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153話:巫女殺しの呪い

 リューディアとの恋敵として、アルカネットが自分を疎ましく思っていることは知っていた。時折あからさまな憎悪を向けてくることがあったし、隠そうともしていない。

 それでも、ベルトルドはアルカネットが大好きだった。

 血のつながりはなくても、弟になってくれたのだ。

 普段憎まれ口を叩くし、命令もするし、説教もしてくる。それなのに、いつもどこか悔しそうに甘えてきて、頼りにしてくれた。

 そしてなにより、物心着いた時から、ずっと一緒だった。

 いつも一緒にいることが当たり前になっていて、離れ離れになることなど考えたこともない。

 結婚してそれぞれ家庭を持ったとして、それで住む場所が変わったとしても、やはり一緒に何かをしていただろう。

 ベルトルドにとって、アルカネットは最大の心の拠り所だった。

 リューディアでもなく、リュリュでもなく、キュッリッキでもない。アルカネットこそが、ベルトルドにとってかけがえのない友であり弟なのだ。

 神への復讐を誓い、行動を起こした時から、いずれこういう事態は起こるだろうことは予想していた。でも、まさか神のもとへたどり着く前に、失うことになるなんて。

 腕の中のアルカネットの身体からは、温もりが消えていく。人は死んでも、そんなにすぐには冷たくならない。しかし、大量に血を流している遺体は、急速に冷たさを増していく。それが否応無しにも、アルカネットの死を実感させていった。

 超能力サイは精神を源とする能力だ。強靭な精神と、揺るぎない集中力。幼い頃からそれが判っていたから、自分は強くあらねばならない、と思い生きてきた。

 どんな些細なことにも動揺せず、他者に心を支配されず、己を確固たるものとし、不動の精神を貫く。

 しかし、心の片隅で、常に思っていたことがある。


 ――無理をしている。


 自分は本当に強いのか?

 弱音なんて吐かないのか?

 強くはないが、弱さを見せられない。

 誰かに甘えたいが、そんな姿は晒せない。

 強く生きよう、強く在ろう、強く、強く…。

 リューディアを失ったとき、自信を喪失しかけた。しかし、アルカネットが居てくれた。ずっと、そばに居てくれた。だから、強く生きてこられた。

 そのアルカネットが、逝ってしまった。

 自分ベルトルドを置いて、先に逝ってしまった。

 強く在ろうとしていた箍が、アルカネットの死を認めた瞬間、脆くも消えた。

 ベルトルドはもう何も考えられなかった。悲しみの衝動のまま叫びをあげ続け、意識が闇色に染まるまで叫び続けた。




 絶叫し続けるベルトルドの周囲に、突如黒い靄が現れ始めた。それは、ゆっくりと量を増し、ベルトルドの身体を渦のように取り囲みだした。

 渦はすっぽりとベルトルドを取り込むと、徐々に大きく膨れ上がる。そして、室内を漆黒に染めるように弾けとんだ。


「んで、そっからあのバカデカイ白銀のドラゴンが出てきた、ってわけ」


 その時の映像を、ルーファスは仲間たちに共有しながら説明する。


「うーん……、なんてファンタジーなんだ」


 腕を組んで、低く唸りながらタルコットがボヤく。


「しかし惜しいな、鱗が黒なら、剥がして鎧が作れそうなんだが……」

「えー、そっちの関心!?」


 妙にガッカリしたように、ルーファスが嘆いた。


「つーか、ンなことしたら、あとで御大から請求書くっぞ…」

「おっさんならぁ、鱗1枚分で請求書作りそうよねぇ~」


 ザカリーのツッコミに、マリオンがさらにツッコんだ。

 仲間たちのオバカな会話をスルーしながら、ギャリー、カーティス、ガエルの3人は、忙しく作戦を組み立てていた。

 数ヶ月前にナルバ山の遺跡で醜悪な化物と戦った時、瀕死の重傷をおったキュッリッキを早く助けたくて、無我夢中で殴りかかった。

 分厚すぎる筋肉に覆われたあの巨体は、ガエルの拳とザカリーの魔弾と、ハーマンの魔法で木っ端微塵にした。しかし目の前のドラゴンの身体は、あらゆる攻撃が通りにくそうに見える。さらに、アレがベルトルドの変身した姿、というのが、より慎重を要求していた。

 我を忘れながら超能力サイまで使ってきたら、何をされるか想像もつかない。それこそ、絶対防御で空間転移されたらアウトである。そして、無意識に魔法まで使われた日には、目も当てられない。

 存在自体が脅威なのだ。

 入団希望者があとをたたず、一人当千の強者ぞろいとして、傭兵世界ではトップレベルのライオン傭兵団。しかしそれは、人間相手に通用していたこと。さすがにドラゴンという、ファンタジーレベルの化け物は専門外だ。

 ああしたドラゴンは、アルケラには当たり前に居る、とキュッリッキに言われても、召喚〈才能〉スキルを持たない一般人には、永久に無縁のものなのだ。


「おいガエル、なんかいいアイデアまとまったか?」


 ギャリーに問いかけられ、ガエルは眉間にシワを寄せ、首を横に振る。さすがのガエルも、化物プラス、Overランクの超能力サイ使い相手では、うまい作戦など思いつかない。


「カーティスは?」

「……鱗1枚いくらで売るか、アジトの損害賠償請求諸々の計算しか、思い浮かんできませんねえ…」

「おぃ…」


 3人ともお手上げ状態だった。

 皆その場に露骨に溜息を吐き出していると、やがてドラゴンの咆哮が止んだ。




 ――邪なる人間に、アルケラの門を通させないために、巫女を殺しなさい。


 重い闇に包まれたベルトルドの意識に、若い女の声が静かに浸透してくる。


 ――アルケラを守りなさい。


(巫女……)


 混濁していく意識の中で、ベルトルドはボソリと呟く。

 脳裏に浮かんだのは、一人の美しい少女だった。

 むき身の桃のような白い肌に、陽の光を弾くような、少し淡い金髪。磨いたペリドットのように綺麗な黄緑色の、虹色の光彩がまといつく特異な瞳が印象的な、笑顔の素敵な少女。


(殺す?……この俺が…)


 闇はベルトルドの意識を、暗く黒く塗り込めていった。

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