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143話:ユリディスとの出会い・2

 明るい口調で「末路を見てね」などと言われても、とキュッリッキは口の端をヒクつかせた。でも、もしかしたら沈む自分のために、陽気に振舞ってくれているのだろうかとも思い、申し訳ない気持ちになる。

 今の自分は、本当に死んでしまいたいほど、苦しくて悲しい。ユリディスが話しかけてきて、ほんの少し気が紛れるが、それでも死にたい思いに変わりはない。

 そっと促されるまま、映像に目を向ける。

 足元に広がる過去の映像には、大理石造りの大きな広間の上座に座る、幼いユリディスと、その前に居並ぶ幼い男女が、ずらりと膝を折って頭をたれていた。


「巫女を守護するために組織された騎士たち。彼らをアピストリと言うの。魔法や超能力サイなど特殊な力を代々受け継ぎ、武技に秀でている騎士家から選ばれる。アピストリに任命された彼らは、以降巫女が代替わりするまでの千年の間、子々孫々がアピストリの役割を引き継ぐのよ」

「え? 魔法や超能力サイって遺伝するの?」


 〈才能〉スキルは遺伝しないものだと聞いているが、1万年前はそうではないのだろうか。


「もちろんよ。中には魔法と超能力サイを一緒に備えた人間も多くいるわ」

「そ…それはすごいんだね…。……うーん、1万年前と今って、違うんだあ…」


 キュッリッキは今と昔の違いに唸る。


「アピストリの任を拝命するために、あえてそうした能力を持つ者同士で婚姻を結んだり、養子に迎えたりして、特殊能力に磨きをかける家もあったのよ」


 苦笑気味に言って、ユリディスは懐かしそうに、足元の映像の彼らを見つめる。


「ヴェルナ様が亡くなられて、私が新たにアルケラの巫女となり、同じく新たに任命されたアピストリ達と、ああして初めて謁見しているところね」


 総勢12名の幼い男女。その中で一人の少女が、膝で床を歩きながら前に出た。

 少女は篭手を外した片方の手を胸にあて、恭しく頭を下げた。


「新たなる巫女ユリディス様を御守り致すため、アピストリを新たに拝命つかまつりました。わたくしの名はイーダ、アピストリの隊長であります」


 イーダと名乗った少女は、亡きヴェルナと同じように、明るくて燃えるような赤い髪をした凛々しい面差しをしていた。まだ幼さの残る外見に似つかわしくない言葉遣いには責任感が滲み、真摯な眼差しと態度が好ましい。

 これから命を預けることになるアピストリたちに、ユリディスは何か言葉をかけようと思い、目をそわそわと泳がせていると、イーダの斜め後ろに居る少年と目があった。

 金褐色の瞳をはめこんだ目は大きく、身体の線は細く、まだあどけなさを残した顔は少女のような風貌をしていた。

 少年はユリディスに、屈託のない笑顔を向けた。その瞬間、ユリディスは頬を朱に染めると、慌てて俯いてしまった。謁見中にそわそわと目を合わせてしまったことが、なんだか気恥ずかしい。

