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148話:ヴィヒトリ特製ドーピング薬

 血まみれで、仰向けに床に転がるガエルを見おろし、アルカネットは小さく鼻を鳴らした。正面に視線を向けると、床に這いつくばるように息の荒いカーティスやギャリーたちがいる。

 ベルトルドとメルヴィンたちのパーティが戦闘を開始した頃、アルカネットをとどめていたガエルたちは、あまりの猛攻撃に満身創痍だった。


「先程までの、小生意気な威勢はどうしたのでしょう? そんな無様では、私が楽しめないではないですか」


 背にはやした漆黒の片翼を軽く羽ばたかせ、アルカネットはニヤリとほくそ笑んだ。羽ばたきとともに、抜けたいくつかの黒い羽が宙を舞う。


(化物プラス、悪魔だありゃ……。いや、魔王とか魔神の類かもしれん)


 魔剣シラーに寄りかかりながら、ギャリーは肩で荒い息をつく。とにかく普通の人間とは規格外、という点では、当たらずも遠からずな表現ばかりが浮かんでくる。それには「やれやれ…」といった雰囲気の仲間たちの同意が、念話で静かに流れていた。

 アルカネットの中の仮面ペルソナが消え去ってから、アルカネットの繰り出す攻撃は、ますます苛烈を極めた。

 これまでの高位攻撃魔法の連続に加え、ルーファスが透視し指摘したように、超能力サイも使い始めたのだ。生憎超能力サイのほうは、ベルトルドに比べると威力は遥かに落ちるものの、空間転移で攻撃をことごとくかわされて厄介だった。

 転移によって意表を突いた場所から、強烈な魔法攻撃を叩きつけられるので、ルーファスの防御では手がまわらず、急遽カーティスも防御支援に回る。

 遠隔攻撃を得意とするザカリーの銃撃も、不意をつくペルラの攻撃も、空間転移でかわされ当てることができずにいた。


(どうも考えが足りなかったというか、当てが外れすぎたというか……。ベルトルド卿のほうへ、支援組みを回しすぎたようです)


 深々とため息をつきながら、カーティスは簾のような前髪の奥の目を細めた。せめてシビルでもこの場に残しておけば、防御と回復を任せられた。なまじベルトルドの強力な超能力サイによる攻撃を考えると、あれでも足りないくらい、と思っていたからだ。


(まっさか超能力サイまで使うなんて、誰も知らなかったんだからしょーがないよ~~)


 乱れた髪を手櫛で整えながら、ルーファスもひっそりと息をつく。

 本来〈才能〉スキルというものは、一つだけを授かり生まれてくる。二つの〈才能〉スキルを、まして、レア〈才能〉スキルと呼ばれる魔法と超能力サイを両方備えているなど、誰が想像できよう。過去を遡っても、そんな記録はどこにも残っていない。もしかしたら公にされていないだけかもしれなかったが、それでも魔法と超能力サイのダブル〈才能〉スキルなど発覚すれば、すぐさま世界中に広まるだろう。

 それなりに付き合いはあったが、よくも徹底して隠し通せたものだと、ルーファスは呆れてしまっていた。

 開幕戦で高位の攻撃魔法を連打し続けたハーマンは、魔力の消耗が激しく、疲労の局地にあるため下がらせている。ガエルも息が上がってきていたため、カーティスとギャリーのコンビが前に出た。すると、超能力サイを絡めたアルカネットの猛攻撃が始まって、あっという間にのされる有様だ。

 なんとか場をしのぐためにガエルが無理をしたが、疲労で注意力が削げていたルーファスの防御が半端となってしまい、ガエルはかなりの深手を負ってしまっていた。


(早くガエルの止血をしないと……)


 マーゴットが沈痛な声を念話にこぼすが、そんなことはカーティスも百も承知だ。

 アルカネットの近くにガエルは倒れている。今飛び出してガエルを回収しようとしても、避けることもできずにアルカネットからの攻撃を浴びる羽目になる。

 まだみんな息も整っていない。その状態で飛び出せば、ミイラ取りになるのだ。

 それがよく判っているのか、アルカネットはその場で不敵な笑みを浮かべ、カーティスたちを見ている。とくに攻撃姿勢をとるわけでもなく、襲って来いと言わんばかりだ。


(昔っから、あのドS野郎はインケンで度し難いと思っていたがよ、今の”アルカネット”は、更にパワーアップしてんな……)


