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152話:神の血の末裔

 あれほど酷い目にあわされたのに、裏切られたのにもかかわらず、キュッリッキはベルトルドを憎むことができなかった。

 それは、酷いことをされた以上に、深く深く愛されていたからだ。

 生まれて初めて「愛している」と言ってくれたのは、ベルトルドだった。

 ファニーやハドリーとは、友愛を育んできたが、それ以上の愛をくれたのは、ベルトルドが初めてだったのだ。

 親や同族から捨てられ、忌み嫌われ、人間から愛などもらったこともない。

 ずっと、自分にだけ注いでくれる愛が欲しくて、愛に飢えていた。愛されることがどんなに幸せなことなのか、知りたいと願っていた。

 血のつながりもない、なんの関係もなかったのに、ベルトルドは優しさと愛を惜しみなく注いでくれて、世界中で一番愛されている女の子にしてくれた。普通の女の子のようになれた。

 ベルトルドが愛をくれたから、だからキュッリッキは愛を知った。そして、メルヴィンに恋をすることができた。

 誰も気づいてくれなかった、与えてくれなかった全てを、ベルトルドはくれた。

 労わるように、優しく見つめてくれるメルヴィンの手を、キュッリッキは両手でしっかりと握った。初めて恋をした人、異性を感じ、愛した人。この人と共に、ずっと生きていく。

 ベルトルドから向けられる恋愛を、キュッリッキは受け入れなかった。それは、すでに父親の愛だと認識してしまっていたからだ。アルカネットからの愛も、ベルトルドからの愛も。

 神への復讐のために、キュッリッキの全てを傷つけた事実は許されない。でも、それ以上に与えられた愛が、キュッリッキの心から、憎む気持ちを拭っていた。

 室内に大きく轟く咆哮。聴いたこともないような声であり、重く響く、悲しげな音も含んだ声。

 呪いの力を受け、白銀の鱗を持つ、巨大なドラゴンとなったベルトルド。その背には翼が生えているが片方のみだけで、鳥の翼のようである。その翼は漆黒の色をしていた。

 それに気づいたシ・アティウスが、震えるような声で呻く。


「やはりそうか、そうでしたか」


 そばに集まっていたライオン傭兵団は、怪訝そうにシ・アティウスを見る。


「なるほど、なるほど、完全に合点がいきました。シグネから確証を得てはいたが、これを見れば納得できます」

「何に、合点がいったんで…?」


 首をかしげるギャリーに、シ・アティウスはニヤリと笑ってみせる。


「ベルトルドとアルカネットの正体ですよ」


 ライオン傭兵団の皆は、咆哮を上げ続ける白銀のドラゴンに目を向け、再度シ・アティウスを見た。


「正体って…まさか、人間じゃなかったんです~。とか言うんじゃ…」


 どっからどう見ても、あれじゃ人間じゃないし? とザカリーはぼやく。


「あのドラゴンの姿は、キュッリッキ嬢の説明であったように、ユリディスの力によるものでしょう。私が言いたいのは、彼らのルーツのことです」


 眼鏡のレンズをおし上げながら、シ・アティウスは教壇に立つ教師のような口調で説明を始めた。


「あの二人は〈才能〉スキルがOverランクという、人類史上稀に見る強大な力を有していました。思いっきり人外のレベルです。これまでトリプルSランクまでは記録に残っていますが、それも稀な方です。それに、アルカネットは魔法〈才能〉スキルの持ち主なのに、超能力サイまで使ったそうですね」

「うん。威力は多分Aクラス並だと思うけど、空間転移まで使いこなすんだからビックリしたよー」


 ルーファスが肩をすくめる。


「ベルトルドが使う終わりなき無限の剣ダインスレイヴも、ギミックがいまひとつ判りませんでした。彼自身もよく判らず使っていたのですが、あれは魔法〈才能〉スキルによるものです」


