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149話:アルカネットの最期

「自分にイラアルータ・トニトルスをぶちかますとは、さすがに思わなかったぜ」


 身体を起こしながら、ギャリーは薄く笑った。


「オレたちの力は屁の河童でも、自分の力じゃ大ダメージもらってんじゃね?」


 立ち上がってシラーを構え、ギャリーは嫌味を吐きつける。

 実際、自らのイラアルータ・トニトルスを浴びたアルカネットは、見た目でも消耗しているのが、ようやく判る状態になっていた。それほどの魔力を投入しないと、シラーのリヴヤーターン・モードを弾き飛ばせなかったのだ。


「やはり、接近戦は相性が悪いですね。調子に乗りすぎたようです……自重しなければ」


 忌々しげに口元を歪め、アルカネットは自らを嗜める。


「調子に乗ってくれた方が、やりやすかったんだがよ」


 残念そうにギャリーは息をついた。

 また空間転移を乱用され、死角から魔法攻撃されると分が悪い。


(おい、ギャリー)

(あん?)

(そろそろオレにも出番くれ。リュリュさんからもらった魔弾が、てんこ盛りで余りまくりなんだよ……)

(へへっ、そーだなあ……)


 魔剣シラーのリヴヤーターン・モードは、敵を自動追尾する。空間転移されても、自ら追いかけるのでいいが、射撃は的がフラフラしていると当てづらい。さすがに魔銃バーガットでも、撃った魔弾が自動追尾する機能までは有していないのだ。

 超能力サイは精神力によってコントロールされる。集中力も規格外のアルカネットの精神を、大混乱に陥らせることができれば、空間転移の乱用だけは阻止できるかもしれない。


(だったらもう、ドンパチのオンパレードで、攪乱攻撃しかないよね!)


 ルーファスの提案に、皆神妙に唸った。


(おそらくそれでいいだろう…)


 ずしりとした声が割って入り、ようやくガエルが意識を取り戻した。


(ハーマンの魔法乱舞、ギャリーのリヴヤーターン・モード、ザカリーの魔弾連打で攪乱し、ペルラのアサシン能力で的確に位置を狙って短剣を放ち、ルーとカーティスが防御結界を張って皆を援護だ。そして、マーゴットも攻撃魔法を使え)

(えっ!?)


 常に蚊帳の外に置かれていたマーゴットは、いきなり役割を振られて激しく動揺した。


(とにかく攻撃魔法を使え。コントロールなんて繊細なことは考えなくていい、攪乱が目的だからな)

(でも私、そんな…いきなり)

(ここは戦場だ。ついてきたのなら、役に立て)


 突っぱねるように言われ、マーゴットはカーティスを見る。しかし、カーティスはいつものように、庇い立てはしてくれなかった。顔も振り向けず、背中が拒絶しているのが見て判る。

 マーゴットは拗ねたように顔をしかめると、ギュッと握った自分の手の甲を、鋭く睨みつけた。

 傭兵として、これまで戦闘では殆ど役に立ったことはない。得意な――だと思い込んでいる――回復魔法すら使わせてもらえない。せいぜいが、夜道を照らす明かり係か、野宿の時の焚き火に火をつけるくらいである。

 何もしなくても、みんなと同じ報酬をもらっていた。仲間だから、当然だと思っていた。

 キュッリッキを助けるために同行したが、本音では嫌だった。

 カーティスの恋人であり、ライオン傭兵団のマスコット的存在だったのに、キュッリッキがきてからすっかりその座を追われてしまった。挙句、後ろ盾のベルトルドやアルカネットに溺愛され、みんなもチヤホヤしてやまない。

 攻撃魔法は得意ではない。それなのに、使って役に立てと言われてしまった。


(マーゴット、今後、傭兵を続けていきたいのなら、ガエルの指示に従ってください。それができなければ、もうウチには必要ありません)


「そんなっ」


 思わず口をついて、マーゴットは腰を浮かせた。カーティスからそんな言葉を聞く日がくるとは、思いもよらなかった。


「ちんたら昼ドラしてる暇はねえよ、行くぞ!」


 ギャリーの号令に、ハーマンとザカリーは攻撃を開始した。ギャリーは再びシラーに命じると、リヴヤーターン・モードを発動させてアルカネットに向けた。

 案の定アルカネットは、空間転移を使って攻撃をかわしはじめた。しかし、アルカネットが移動してきた場所へ、すかさずペルラが短剣を放つ。防御魔法でアルカネットの身を貫くことはできなかったが、それでも逃げた場所へ短剣が確実に飛んでくることで、アルカネットは僅かに動揺していた。

