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155話:家族だから

 ブルーグレーの宝石のような瞳が、ひたとキュッリッキを見つめている。それに気づき、キュッリッキは拳をグッと握った。


「ベルトルドさんの意識が、完全に飲み込まれちゃった」

「それって、チョーヤバイ状況?」


 恐る恐るといった体のルーファスに、キュッリッキは神妙に頷く。


「かなりヤバイ状況かも」

「うへえ…」

「ていうか、アタシがかなり、ヤバイかな」

「どういうことです?」


 爪竜刀を構えながら、メルヴィンが怪訝そうに首をかしげる。


「アルケラの巫女を殺すために、ユリディスの力に取り込まれて作られたドラゴンだから、ターゲットはアタシ。万難を排してでも、アタシだけを殺しにかかってくるよ」

「でも、リッキーを殺せばアルケラへは行けないし、だから殺すことはしないんじゃ?」

「ベルトルドさんの意識が消えちゃってるから、そこはスルーして襲いかかってくると思う」


 それは一大事と、メルヴィンは表情を引き締める。


「リッキーはオレが守ります」

「そうだな、メルヴィンにキューリの守りは任せて、俺たちは全力で攻撃に向かったほうが賢明だろう」


 篭手を付け直しながらガエルが言うと、シビルが思い出したように呟いた。


「でも、直接攻撃すると空間転移が発動することがあるでしょうし、ガエルさんとヴァルトさんは、見学していたほうがいいんじゃないですか?」

「なんだとおおお!」


 上体を屈めてシビルの顔を両手でつまむと、上体を起こして腕を高く上げる。ヴァルトに顔ごと身体をつまみ上げられて、シビルはジタバタ身体を揺らして抵抗する。


「オレサマはあのトカゲを、思いっきりぶっ飛ばしてー!!」

「ひょんなころいっふぇも」

「確かに直接拳を叩きつけるのは危険だな。だが、拳圧で攻撃を加えることは可能だ。見学に回る必要はない」


 キッパリとガエルに言われて、シビルはふにゅ~っと尻尾を揺らした。

 ガエルもヴァルトも格闘の複合〈才能〉スキル持ちで、体術で戦うあらゆることが可能だ。それを思い出し、シビルは心で頷く。


「キョーレツな気孔をぶち込んでやるぜ!」


 シビルを後ろに放り投げ、ヴァルトは拳を打ち合わせる。シビルはギャリーがキャッチした。


「気孔はかなり体力を消耗する。ランドン、回復サポートしっかり頼む」

「判った」


 ランドンは返事をしながら、ポケットに入れておいたヴィヒトリ特製ドーピング薬を掌に広げた。これで自身を強化しておかないと、おそらく魔力が続かない。とくにヴァルトは後先関係なく全力全開するので、ガエルよりも手間がかかるだろう。


「アタシとぉルーとシビルは~、個々の防御と強化支援に徹するわぁ」

「オッケー。オレ、タルコット、メルヴィンの魔剣組みは、魔剣の力のみで攻撃にかかろう。近接戦は避けたほうがいいしな」

「そうだね」

「判りました」


 タルコットとメルヴィンが返事をして、ギャリーは頷く。


「私とハーマンは、攻撃魔法に徹しましょうか。そしてマーゴットは、ブルニタルとシ・アティウスさんを護衛です。ザカリーはとにかく魔弾連射で、ペルラも短剣で攻撃を」


 カーティスが指示を引き継いで、皆頷いた。


「あ、あとねみんな、ブレス攻撃に気をつけてね」


 キュッリッキは慌てて身を乗り出す。


「ドラゴンの吐き出す息なんだけど、その息自体が、炎だったり冷気だったり振動だったり、とにかく色んな力を秘めてるから。あのドラゴンがどんな攻撃をするのかアタシも判んないけど、アルケラにいるドラゴンたちは、ブレス攻撃をメインにしてる場合が多いの」