 ギャリーは正規部隊にいた頃、捕虜を捉えると、引渡しのために尋問・拷問部隊の本部へ行くことがよくあった。

 捕虜がただの三下の場合は、部隊の隊員が担当に当たる。よほどの大物クラスになると、より慎重に情報を執る為に、上官クラスが出向く。しかしアルカネットは、よほど忙しくないとき以外は、ほとんど自らが担当に出向いていた。

 尋問は部下に任せているが、拷問は自ら執り行う。

 引渡しが終わったあとも書類上の手続き等で本部で待機していると、捕虜の悲痛な叫びが轟渡った。余りにもすごい声なので、わずかな興味で覗きに行って、心底後悔したものだ。

 尋問に当たっているアルカネットの部下たちは、すでに神経も感情も麻痺したのか、淡々とした表情で職務に精励していた。その横で、優美なまでの微笑みを浮かべた顔で、手の指の爪を剥がしたり、魔法で作り出した火や雷で、ジワジワと皮膚を焼いたりしているアルカネットは、吐き気をもよおすほど残酷だった。

 カーティスもザカリーも、あの残酷な光景には何度か出会っている。


(オレのときは、太ももの肉をナイフで削ぎ落としていたぞ…)


 ザカリーが青ざめた顔を、ガックリと俯かせる。


(私の時は、大きく切り裂かれた傷口に、指を突っ込んで、グリグリとイジリまわしていました)


 あの優美な微笑み顔で、とカーティスはゲンナリと肩をすくめた。


(今は精神的に堪える攻撃だよな…。やっぱ、ドSだぜ)


 思い出したくもない思い出が一気に蘇り、3人は渋面を作ってため息をついた。

 残酷なまでの光景を見たこともなかったマーゴット、ペルラは、ルーファスの念話で精神がつながっていることで、彼らの思い出が映像として流れ込んできて頭を振る。


(コラコラ、余計なこと思い出さないの!)


 2人の様子に気づいて、ルーファスが慌てて窘めた。


(ああ……悪りぃ)


 ギャリーは苦笑を浮かべて頭を掻いた。


(出し惜しみしてる場合じゃないかな、アレ使おう)


 ルーファスはジャケットのポケットをゴソゴソして、小さな包を取り出す。


(それ)


 包を見てハッとしたように、カーティスも上着のポケットから同じものを取り出した。

 白い包み紙を開くと、赤い小さな粒状の薬が3個入っていた。


(ヴィヒトリ特製速攻効く、疲労回復、体力回復、気力回復、精力増強、増血、痛み止め、精神安定、栄養その他諸々の効果満点ハイパーウルトラスペシャルドーピング薬。これをついに使う時が来たね!)


 カーティスとギャリーは、自分の掌に乗っかる赤い粒を、物凄く嫌そうに見つめた。


(これ使った後って、廃人になるって、言ってませんでしたっけ……)

(女見ても勃たなくなる、とも言ってたな)

(そこはっ! あとで作った本人に治してもらえばいいよ!!)


 勃たなくなるのは困るけど! とルーファスは首を横に振る。


(とにかく勝つしかないんだし、今のままじゃ、どのみち殺されるのがオチだよ)

(そうだね、どーせ向こうは反則のダブル〈才能〉スキルなんだから、こっちだってドーピングくらいアタリマエだよ!)


 ハーマンは手にしていた赤い粒を3個とも、勢いよく口に放り込み、ためらわず飲み込んだ。すると、数秒たらずで、ハーマンの目に生気が戻り、魔力の昂ぶりが感じられ始めた。


(そうですね、躊躇ってる場合じゃありません。でも、ザカリー、ペルラ、マーゴットの3人は使用しないでください)


 カーティスに言われて、3人は頷く。薬の世話になるほどの疲労は、まだ迎えていないからだ。

 ルーファス、ギャリー、カーティスは薬を飲み込むと、ゆっくりと立ち上がった。




(おや…)


 何やら口にしているようなと、彼らの様子を見ていたアルカネットは、半死状態のライオン傭兵団が、急に蘇ったのを感じて目を見開く。


(ドーピングでもしたのでしょうか。まあ、いいでしょう)


 アルカネットは近くに倒れるガエルを、思い切りカーティス目掛けて蹴り飛ばした。

 不意をつかれてカーティスは慌てたが、ギャリーがすぐさまガエルをキャッチする。


(ペルラ、ガエルにも薬飲ませろ)