 その挙動に気づいたイーダは後ろを振り返り、少年をキツく睨んだ。


「ユリディス様の御前おんまえで無礼であろう!」


 そう勇ましく一喝し、ユリディスに再び頭を下げた。


「申し訳ございません! ヒューゴがご無礼をいたしました!」

「えー? ボクなんにも無礼なんかしてないってばー」


 きょとんっとした顔をして、ヒューゴは肩をすくめる。


「口答えするな!」

「はーい…」


 イーダは声を荒らげて、きっぱりとヒューゴを叱る。その様子がおかしかったのだろう、広間の隅に控える女官たちのしのび笑う声が、随所であがった。




「ふふ。イーダもヒューゴも、私にとって大切で大事な親友。あの二人が、最期まで親友でいてくれました」


 面白そうに、懐かしそうに、ユリディスはクスクスと笑い続けた。


「ヒューゴ……、あの幽霊のひと」


 遺跡で出会った幽霊の名前。そういえば、なんとなくそんな面影があった。

 過去の映像の中では、イーダに叱られるヒューゴの様子に、ユリディスはおっかなびっくりした顔を向けていた。

 しっかり者の雰囲気をまとうイーダは、どことなくファニーを彷彿とさせ、キュッリッキも自然と口元に笑みを浮かべた。

 世間から見れば、マトモな育ち方をしてこなかったキュッリッキは、普通なら知ってて当たり前のことが判らなかったり、間違った認識をしていることが多々ある。そこに気づくと、ファニーは叱りながらも、きちんと正しく教えてくれた。ハドリーも一緒にいると、助け舟を出してくれたり、やんわりと間に入ってくれる。

 キュッリッキが得た初めての友達。2人は親友、と言っても過言ではない。今のキュッリッキには思えていた。

 謁見が済んで、ユリディス、イーダ、ヒューゴの3人だけになっても、イーダは事あるごとにヒューゴを叱っている。ヒューゴの持つすっとぼけた雰囲気が、イーダの神経を逆撫でしているのかも、とユリディスが笑い含みに言った。


「……なんか、アタシとファニーを客観的に見ているキブンになってくる」


 映像の中のイーダは、もはやファニーにしか見えない。キュッリッキはうっすらと困った笑みを浮かべた。


「ファニーさんて方も、イーダによく似て、ガミガミ言うタイプなのね?」


 笑うユリディスに、キュッリッキは疲れたように頷いた。


「いっつも叱られてた……」

「じゃあ、ファニーさんにとって、あなたはとても大切だったのね」

「大切?」

「ええ。大切に思うから、うるさいほど世話をやいてくれたんだわ。そうでなければ、きっと何も言ってくれなかったと思うの」


 気になるから、行動にも言動にも、つい口が出てしまう。大切だから、知らないことは正しく教えたいと思うし、間違いは正したいと思う。

 出会ったばかりの頃、コテンパンと言っていいほどファニーに叱られたことがあった。そのときは、ファニーのことを大っ嫌い! と拗ねて大むくれしてアパートを飛び出してしまった。しかし、追いかけてきたハドリーに窘められ、友達だからうるさく言ってしまうのだと言われた。

 あの時のキュッリッキは、ハドリーに言われるまま頷いていたが、今ではハドリーに言われたことは、きちんと受け止め理解出来ていた。

 途端、キュッリッキはファニーとハドリーに会いたくなって、たまらなくなった。

 あの2人になら、なんでも話せる。

 自分がアルケラの巫女で、ベルトルドにされた酷いことを、死にたいほど苦しい思いを、全部話せる。そして、ファニーとハドリーに慰めて欲しかった。

 2人はきっと、話を聞いて励ましてくれるだろう。でも、もしかしたらファニーは叱ってくるかもしれない。慰めにかかるのはハドリーのほうかもしれなかった。

 メルヴィンに合わせる顔はない。汚れ切った自分を、愛するメルヴィンの前に出すなど考えられない。それにライオンのみんなにも、羞恥できっと顔も合わせられない。家族(なかま)になったはずなのに、合わせる顔がない。

 今の状態のキュッリッキを理解し、しっかり受け止めてくれるのは、ファニーとハドリーだけだと思った。

 2人に無性に会いたくなり、キュッリッキは目に涙を浮かべた。


「ああ…泣かないで、キュッリッキ」


 ユリディスの小さな手が、白い頬を伝う涙を、労わるようにそっと拭ってくれる。


「さあ、場面は10年進むわよ」


 そうユリディスが言うと、足元の映像には大人になったヒューゴ、そして、幼いままのユリディスが映っていた。

 キュッリッキは手で目を擦り、映像に目を向け、何度か瞬いた。


「ユリディス、ちょっとだけ大きくなったけど、子供のまま?」


 横に居る姿のままである。


「巫女は初潮を迎える歳になると、外見の成長が止まってしまうの。老化しなくなるのね。私は12歳のころに、初潮がくることになっていたみたい」

「生理きて、ないんだ?」

「ええ。身体はずっと、子供のままなのよ」


 キュッリッキは思わず、自分のおっぱいを両手で鷲掴んだ。


 初潮は13歳の時にきた。


(おっぱいがあんまりおっきくないのは、もしかしたら巫女だから!?)