「ファンタジー初心者のオレたちには、想像もつかねーよ」


 トホホ、とザカリーが泣いた。


「とにかく、いきなり正面から突っ込んだら、一番危ないのっ!」


 ほうほうと、後ろでブルニタルとシ・アティウスは、揃ってメモ帳に書き込んでいた。



 ――アルケラの巫女を殺しなさい。


 何度も何度も、繰り返し頭の中に木霊するその声に突き動かされるように、ドラゴンはゆっくりとした動作で前に脚を踏み込んだ。

 ありえないほど広い部屋の中に、激しい振動が響き渡る。

 ドラゴンの瞳には、金髪の少女の姿しか映し出されていなかった。

 あの少女が、殺すべきターゲット。

 ドラゴンは深く息を吸い込むと、少女めがけて息を吹きだした。


「防御張れ!!」


 ギャリーが怒鳴る前に、ルーファス、マリオン、カーティス、シビルの4人が、仲間たちの前に防御結界を展開する。

 室内に飛び散るほどのドラゴンの息は、雷そのものだった。


「サラマブレスか…」


 生唾を飲み込みながら、ランドンが呟いた。


「御大らしいな……ったく」


 ブレス攻撃が止むと、ギャリーたちは身構えた。


「いくぜみん…」


 叫ぶように号令をかけようとした瞬間、ギャリーは一瞬硬直し、そして片膝をついた。


「ギャリー?」


 驚いたキュッリッキは、ギャリーのそばに駆け寄ってしゃがみこむ。


「ねえ、どうしたの」


 覗き込んだギャリーの顔には、大量の汗が噴き出し、見るからに青ざめていた。そしてそれは、ガエル、ルーファス、カーティス、ハーマンも一緒だった。


「くっ…そっ……こりゃ薬がきれたな……」


 荒く息を吐き出しながら、ギャリーは堪りかねて前に倒れ込んでしまった。


「ヤダ、ギャリー、ギャリー!」


 キュッリッキは半泣き状態で、ギャリーの背中を揺さぶった。しかし、その手をメルヴィンが優しく掴んで止めると、見上げてくるキュッリッキに、首を横に振った。


「大丈夫だよキューリ、ヴィヒトリの薬の副作用が出ただけだから」

「薬?」


 ランドンは反対側にしゃがみこむと、ギャリーの顔を自分の方へと向けなおす。


「戦う相手があの2人だから、ちょっと強烈なドーピング薬をヴィヒトリに作ってもらったんだ。薬の効果がきれたらこうなるって、あらかじめ言われてたしね。死にはしないけど、無理した反動が一気にくるから、こんな状態になっちゃうんだ。――ほらギャリー、これ飲んで」


 ランドンは一粒の小さな丸薬を、ギャリーの口の中に含ませた。


「即効性の中和剤。歩けるくらいには回復できるらしいから、暫く床ペロしといて」

「ほい……」


 全身で溜息を吐き出すと、ギャリーは目を閉じた。


「なんだおめーら、ナサケねーな!!」


 ヴァルトに居丈高に言われても、ギャリーたちには、もはやツッコミ返す気力はなかった。


「死なないんだったら、安心してこれ飲めるな。中和剤もあるっていうし」

「そうですね。薬の効果が効いている間に倒せば、問題ありません」


 タルコットとメルヴィンが薬を掌に広げたとき、キュッリッキはメルヴィンの掌を、力いっぱい叩きつけた。その拍子に、薬は手から飛んで、床に転々と転がっていく。


「リッキー、なにをするんですか!?」


 メルヴィンはびっくりして、キュッリッキの顔を見つめた。タルコットもギョッとして目を見張る。

 キュッリッキはこれでもかと両方の頬を膨らませ、目に涙を浮かべて、床を凝視していた。


「リッキー……?」


 ただならぬキュッリッキの様子に、メルヴィンは困惑の表情を浮かべる。

 ドレスをギュッと掴み、キュッリッキは大きくしゃくり上げた。


「こんなこ…ヒッ…と…されても嬉しヒッ…くないもん!!」


 しゃくりながら怒鳴る。それにはみんな、ポカンと口を開けて見つめた。ドラゴンのほうも、ブレス攻撃が阻止されたことで、様子を伺うように動きを止めている。


「なんでアタシなんかのために、みんな辛い思いをしてまで頑張っちゃうのか判んないんだもん…ヒッ…く……そんなことしてたら死んじゃうんだから…」


 キュッリッキは心の底から怒っていた。

 メルヴィンが自分のために命懸けで戦ってくれるのは、恋人だから、だと思っている。それは仕方がないが、逆の立場なら、キュッリッキも同じように命をかけて戦う。しかし、みんなは恋人ではない。ただ傭兵団の仲間なだけだ。