 はああああ!? とタルコットとヴァルトが揃って声を上げた。

 空間転移を応用して、剣を召喚してきているわけではなく、魔力で生み出されていた無数の剣。超能力サイで新たな物質を生み出すことはできないが、魔力ではそれが可能だ。


「つまり、アレか? 二人共魔法と超能力サイのダブル〈才能〉スキル保持者だった、てことか…?」

「そういうことですね」


 ギャリーに深く頷き、シ・アティウスはドラゴンに目を向け、アルカネットの遺体にも目を向ける。


「二人のあの翼、漆黒の色をしているでしょう。あれは紛れもなく、アウリスの血によるものです」


 アイオン族の始祖の名を、アウリス・ラッセ・フルメヴァーラという。

 イルマタル帝国を治めるフルメヴァーラ家は、アイオン族の始祖アウリス皇帝の直径の血筋らしい。現在ヴィプネン族の統一国家を治めるハワドウレ家と違い、フルメヴァーラ家は1万年以上の遥か昔から続くと言われている。


「アイオン族の始祖アウリスは、神と人間の混血により誕生したと言われています。アイオン族は白い翼を基本としますが、アウリスに流れる神の血の影響により、アウリス自身は漆黒の翼だったそうです。そのため、暫くはフルメヴァーラ家でも稀に、漆黒の翼を授かる者も生まれてきました。アウリスの血が濃く継がれたと、尊ばれる象徴でもあったと」

「御大とアルカネットは、そのフルメヴァーラ家の血を引いてる、てことか?」


 リュリュから聞かされた話では、思いっきり庶民の家の出だった気が、とギャリーは首をひねる。


「アウリスは末永く、イルマタル帝国が自らの血を引く者で治められることを願い、フルメヴァーラ家に、ある儀式を義務付けました。今後、帝位に就く者は、必ず自分の裁定を受けなければならない、というものでした」


 新たに帝位に就くとき、必ずアウリスを死後の世界から呼び戻し、その者が正しくアウリスの血を継いでいるかを、アウリス自身が見定める。帝位交代の度に、その儀式は行われていく。


「しかしその儀式を疎ましく思う者が現れ、アウリスを蘇らせる儀式に邪魔が入りました。それでもどうにかクーデターをおさめ、正しき血を継ぐ者が帝位に就きましたが、その時をもって儀式はなくなり、蘇ったアウリスはイルマタル帝国から消え、惑星ヒイシに降り立ったといいます。そこでアイオン族の女との間に子を成し、その血がベルトルドとアルカネットに受け継がれたわけです」

「……よく、そんなに詳しいことを知っているんですね……」


 カーティスにぽつりと言われ、シ・アティウスは僅かに得意げな笑みを浮かべた。


「あの二人の化物じみた力のルーツを、ずっと探っていたんです。かなり遠いご先祖が、共通なのですよ、あの二人の母親は。隔世遺伝というやつですね。ベルトルドもアルカネットも、元はそれぞれ超能力サイと魔法〈才能〉スキルのみだったのでしょうが、リューディアの死をきっかけに、潜在的に眠っていたもう一つの〈才能〉スキルが覚醒したのかもしれません。本来〈才能〉スキルは遺伝しないものですがね」


 シ・アティウスの話を聞いて、キュッリッキは小さなため息をつく。

 もしも、二人が人外の力を持って生まれてこなければ、そんな先祖を持たなければ、リューディアを目の前で失ったとしても、今のような状況にはならなかったかもしれない。あれほど強力な力を持ってしまったばっかりに、神へ復讐するなどと、決意させてしまったのだ。


(そんなことを今更思っても、詮無いことだけど…)


 ドラゴンとなったベルトルドは、ずっと咆哮を続けていた。

 苦しみ悲しんでいる、とキュッリッキには伝わっている。アルカネットを失い、激しい悲しみの中、ああして咆えるしか術がないのだと言わんばかりに。

 神々と幻想の住人たちの住む世界アルケラには、ドラゴンは当たり前に存在している。しかしこちらの人間世界では、伝説上の化物だ。


(ユリディスの呪いを解いて、元の姿に戻さなきゃ。いつまでも、あんな姿のままにしておくわけにはいかないもん)


 悲しみの連鎖を終わらせる。

 キュッリッキは厳しい眼差しを、ベルトルドにひたと向けた。

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