目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
46話:検査入院からのサプライズ

「なーにぃ~~~~~~~~~~っ!」

「早速入院準備をして、病院へ連れて行きます」

「阿呆かお前! この俺が自宅療養してる間は、入院なんぞ言語道断だ!」


 食堂で突如始まった口論に、キュッリッキもライオン傭兵団も、手を止め呆気に取られて見ていた。

 ベルトルドによって合宿を強制されたライオン傭兵団が、やしきに来てその日の夜。

 食堂に一同が集まり「いただきまーっす」と食事が開始された時にアルカネットが帰宅した。そして食堂にやってくるやいなや、キュッリッキを検査入院に連れて行くと言って、ベルトルドと口論が開始されたのだ。


「身体も動かせるようになった今こそ、しっかり検査をして、怪我の状態を隅々まで調べ根治させなければなりません。あなたが自宅療養していようが、仕事に出ていようが、全く関係ないのですよ」


 冷気を漂わせながら、アルカネットは素っ気なく正論を放った。ベルトルドと2人きりにさせないため、アルカネットの行動は素早い。


「怪我も快方に向かい随分元気になってきましたが、あれほどの大怪我だったのですよ。後遺症も心配されます。すぐにでもしっかり診てもらい、リッキーさんにはもっともっと元気になってもらわなくては」

「そんなことは承知している!」


 思いっきり正論まっとうを叩きつけられ、ベルトルドはギリギリと歯ぎしりする。言い返す言葉が見つからない。


「ヴィヒトリ先生が検査入院を申し出たということは、早めに検査をしたいということでしょう。食事が済み次第、病院へ連れて行きます。帰りがけに入院手続きは済ませてきましたから」


 そしてアルカネットはキュッリッキの傍らに膝をつき、目をぱちくりさせているキュッリッキを優しく見上げた。


「しっかり診てもらいにいきましょうね」

「はい」


 せっかくライオン傭兵団のみんなと一緒に居られると思うと残念だが、そのことでダダをこねるのは違う気もしたので、キュッリッキは素直に返事をした。早く怪我を治したいと、自分でも思うから。

 ベルトルドひとりがいつまでもブーたれていたが、


「よし、俺も付き添いに行く!」

「何を言ってるんです、あなたは自宅療養の身なのですよ…」

「ふんっ! 老人じゃあるまいし、もう動き回っても何の問題もないわ」


 留守番していろと言っても意地でも着いてきそうなので、不承不承アルカネットは承知した。




 夕食が済む頃にはキュッリッキの入院準備も終わっていて、着替えて玄関ロビーに行くと、メイドのアリサが荷物を持って待っていた。


「わたくしもお嬢様と一緒に、病院へ泊まり込みますね」

「わーい。アリサも一緒なら寂しくないかも」

「それはようございました」

「お嬢様のお世話、しっかり頼みましたよ」

「はい、リトヴァさん」


 見送りのために来ていたリトヴァに念押しされ、アリサは笑顔で頷いた。

 私服のベルトルドと軍服のままのアルカネットが姿を現し、ロビーのソファに座っていたキュッリッキは立ち上がった。


「移動はどうする? ゴンドラも地下も面倒だから、空飛んで行かないか?」

「そうですね。そのほうが早く着きますし」

「んじゃ、リッキーは俺が…」

「さあ行きましょうね、リッキーさん」


 すかさずアルカネットがキュッリッキを腕に抱き、先を越されたベルトルドは泣きべそを浮かべた。


「……」

「あなたはアリサをお願いしますね」

「す、すいません、旦那様…」


 ぷるぷる拳を震わせるベルトルドに、アリサは恐縮したように頭を下げた。



* * *



 ベッドの上に半身を起こし、キュッリッキはじっと前方を見つめていた。

 そこにはただ壁があり、誰が描いたものかも判らない風景画が飾ってあるだけだ。

 室内は灯りもなく、窓から差し込むわずかな月明かりが、うっすらと室内の様子を浮かび上がらせていた。

 キュッリッキの瞳は、ここにはあらざるものを視ている。目の前の壁や絵画を見ているわけじゃない。そして意識も室内ここにはなかった。

 暗い中でも鮮明に浮かび上がり、黄緑色の瞳にまといついた虹色の光彩が異様に強く輝いている。その特異な瞳こそ、彼女の持つ〈才能〉スキルが、特殊〈才能〉スキルと呼ばれる『召喚』である証だ。