 たかが仲間の一員のために、その貴重な命を散らすような無理をおしてまで、戦う必要がどこにあるのだろう。相手はベルトルドであり、今はユリディスの呪いの力を受けて、ドラゴンに変じてしまっている。ベルトルドの力、そしてドラゴンがどういうものか知っているキュッリッキから見れば、みんなが勝てる見込みは殆どないのだ。

 レディトゥス・システムから出してもらえただけで十分だ。本当は一刻も早く、ここから逃げて欲しい。そう思っているのに、あんな怪しげな薬を服用してまで、無理に戦おうとしてくれている。


「早く逃げてよ……」


 泣きじゃくるキュッリッキを、メルヴィンがそっと抱き寄せて、ギュッと抱きしめた。


「リッキー、家族だから、当然なんですよ」


 キュッリッキの頭を優しく撫でながら、メルヴィンは愛おしさを込めてキュッリッキを見つめる。


「血は繋がっていませんが、ライオン傭兵団という家族なんです。リッキーは一番の年下だから、末っ子の妹です。妹の危機に命を張るのは、当然のことなんですよ」


 生まれてすぐ捨てられたキュッリッキには、家族というものが判らない。人付き合いも上手く出来てこなかったから、仲間というものも判らない。

 だから、仲間たちがここまでしてくれることが、キュッリッキには理解出来ないということは、みんな判っていた。

 けっして、悲劇のヒロインを気取っているわけでもなく、勘違いしているわけでもない。ただ、理解出来ていないだけなのだ。

 つい最近、自らのことを打ち明けて、ようやくスタートをきったばかりだ。これから時間をかけて、ゆっくりと育んでいくことだ。

 キュッリッキのこうした気持ちは、みんなには逆に、くすぐったい気分にさせていた。


「更にオレは、リッキーの最愛の恋人ですから、命をかけるのは当たり前です」


 見上げたメルヴィンの顔には、どこか照れくさい笑みが浮かんでいた。

 仲間という家族が出来たことは理解している。しかし、その本当の意味までは判っていなかった。

 そのうち判っていけばいいことだと、以前メルヴィンが言っていたことを思い出した。焦っても仕方がないことだとも。

 やがてキュッリッキは、メルヴィンに小さく笑顔を向けた。


「泣き顔も綺麗ですが、リッキーには笑顔が一番似合います」


 ハンカチを取り出したメルヴィンは、キュッリッキの涙を優しく拭ってやった。

 遠巻きに2人の様子を見ていたザカリーは、唇を尖らせて目を眇めた。


「ケッ、クサイ台詞も言えるようになったじゃねーか」

「恋は人を成長させるんだよ~」


 ルーファスが苦笑気味に応じる。確かにキュッリッキが来る前のメルヴィンからは、想像もつかない成長ぶりだった。


「妬かなぁ~い、妬かない」

「うっせーブス!!」

「うわーんブスって言われたああ~~~」


 マリオンにからかわれて、ザカリーは顔を真っ赤にして怒鳴っていた。




 家族だから当たり前だと言われ、キュッリッキは心底嬉しかった。でも、だからこそ、もう自分のためにみんなが傷つき、痛い思いを味わうことだけは終わらせたかった。

 もう、十分だから。


「やっぱりここは、みんなさがって。アタシに任せて」

「リッキー」

「みんなの気持ち、すごく嬉しいの。まだ家族ってどんなものか、仲間がどんなものか本当には理解できてない。でも、アタシのせいでみんなが傷つくのは、もうイヤなの」

「だがよ……」

「怪しい薬でブーストしても、みんなじゃベルトルドさんは止められないし、元に戻すのは不可能なの。クレメッティ王がなってた化物とは格が違う、殆どアルケラにいる神龍クラスの力を持ってるから」


 キュッリッキの言葉に、みんな素直に青ざめた。


 ――アンタ化け物に姿が変わって、ますます強さに磨きがかかったのかよ。


 異口同音、みんなの目が物語っていた。


「もう、アタシにしか止められない」


 キュッリッキの右にフェンリルが、左にフローズヴィトニルが立つ。


「これが最後の戦い。もう、終わらせようね、ベルトルドさん」

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