 アサシン技術は、魔法や超能力サイに対抗するために編み出された。ペルラはアサシンのエキスパートでもある。

 無秩序に飛び交うライオン傭兵団の攻撃に、アルカネットは徐々に押され始めた。


「猪口才な……ぬっ」


 その攻撃に、新たな攻撃魔法が加わって、アルカネットは少し目を見張る。

 普段何もせず後ろに隠れているマーゴットが、お粗末な攻撃魔法を仕掛けてきているのだ。

 あの程度は攻撃の数にもならないが、それでも目障りなこと、この上なかった。


「やればできるじゃねーかよ」


 ニヤリと口元を歪ませギャリーが言うと、マーゴットはツンッとそっぽを向いた。




 使い慣れない空間転移を乱用しすぎて、アルカネットはガエルたちが考える以上に、激しく気力と体力を消耗していた。

 戦闘での消耗もあったが、31年も存在し続けた仮面ペルソナ人格を駆逐する為に、精神力を大量に使っていたからだ。

 超能力サイを攻撃の形で使うのは、これが初めてだった。普段はほぼテレパスに超能力サイは働いており、それも受信オンリーである。超能力サイのコントロール訓練等受けてもいないし、隠れて練習も何もしたことがない。いきなり実戦で使っているから、精神力の配分がまだ掴めていなかった。そこへ、この室内の結界維持と、本来の魔法コントロールが重なり、精神と身体への負担は甚大だ。


(疲労しているところなど、絶対彼らに気づかれるわけにはいかない――)


 そう思った瞬間、アルカネットは自らに激怒した。


(この私が疲労していると!? これから神を倒しに行くというのに、あんなゴミごときに、押されているなどありえない事です!)


 宣言時間はとっくに過ぎており、そればかりか大幅に時間をとっている。しかも、まだ目の前の彼らには、死人が出ていない。負傷はしているが、ドーピングでピンピンしているのだ。

 リューディアの復讐を遂げるまで、こんなところで足踏みしている場合ではない。

 もう、神へ手の届くところまできている。

 フリングホルニはすでに大気圏を抜けている。月までは船の空間跳躍システムを使えば、すぐ到達できるのだ。

 レディトゥス・システムに向かったメルヴィンたちの存在も気になる。ベルトルドが死守しているが、果たしてあちらの状況はどうなっているのか。


(ここまできて、煩わされることが多すぎる)


 アルカネットは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。端整な顔には落ち着きが戻り、優美な笑みが、ゆっくりと広がっていく。


「まだまだ、甚振り度が足りないようですね」




 ベルトルドと共に神への復讐を決意したとき、これに異を唱え、反対する者がいた。

 愛しいリューディアの弟のリュリュだ。

 本来なら、姉の復讐のために共に手を取り進むべきはずのリュリュは、ベルトルドとアルカネットの邪魔をするために、あらゆる手を講じてきた。

 そのもっとも忌々しい存在が、目の前のライオン傭兵団である。

 表立ってはベルトルドが、後ろ盾だのスポンサーだのと言われているが、実際は彼らを引き込み、ベルトルドへ後ろ盾につくよう強要したのはリュリュなのだ。そうして子飼いとしてライオン傭兵団を手元へ置き、こうして送り込んできた。

 レディトゥス・システムへ閉じ込めたキュッリッキの救出が目的だろうが、それは神への復讐を阻害されることと同義である。

 いまだにリュリュの真意を、アルカネットは理解出来ていない。

 何故姉を殺した残酷な神へ、復讐しようとしないのか。リュリュもSランクの超能力サイを持っている。

 あまり超能力サイを戦闘で使う機会はないが、コントロールも優秀だ。本当の味方になっていれば、頼もしい戦力となっただろう。

 それなのに、復讐を諦めるように言い続け、邪魔をし、阻止しようと企んでいる。


(リューディアを奪われて、悲しくはないのか?)


 もう二度と、優しく微笑んでくれることもない、明るく話しかけてくれることもない。

 永遠に失ったそのリューディアを、惜しむ気持ちはないのか?