 キュッリッキの意識は、今アルケラに在る。

 久しぶりに訪れる、彼女にとってもっとも親しんだ馴染み深い場所せかい

 アルケラとは神々が住まう、別次元に存在するという伝説の世界。この世で召喚〈才能〉スキルを持つ者だけが、覗き視ることができると言われている。

 意識は現在のキュッリッキの姿を創り出し、金色の光の川の上に、足を伸ばして座り込んでいた。

 周りは柔らかな虹色の霧に包まれ、ビー玉くらいの無数の光の玉が、楽しそうにキュッリッキの周りで踊り飛び交っていた。

 両手を前に差し出すと、光の玉は次々に掌に集まって、そしてまた思い思いに飛び去っていく。

 そんなことを何度も何度も繰り返し、キュッリッキは楽しそうにそれを見て笑っていた。

 傍らには仔犬の姿を解いたフェンリルが、そっと寝そべっている。フェンリルもまた、意識だけをアルケラに飛ばしていた。

 何も言わず、ただキュッリッキのすることをじっと見守っている。

 ライオン傭兵団に入ってから、アルケラに訪れる回数が極端に減っていた。とくにナルバ山で大怪我を負ってからは、全くアルケラを覗こうともしていなかった。

 何故そうなのかを、キュッリッキは吐露する。


「アタシね、今、たぶん幸せなんだと思う」


 周囲で戯れる光の玉に向けて、キュッリッキはぽつりと呟いた。


「アタシのことをね、とっても大事にしてくれる人たちが出来たんだよ。ひとりじゃないの、いっぱい、いるんだよ」


 心から幸せそうで、穏やかな笑みが満面を覆っていく。


「こんな気持ち、初めてなの。くすぐったくて、ぽかぽかするような感じ。素敵な気持ちをみんなくれるんだよ。いっぱい、いっぱいくれるの」


 ハドリーやファニー、ハーツイーズのおばちゃんずたちがくれたように、それ以上に与えてくれる、温かで優しい気持ち。キュッリッキのためにだけ与えてくれた。

 ずっと、ずっと欲しかったもの。きっと、これが愛なのだ。

 光の玉たちはそれを感じ、まるでヤキモチを妬いているかのように忙しなくキュッリッキの周りを飛び交った。周りを包み込む虹色の霧も、イライラするようにもそもそと揺れている。


「人からの愛なんてね、アタシには縁のないものだと思ってたの。人間なんて冷たい存在でしかなかったから。だって、愛してくれるのは、いつもキミたちだけだったから」


 生まれてすぐ自分を捨てた両親、救いの手を差し伸べてくれなかった同族、預けられた修道院での冷たい仕打ち。守ってくれる大人のいない子供時代、生きるために傭兵になって、血なまぐさい世界に身を投じた。

 愛とは無縁の中で心を癒してくれたのは、アルケラの住人たちだけだった。

 辛いことがあれば、アルケラに意識を飛ばすと慰めてもらえた。そして傍らには常にフェンリルがいた。


「じゃあみんな、またくるから。ティワズ様にもよろしくね」


 必死に引きとめようと周りを飛び交う光の玉たちに微笑むと、キュッリッキの姿はうっすらと空気に溶け、やがてその場から消えた。同時にフェンリルの姿も消えている。

 病室のベッドの上で微動だにしないキュッリッキの身体が、ピクリと動く。

 またたきもしなかった目を軽く閉じ、小さく深呼吸をする。そしてサイドテーブルの上の置時計を見ると、針は午前1時をさしていた。アルケラへ意識を飛ばしている間に、アリサは様子を見に来ていないようだった。


「朝食が7時だから、もう寝なきゃね。おやすみ、フェンリル」


 枕に寝転がるフェンリルに微笑むと、キュッリッキはゆっくりと身体を寝かせ、眠りに就いた。

 フェンリルはキュッリッキの顔のそばに寄り添い、身体を丸めて目を閉じた。



* * *



 40歳を越えているベルトルドは、年齢よりもずっと若々しく、怜悧でハンサムな顔立ちをしている。やや剣呑とした目つきと傲岸不遜な笑みを浮かべた口元が、時折恐怖や萎縮を周りに振りまくこともあった。『泣く子も黙らせる』という通り名の所以だ。

 しかし目元にはヤンチャな雰囲気があり、そこが女性たちから絶大な人気を博している。母性にグッとくるものがあるらしい。そして白い軍服を身にまとうところから、社交界の貴婦人たちからは『白銀の薔薇の君』などと呼ばれている。白い軍服はベルトルドだけが着用を許されている色だ。

 今の出で立ちは、真っ白な半袖のシャツにクリーム色がかったスラックスを履いており、パッと見どこにでもいるような、ごく普通の青年にしか見えない。

 そのベルトルドのやや後ろに控えるように歩いているアルカネットは、この暑苦しい夏の中でも、魔法部隊ビリエルの黒い軍服とマントに身を包んでいる。穏やかさを極めたような端正な顔立ちは、少しも暑さを感じさせない、涼しげな余裕を浮かべていた。