 とは言っても、毎月生理はきているし、13歳の時より身体は大きくなっている。


 ――はずだ。


(成長はしてるんだよね……だったら、おっぱいがち……ちっさいのは、種族のせいなんだから!)


 思わずグッと拳を握って、誰かに言うような表情で天を仰ぐ。


「どうしたの? キュッリッキ」


 突然挙動がおかしくなったキュッリッキを、ユリディスが不思議そうに覗き込んだ。


「な…なんでもないよっ!」


 あたふたしながら、キュッリッキは誤魔化し笑いを浮かべて、手をぶんぶん振った。


「で、ユリディスとヒューゴは、何をしているの?」


 話題をそらせようとすると、ユリディスは急に不機嫌そうに片方の頬を膨らませ、唇を尖らせた。


「…ヒューゴに告白して、フラれたところよ」

「…え?」




 そこは神殿の中庭だろうか。多くの植木と、小さいが美しい池が設置されている。

 緻密な彫刻の施された大理石のベンチにユリディスは座り、傍らにヒューゴは立って、ユリディスを見おろしていた。

 ユリディスは小さな手を膝の上で何度も組み合わせては、落ち着きなくドレスを掴んだりしている。その様子を、ヒューゴはただじっと見つめていた。


「あ、あの…」

「うん?」


 か細い声を出したユリディスに、ヒューゴが穏やかに返事をする。


「その…」

「うん」

「ヒューゴはその……私のこと、好きですか?」


 顔を真っ赤にして、ユリディスは振り絞るように言う。


「うん。ユリディスのこと、大好きだよ」


 屈託のない表情かおで、ヒューゴはにっこりと頷いた。

 花が咲いたように、パアーッと明るい笑みが広がりかかったユリディスに、しかしヒューゴは片手を上げた。


「でもね、ボクがユリディスを大好きだと思う気持ちは、親友としてだよ」


 瞬間、ユリディスの表情が、固く凍りついた。


「ボクは、イーダを愛してる。ずっと、小さい時からイーダだけを見ている」


 ヒューゴの表情は、ずっと穏やかな笑みを浮かべたままだ。


「だから、ユリディスの恋心を、ボクは受け入れられないんだ。ごめんね」


 暫くユリディスは、途方にくれたような顔で、ヒューゴをずっと凝視していた。そしてヒューゴもまた、穏やかな表情のまま、ユリディスを見つめていた。

 12歳の時に外見の時間ときが止まったユリディスは17歳、ヒューゴは出会った時から10年経ち、3歳年上の20歳。

 少女のような面影はなくなり、ほどよく引き締まった体躯と、優しい風貌はそのままに、端整で大人の顔をするヒューゴ。

 長い時間そうしていた2人は、やがてユリディスがため息をついて終わった。


「そんなに昔から想い合っていたのなら、私の入る隙間はないわね」

「え、それって、イーダもボクのこと好きなの?」


 想い合っていた、の部分に気づいて、ヒューゴは驚いたように目を見張った。


「ええ、イーダの口から直接聞いたもの」

「や……やったあ! てっきり恋愛対象外って思われてたと思ってたのに、そうなんだ…そうか…ははっ」


 ちょっと混乱気味に言うヒューゴに、ユリディスは悲しげに微笑んでいた。




「フった直後で、ユリディスの前で嬉しそうに言うな」


 憮然とキュッリッキは呟いた。


「やっぱりそう思うでしょ! あの時も今も、私もそう思うもの!」


 両手を握り拳にして、ユリディスも憤然と言った。


「乙女心判ってないよね。二重に谷底へ蹴落とすようなものじゃん」