 今日までリュリュを殺さなかったのは、ベルトルドに止められていたこともあるが、その顔に、リューディアの懐かしい面影を見てしまうからだった。顔立ちは似ていないのだが、やはりそこは血のつながりだろう。

 だがその躊躇いがライオン傭兵団を、この船に招くきっかけとなったといっても過言ではない。

 31年経った今も、一瞬たりとも忘れたことはない。リューディアの命を儚く摘み取った、あの強大ないかずちを。

 キュッリッキの話によれば、あの雷を落としたのは、トールという神。


 ――必ず、殺してやる。


 アルカネットは握り締めた拳に、魔力を込め高めていく。そして、ゆっくりと目を閉じた。


「神を殺すまで、私はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないのです。絶対に、アルケラへたどり着き、復讐を遂げます」


 拳を中心に、辺りに細い稲妻が無数に踊りだす。


「サラマ・フルウス!」


 アルカネットの目がカッと見開かれた瞬間、拳を取り巻いていた稲妻が、ライオン傭兵団目掛けて襲いかかった。

 紫色の光を放ちながら、稲妻は室内を踊り狂い、バチバチと引合いながらあらゆるものに巻き付いた。


「感電死はカンベーン!!」


 ルーファスは大きく両手を広げ、大きなドームのイメージを皆の周りに張り巡らせた。その超能力サイによる防御の上に、カーティスとハーマンの防御魔法が被さる。

 ルーファス、カーティス、ハーマンの3人が、防御結界で稲妻の嵐を防いでいく。


(いつまで続くのコレ!)

(そうですねえ……アルカネットさんの魔力が尽きるまで、でしょうか)


 カーティスが冷静に言うと、ルーファスはゲンナリとため息をついた。

 今は、ヴィヒトリ特製のドーピング薬で有り得ないほど元気100倍状態だが、薬の効果が切れれば、100%死ぬだろう。


(どんだけ雷攻撃が得意なんだよーもおー)


 嫉妬をにじませた声で、ハーマンが文句を言う。サマラ・フルウスは稲妻を無数に操り、攻撃する範囲系高位魔法の一つだ。


(よほど、雷が嫌いなんだろうね。嫌いだから、憎いから、だから反動で強くなってしまったんだろう)


 珍しくペルラが、ぽつりと言った。


(だろうな。だが、そろそろ反撃しないと、これじゃキリがねえぞ)


 ペルラの言に同意しつつ、ギャリーはアルカネットを睨みつける。これには全員頷いた。


(冷静さを取り戻したとは言え、アルカネットが消耗しているのは間違いない。ギャリー、ハーマン、ザカリー、攪乱攻撃をもう一度してくれ。俺がケリをつける)

(判った)


 ドラウプニルを付け直し、ガエルは大きな拳をグッと握る。かつてないほどの闘気が、筋肉に盛り上がる肉体を覆い尽くしていった。

 闘気は本来目に見えないものだが、ガエルが本気で断言するとき、うっすらと煙のように見えるようになる。

 ドーピング効果も手伝い、今のガエルなら確実にアルカネットの息の根を止めるだろう。

 決着の時だった。

 ギャリーはシラーをアルカネットに構え、柄をしっかりと握り締めた。そしてふと、キュッリッキの顔を思い出す。

 初めてアジトに来た日、年齢の割に中身は幼子のようで、正直この先やっていけるのかとヒヤヒヤしていた。しかし、仕事の時は傭兵としてちゃんと動くし、度胸も良い。普段の生活では、随分となついてきた。恋愛感情は一切わかないが、妹が出来たようで可愛かった。

 まだまだ幼気いたいけで、純粋なあのキュッリッキを復讐の道具として、心身ともに傷つけたアルカネットとベルトルド。最愛の者が傷つけられ、失うことがどんなことか、よく判っていたハズなのに。更には、親に捨てられた過去を持つキュッリッキが、父親のように慕っていたことも判っていて、無下に切り捨てた。

