アルカネットの身体は数秒ほど痙攣を繰り返したが、やがておさまり動かなくなった。
ガエルは傍らにしゃがみこむと、アルカネットの首に触れる。脈を確認し、首を振った。
「そっか……」
ギャリーは構えを解くと、シラーを背に担いだ。皆も各々戦闘状態を解除し、安堵の息をつく。
ザカリーはアルカネットの傍らまで来ると、自らの血の海に倒れている遺体を、何とも言えない目で見つめた。
キュッリッキを愛おしみ、慈しむ目が、今でも脳裏に焼き付いている。
心の底から大切にしているのだと、イヤでも痛感するほどに。
数ヶ月前にイソラの町で粛清されかかったことが、まるで他人事のように思えていた。
人格が次々と入れ替わり、精神が崩壊するほどの、壮絶な体験を経てきたのだと思うと、やるせなかった。
愛するものを失い、愛するものを傷つけ、その結果がこの最期。
「唾でも吐いてやりてえのに、唾が出ねえよ…」
ザカリーの肩をポンッと叩いて、ギャリーが苦笑した。
「ねえねえ、死体どうすんの?」
ルーファスはアルカネットの遺体を指差す。
「持って運ぶわけにもいきませんし…。幸いここはエグザイル・システムがあるので、あとでリュリュさんにでも、遺体の回収をお願いしましょうか」
何ともいえない表情のまま、カーティスは言った。
「よし、薬の効果が消えないうちに、メルヴィンたちのほうへ合流しよう」
「そうですね」
皆ガエルに頷き、出口の方を向いた瞬間、ピタリと動きを止めた。
そこには、ベルトルドが立っていた。
(ちょーーーーー!! なんでオッサンここにっ!!)
ザカリーが仰天して念話で悲鳴を上げる。
(まさかメルヴィンたち殺られちゃったの!?)
(ちょっと待ってください、様子がおかしいです)
驚いて慌てふためく皆を手で制し、カーティスは眉を顰めてベルトルドを見た。
出口に立ち尽くし、じっとアルカネットを凝視している。
あんな表情のベルトルドなど、初めてだ。
やがてベルトルドは、ゆっくりと歩き出した。今にも倒れそうなほど、頼りなげな足取りで。
ガエルもギャリーも、警戒を怠らず、ゆっくりとアルカネットのそばから離れた。
ベルトルドはアルカネットの傍まで来ると、ペタリと座り込んだ。そして、おっかなびっくりといった仕草で、アルカネットに手を伸ばす。
白い手袋に覆われた指先が、アルカネットの肩に触れる。電流に弾かれたかのように、ビクッと手を引っ込め、再び肩に触れた。
「アルカネット…?」
囁くように呼びかけるが、返事はない。
今度は両手で肩を抱き、血だまりの中から救い出すように仰向けにして、ギュッと抱きしめた。
ベルトルドは呆けたような顔で、前方に視線を泳がせていた。
抱きしめるアルカネットは、まだほんのり温かい。しかしよく見ると、背中に大きな穴があいていて、周りは血の海と化している。アルカネットの顔も服も、自身の血で汚れていた。
「なあ、アルカネット、寝たふりをするな」
震える声で、言葉を絞り出す。
「まだアルケラに着いていないんだぞ? 寝ている場合じゃないんだ……」
ピクリとも動かない身体、返ってこない言葉。
「アルカネット……」
ベルトルドは顔を伏せ、もっと強くアルカネットの遺体を抱きしめて、肩を震わせた。
生まれてくることのなかった弟の代わりに、弟になってくれたアルカネット。
大事に守ってきた。大事な弟だから、大切にしてきた。それなのに、腕の中のアルカネットの体温は、どんどん下がっている。もう血も流れていない。
鼓動が聴こえない。
息遣いも聴こえない。
いつもの憎まれ口も言ってこない。
乱れた服を、直してもくれない。
同じ女性を愛し、失い、復讐を誓った。そして同じ道を歩いてきた。また同じ女性を愛した。
血の繋がった兄弟よりも、もっと兄弟らしく生きてきた。
ベルトルドは顔を上げると、アルカネットの顔を見る。
目を剥いたまま、絶命していた。
遺体から伝わってくる、最期のビジョン。
ガエルに胸を貫かれる寸前まで、自分を呼び、助けを求めていた。
「おにいちゃん、助けて」と。
こんなに、こんなに、必死に助けを求められながら、ベルトルドは気付かなかった。
気づいてやれなかった。
大切な弟が、助けを求めていたというのに、
ベルトルドが気づいたのは、絶命する最期の声だけだったのだ。
自己嫌悪の憤りと、メルヴィンへの嫉妬に駆られ、大切な弟の声を聞き漏らしていた。その結果が、弟の死。
滅多に助けを求めないアルカネットが、必死で助けを求めていたのに。
再び、大切な人を失ってしまった。
今度は、己の過失で。
ベルトルドの目から涙が溢れ、頬を伝ってアルカネットの遺体にこぼれ落ちた。
どんなに涙を流そうと、悔やもうと、命を失えば、もう戻ってこないのだ。
31年前に理解したはずなのに。
「うわあああああああああああああっ」
天井を仰ぎ、ベルトルドは絶叫した。