(うん、判った)


 ギャリーからガエルを受け取り、ペルラは薬を3粒ガエルの口に含ませた。そして、すぐさまカーティスはガエルの止血をするために、回復魔法をかける。


「乱暴に扱ってくれるじゃねえか、え? オイ」

「何やらあなた方が回復してきたようなので、そこの野獣もついでに、回復してあげなさい。もっと闘いを愉しみましょう」


 嘲笑を含んだアルカネットの顔を睨みつけ、ギャリーはシラーを担ぎ直した。


「オレはな、御大もテメーも大嫌いだがよ、それでも多少は、御大のほうがマシだと思ってる。いい歳こいて、愛嬌だけはあったからな。あの胸糞悪い尊大さの中にも」

「直接本人に言っておあげなさい。喜ぶと思いますよ、本当に」

「気色悪いっ! てぇ、一蹴されるだけだな」

「同感です」


(ガエルが復活するまで、オレが相手する。ルー、ハーマン、行くぜ!)

(おっけー!)

(ぶっ殺ーす!!)


 ギャリーは魔剣シラーを担いだまま、前に走り出した。

 転移でかわされるのを覚悟で、アルカネット目掛けて大きく振りかぶる。

 黄金で作られている刀身は、室内の明るさに煌きを放ちながら、アルカネットに襲いかかった。

 ブンッという唸りを上げたシラーは、アルカネットの繰り出す漆黒の翼で動きを止められた。


「チッ、なんて硬さだオイ」


 柄を両手で握り締め、体重を乗せて押し込むが、翼はピクリとも動かない。


「無駄ですよ。私の強化魔法がかけられていますから」

「うっせ」


 空間転移で攻撃をかわされなかっただけマシだと思い、ギャリーは更に腕に力を込める。


「シラー、形状変化!」


 ギャリーの命令を受け、シラーの黄金の刀身が、強い金色の光を放ちだした。


「!?」

「へへっ、こいつも魔剣の一つだってこと、忘れてんじゃねえってえの!」


 刀身を包んでいた光は膨れ上がり、弾けるようにして爆発した。


「なにっ!」


 金色の光の粒子が辺りを煌めかせ、突如そこから7匹の黄金の蛇が躍り出ると、アルカネットを包囲するように広がり食らいつき始めた。

 黄金の蛇は、それぞれが別の意思を持っているかのように、バラバラに襲い始めた。

 アルカネットは翼で払いながら、防御魔法で全身を包み込むように展開しつつ、雷属性の魔力を放って蛇を打ち消そうとするが、魔力は全て弾かれていく。

 ギャリーはアルカネットから3歩離れた位置で、グッとシラーの柄を握り締めていた。

 縦横無尽に荒れ狂うシラーは、手を離すともっと一大事になる。

 敵味方の識別がつかなくなるのだ。


「全く、リヴヤーターン・モードまで使わされる羽目になるたぁな…」


 魔剣シラーの、奥の手だった。

 黄金の蛇たちは、漆黒の翼が一番の障壁だと認識したのか、7匹全てが翼に食らいつき始めた。

 その身から放たれる黄金の光で、翼に張られた強化魔法を打ち消しながら、黒い羽根をむしり取る。


「忌々しいっ…!」


 アルカネットは舌打ちすると、片手を頭上に振り上げた。


「イラアルータ・トニトルス!!」

「げっ」


 室内が真っ白に発光するほどの巨大な雷が、アルカネットの全身に降り注いだ。


「なんちゅーことをっ!」

「無茶苦茶だあ~~~」


 ルーファスとハーマンが、慌ててギャリーを守る強力な防御結界を張り巡らせた。

 イラアルータ・トニトルスが落ちた衝撃で吹っ飛ばされたギャリーは、二重の防御結界で無傷だったが、仰向けに倒れて、些か背中を強く打ち付けた。


「いってぇ……」


 シラーの黄金の刀身は、元の一つの刀に戻っていた。イラアルータ・トニトルスの衝撃で、元に戻されてしまったようだ。

 やがて発光と白煙がおさまってくると、肩で荒い息をつくアルカネットが立っていた。


「リヴヤーターン・モードですか…。私の知らない隠し芸が、まだ残っていたとは。巫山戯た真似をしてくれたものです」


 眉間にシワを寄せ、アルカネットはギャリーを睨みつけた。

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