 あの2人がどんな思いで、31年という長い月日を生きてきたかは、想像を絶する。

 しかし、そんなことよりも、大事なのはキュッリッキなのだ。


「助けてやるからよ、待ってろ」


 シラーの切っ先をアルカネットに定めたまま、ギャリーはそのまま前に走り出した。


「ギャラルホルンから流れる音色

 イザヴェルを遊びながら吹き抜ける風

 ブラスト・トウーリ!!」


 ハーマンは範囲高位風魔法を詠唱し、無数に荒れ狂う稲妻を風の力で払いのける。


「形状変化!!」


 ハーマンの起こしたブラスト・トウーリに背中を押され、ギャリーはアルカネットに突っ込む。

 リヴヤーターン・モードが発動し、7匹の金色の蛇がスパイダーネットのように広がりアルカネットを包囲する。


「ライトニング・ルオースカ!」


 すかさずアルカネットは、雷の単発魔法を蛇の頭に叩きつけながら、後ろに跳ねるように後退する。

 激しい雷の一撃を食らって、蛇たちは弾かれていくが、すぐさま攻撃を再開する。


「鬱陶しいっ」


 舌打ちして、次の魔法を発動させようとしたその時。


「なにっ!」


 突如横から大きな影が接近し、アルカネットは咄嗟に翼で影を払う。


「サラマ・フルウス!」


 すかさず稲妻を繰り出すが、影はすでに後退して構え直していた。


「ガエル……」


 忌々しげに名を言われ、ガエルは不敵な笑みを口元にたたえた。

 その間にも、シラーの金色の蛇の追尾は止まらず、ザカリーからの魔弾連射も続いている。いつになくコントロールが完璧な、ハーマンの高位攻撃魔法も連続で飛んでいた。

 自身の攻撃は、ルーファスとカーティスによって防がれている。

 アサシン技術を持つペルラも、虎視眈々と狙いをつけていた。

 それらを思い、突如アルカネットの心に、冷たいものがスッと射し込んだ。

 リューディアを失った時とは違う、得体の知れない感情が、ふつふつと心に湧き上がった。

 殺される、そう思った途端、アルカネットの表情が大きく歪んだ。


「ベ、ベル……ルド」


 焦りを含んだ声が、ひきつれたように掠れる。


「ベルトルド……ベルトルド!」

「なんだ!?」


 突然アルカネットがしぼり出すように叫びだし、皆一様にアルカネットに驚きの表情を向けた。


「ベルトルド何をしているっ! 早く助けにこないかベルトルド!!」


 まるでライオン傭兵団が目に入っていないのか、見た目にも哀れなほど取り乱しながら、アルカネットは悲痛な声でベルトルドの名を叫んでいる。


「まだ死ねない、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。リューディアの元へは、まだ逝けないんだ!」


 アルカネットの表情は恐怖に歪んでいて、目には狂気にも似た光が宿っていた。


「早く助けにこいよ、おにいちゃんなんだろベルトルド!」


 フラフラとおぼつかない足で、その場をうろうろしながら、アルカネットはぶつぶつと独りごちた。もうライオン傭兵団の姿が、見えていないかのようである。


「ヤダよ…、殺されちゃうよ……やだ…やだよお、助けておにいちゃん」


 わんわんと大声で泣き出しそうな様子に、ギャリーは呆気にとられて、あんぐりと口を開けて固まった。

 小さな幼児が叫んでいると、錯覚しそうなのだ。

 あんな姿のアルカネットなど、誰が想像するだろう。否、想像できるだろうか。

 目の前の有り得ない現実に、皆もポカンと固まっていた。


「おにいちゃん……おにいちゃん……」


 アルカネットは両手で宙を掻くように突き出し、あらぬ方を見ながらヨタヨタと歩き出した。


「おにい……ちゃん…?」


 ふとその場に立ち尽くし、アルカネットは顔を下に向ける。

 胸に何かが、突き刺さっていた。


「ぐぼぁっ」


 大量の血を吐きだし、膝が折れる。


「ガエル!!」


 アルカネットの胸には、ガエルの太い腕が突き刺さり、背中を通過して、手刀の形にした拳が外に出ている。


「”おにいちゃん”に助けにこられると困るんでな。ちょっと黙っていてくれ」


 感情のこもらぬ声で低く言いおくと、アルカネットの胸を貫いた拳をグッと握り直し、アルカネットの身体から腕を引き抜いた。

 支えを失ったアルカネットの身体は、フラリと前後に傾いで、ドサッと前のめりに倒れた。

 白い床には、大量の鮮血が四方八方に、ゆっくりと広がっていった。

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