リュリュの傍らに立つと、泣きはらした目で、ガラスの柩をじっと見つめる。

 ベルトルドとアルカネットは、別々の柩におさめられていた。

 血の汚れも綺麗に清められ、軍服も新しいものを着せられていた。こうして見つめていると、2人はただ、眠っているだけのよう。

 ベルトルドがいつも望んでいたキスをしてあげれば、すぐにでも目を覚ますかもしれない。そんな風に思うと涙ぐんでくる。

 2人が死んで、まだそんなに日が経っているわけではない。


「ベルもアルも、綺麗になってるでしょ。ひと晩かけて綺麗にしてあげたのよ…」


 キュッリッキにしか聞こえないほどひっそりとした声で、リュリュは悲しげに呟く。

 どんな想いを持って、死体となった彼らと過ごしたのだろう。リュリュの横顔を痛ましく見つめた。


「……アタシね、ベルトルドさんに見せてもらったの。ベルトルドさん、アルカネットさん、リュリュさん、そしてリューディアさんの子供の頃の、4人の思い出」

「そう…」

「リュリュさんが、一番辛いね」

「ふふっ、そうね……。付き合いが長い分、想いと記憶があって。でもね、うまく言葉に紡げないのよ。言いたいこと、沢山あるはずなのに」

「アタシは誰よりも付き合いが短いけど、ずっとずっと、昔から一緒にいたって思っちゃうくらい、2人がそばにいるのが当たり前みたいに思ってた…。んーん、当たり前だった」

「とくにベルは、小娘と一緒にいる時が一番幸せそうだった。あーたとメルヴィンがくっついたときは、そりゃもう花嫁の父みたいな表情かおして悔しがってたくらいにネ」


 キュッリッキは引きつった薄笑いを浮かべた。


「さあ、お別れを言ってあげて」


 リュリュはキュッリッキの肩にそっと手を置いて、そして少し下がる。

 大広場に居並ぶ人々が、キュッリッキを静かに見守る。


「ベルトルドさん、アルカネットさん、アタシ、葬儀でどんなコトに言えばいいのか知らないの。作法とか教わったことないし、……葬儀って初めてだし、判んない……」


 こぼれ落ちてくる涙を、手の甲で拭う。


「色んなこといっぱい言いたいけど、ちっとも整理できてない。だから、それはまた今度言うね。今は、ベルトルドさんとの約束を、果たそうと思う」


 俯かせていた顔を上げると、キュッリッキは前方の空間に、ひたと目を向けた。

 葬儀を行うと言われた時から、考えていたこと。


「絶対に、約束、守るの……」


 虹色の光彩を散りばめた神秘の瞳が、光をどんどん強める。

 キュッリッキの目は、アルケラを見ていた。

 幾重にも折り重なる厚い雲をかきわけ、光り輝く黄金の雲の間をくぐり抜け、やがてその姿を捉え、それぞれ目が合う。


「来てください、ティワズ様、トール様、ロキ様!」


 キュッリッキが叫ぶと、突如大広場の空間がぐにゃりと湾曲し、強烈な黄金の光が乱舞した。そして、大量の光の粒子を大広場に降り積もらせ、気づいた人々がギョッと目を見張るほどの巨人が3体、姿を現していた。

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