「傷口にナイフを突き立てて、さらに抉るような行為よ」


 キュッリッキもユリディスも、眉をヒクつかせながら、映像に映るヒューゴを睨みつけていた。


「いや……アレはその、今見ると配慮がなかったなーって思うけど、やっぱしその……ごめん」


 突然情けなさの滲む男の声が割って入り、キュッリッキは飛び上がるように身体を跳ねさせて振り向いた。


「ユーレイ!!」


 ビシッと指をつきつけ、キュッリッキは叫んだ。


「やあ、また遭ったね、ユリディスと同じ力を持つ少女」


 エルアーラ遺跡で出会ったヒューゴが、笑顔でそこに立っていた。


「まあヒューゴ、やっと姿を現してくれたのね」

「うん。なんか、散々な言われようで、弁解したくなって…」


 別段驚いてもいないユリディスに、ヒューゴは困ったようにウインクしてみせる。

 キュッリッキは目を見開いて、口をぱくぱくと動かした。


「どうしてアンタがこんなところにいるのよ? って、ああ、キミに渡したボクの力の欠片に、ボクの思念を少し残していたんだ」

「……あの、なんにもしてくれなかった役立たずの意味不明の青い玉7個ね」

「うっ…」


 キュッリッキの恨めしそうな目を受けて、ヒューゴは喉をつまらせた。実際何もしてないのだから、そう言われてもしょうがない。

 ヒューゴは明後日の方向へ視線を泳がせながら、ガシガシと頭を掻くと、小さくため息をついた。


「実は、キミを守るためにボクの力をあげたわけじゃないんだ。いつかこうしてレディトゥス・システムにキミが閉じ込められるだろうことを予測して、ユリディスを呼び覚ますために持たせていたんだ」


 キュッリッキは訝しげに眉をひそめる。


「ユリディスと同じ力を持つアルケラの巫女がフリングホルニに現れたということは、遠からずレディトゥス・システムに閉じ込められるということだ。――ボクはてっきり、ヤルヴィレフト王家の関係者によってそうされると思っていたけど、全く別の人間たちが動いているようだね」

「アタシが閉じ込められる前に、なんとか出来なかったの?」


 どこか責めるような口調に、ヒューゴは苦笑を浮かべて首を横に振った。


「ごめんね。抵抗してみたんだけど、ベルトルドという男の力が強大すぎて防げなかったんだ。フリングホルニに残しておいたボクの思念体と力は、ベルトルドの力に粉砕されてしまった」

「そうですね。あの男の力は強大すぎます。このシステムに張り巡らせていた結界も、難なく破壊されてしまいました…」


 頷きながら、ユリディスも残念そうにため息をついた。

 2人の様子を見て、キュッリッキは俯いた。

 以前ウエケラ大陸で見たベルトルドの、出鱈目とも言える強大な力を思い出す。

 キュッリッキへの下心丸出しで、それで更にパワーアップしていたなどとは思いもよらないので、あの力のふるいかたを見れば、対抗するのは難しいだろうと思えた。


「もう、思わぬお邪魔虫が乱入して脱線しちゃったけど、続きを見ましょうね」


 両掌をパチンと打ち合わせ、ユリディスが明るい声を上げる。


「え~、お邪魔虫って酷いなあ」

「最後に出てくれば良かったのよ。ヒューゴも黙って、一緒に見ててちょうだいね」

「ぶー」


 ユリディスは目を丸くするキュッリッキの手を、ぎゅっと握った。


「私はキュッリッキに伝えなくてはならないの。1万年前の出来事と、そして、アルケラの巫女のことを」

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