 2人の大物が病院のエントランスに姿を現すと、ホールにいる人々の視線が一気に集中した。それで気づいた肥え太った初老の小さな男は、小走りに2人に駆け寄った。


「これはこれは副宰相閣下、アルカネット様」

「出迎えご苦労院長。キュッリッキの退院の準備は出来ているな?」


 自分の腰のあたりまでしか身長のない院長を見おろし、ベルトルドは尊大に腕を組んだ。


「はい、病室の方でお待ちになっております」


 拭いても拭いてもにじみ出てくる汗をハンカチで拭いながら、院長は片手で入院患者の病棟へ行く通路を示した。

 別にベルトルドは怒ってもいないし威嚇もしていないが、身体から吹き出すオーラのようなものを感じて、院長は畏れていた。


「結構。では連れて帰る。世話になったな」


 院長の返事も待たずにベルトルドは歩き始め、アルカネットも目礼だけして後に続く。その2人の後を、院長は短い足で必死に追いかけた。




 病室では、キュッリッキ、アリサ、ヴィヒトリが迎えを待っていた。

 キュッリッキは淡い若草色のノースリーブのワンピースに身を包み、膝にフェンリルを乗せてソファに座っていた。


「そろそろ迎えが到着する頃だね。あんまり早く着すぎるなって言っておいたから」


 ヴィヒトリは白衣の胸ポケットに入れていた懐中時計を出して時間を確かめる。10時を少しばかり回っていた。


「いつも、来るの凄い早かったもんね…」


 入院していた最中、見舞いに来るベルトルドの来院時間は朝7時。当然そんな早い時間に見舞いなどは禁止されているが、特権を振りかざして強行していた。「普段からこうしてすぐ起きればいいのに」とアリサとため息をついたものだ。

 断れば後が怖い病院側は、無茶な我が儘にも泣く泣く目を瞑った。

 毎朝喜び勇んで病室に来ると、低血圧のベルトルドは朝食を摂るキュッリッキのベッドに潜り込んですぐ寝てしまう。

 検査や怪我の処置のために病室を空けていると、ベルトルドは不満そうにベッドに横になってキュッリッキを待ち、消灯時間ギリギリまで居座った挙句、アルカネットにしょっ引かれて帰っていった。

 その時の様子を走馬灯のように思い出し、キュッリッキは口の端を引きつらせた。

 3人が疲れたような溜め息を揃って吐き出していると、ノックもなしに威勢良く病室の扉が開かれた。


「迎えに来たぞリッキー!」

「ノックぐらいしてください全く」


 元気いっぱいのベルトルドの背後から、呆れた声を出すアルカネットが続く。

 ベルトルドはキュッリッキの座るソファまでスタスタ歩み寄り、素早くキュッリッキを抱き上げた。


「さあ、帰ろう!」


 満面の笑みで言われて、キュッリッキは面食らって無言で頷いた。


「乱暴に扱わないでください、驚いているじゃないですか」


 先を越されてムッとしているアルカネットは、不意をつかれてキュッリッキの膝から落ちかかってワンピースにしがみついてるフェンリルを抱き上げる。そしてキュッリッキの腕の中へ戻してやった。

 それをチラッと見て、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。


「なんだ、犬のほうか」

「違いますよ」


 ああ言えば、こう言う。なノリの2人の顔を交互に見ながら、キュッリッキは苦笑して肩をすくめた。


(待っていると迎えに来てくれる人達がいる。「帰ろう」って言ってくれる人がいて、帰る場所がある。待ってることがなんだか嬉しい。なんて幸せに感じるんだろう。今までずっとアタシにはなかったもの…。

 家族がいて、迎える人がいて、帰る場所がある。ささやかな幸せを当たり前のように持っている人々を、アタシはずっと妬んでいた。本当ならアタシにもそんな世界があったのかもしれない。でも片翼が奇形だったから、両親に拒まれ捨てられた。アイオン族という同族からも嫌われて、拒まれ否定されてきた。

 ずっと居場所がなかった。アイデンティティを守るために心を閉ざして、どこにも居場所を作ろうともしなかった。でも今は違うの。アタシにもささやかな幸せが、こうして出来たから。アタシはこの幸せを、じっくり噛みしめても良いんだよね?)


 ベルトルドの首に両腕を絡ませ、キュッリッキは甘えるように抱きしめた。


「早く帰ろ」


 突然のことに僅かに目を見張ったが、キュッリッキの心が流れ込んできて、ベルトルドはこれ以上にないほどの優しい笑みを浮かべた。


「ああ、帰ろう」



* * *



「なあ、ビールのおかわりあるかー?」


 ソファにだらしなく座りながら、ザカリーはビール瓶を振った。


「今から酔ってると、アルカネットさんに叱られますよ」


 ザカリーの向かい側に座っているカーティスは、長すぎる前髪をかきあげながら軽く嗜める。


「ビールじゃ酔わねえよ。水のかわりだ、水がわり。――あ~あ、キューリのやつまだ帰ってこねーのかなあ…」


 ザカリーのぼやきに、カーティスは暖炉の上の置時計に目を向けた。


「そろそろじゃないですかね。昼前には連れて帰ってくると、ベルトルド卿がおっしゃっていたから」

「おい、キューリたち帰ってきたぞ」


 開けっ放しの扉の向こうからギャリーの声が聞こえる。部屋にいる仲間たちに報せて回っているようだった。


「お」


 ザカリーは嬉しそうに立ち上がると、スキップでも踏みそうな軽快な足取りでサロンを飛び出していった。

 その様子を苦笑いしながら見ていたカーティスも、立ち上がってサロンを後にした。




「おかえりなさいませ、お嬢様」


 玄関ロビーに居並ぶ使用人たちを代表して、ハウスキーパーのリトヴァが喜色を浮かべて挨拶を述べた。


「ただいま」


 ベルトルドの腕にしがみつくようにしていたキュッリッキは、はにかむようにして挨拶を返していた。


「準備は終わったか?」


 すこぶる機嫌の良いあるじの言葉に、リトヴァは笑顔で頷いた。


「はい。滞りなく整っております」

「そうか」


 満足そうに笑みを深めるベルトルドの顔を見上げ、キュッリッキは不思議そうに小さく首を傾げた。ベルトルドはそれに微笑む。


「おいで、リッキー」


 ベルトルドに手を引かれやしきの奥へ進んでいく。やや不安げにアルカネットの顔を見上げると、無言で優しい笑みが向けられた。

 大きく広いやしきなので、全部を把握しているわけではなかったが、キュッリッキは初めて来る場所だった。

 長い廊下の突き当たりに、一際大きな扉があった。その前に3人が立つと、扉はゆっくりと内側に開かれていく。

 開かれた扉の中を見たキュッリッキは、圧倒されたように目を大きくして息を飲んだ。


「おかえりなさい、キューリさん」


 ずらっと居並ぶライオン傭兵団の皆の前に立ち、カーティスがにこやかに言った。


「そして、お誕生日おめでとうございます、リッキーさん」


 笑顔のメルヴィンに言われて、キュッリッキは「え?」と小さく呟いた。


「今日は7月7日、リッキーの誕生日だろう?」


 ベルトルドにもにこやかに言われて、キュッリッキは困ったようにアルカネットを見る。

 キュッリッキの困惑したような視線を受けて、アルカネットはクスッと笑いかけた。


「リッキーさんのお誕生日を、みんなでお祝いしようと準備をしていたんですよ。退院祝いも兼ねて。ほら、プレゼントもたくさんありますからね」


 背中をそっと押され、キュッリッキは部屋に入っていった。

 病院でリハビリをして、ゆっくりとだが歩けるまでに回復していた。

 とても広いこの部屋はパーティールームだ。室内装飾もやや華美なものが多く、あちこちに花が活けられ、窓は全て開け放たれてとても明るい光で満ちていた。

 真っ白なクロスのかけられた大きな長方形のテーブルの上には、美味しい匂いを放つご馳走がひしめく様に並んでいる。そして中央には酒樽くらいあるケーキが、ドンッと構えていた。

 そのそばに置かれた別のテーブルの上には、綺麗なラッピングが施されたプレゼントの箱で山が築かれている。開けるのに時間がかかりそうな量だ。


(アタシのお誕生日…、お祝い…)


 この部屋の中にあるものが、煌く宝石のようにキラキラして見えた。眩しいほど輝いているのだ。

 ずっと、夢見ていたもの。無論ご馳走や、プレゼントの山ではない。


(アタシが生まれてきたことを、祝ってくれる仲間たちが居る。これまで生まれたことを後悔したことはあっても、喜んだことは一度もなかった。誰からも祝福されたことがなかったから…。誕生日が巡ってきても、それは年を重ねただけのことで、こんな風に胸躍るものじゃなかった。アタシは孤独なんだって確認するだけの事象。

 初めて…こんな…誕生日が嬉しいものだなんて。生まれてきてことが良かったことって思えるなんて)


 ふいにキュッリッキの目から大粒の涙が溢れ出し、床にいくつも小さく弾けた。後から後から熱を帯びた涙は溢れ出していく。

 突然泣き出したキュッリッキに、ライオン傭兵団の皆はギョッとしてどよめいた。


「お、おい、そこまで泣かなくっても?」


 俯くキュッリッキの顔を覗き込むように、ザカリーは困ったように頭をかいた。

 おろおろと取り囲む仲間たちの中に立ち、キュッリッキは両手で涙を拭いながら泣き続けた。

 その小さな後ろ姿を見つめ、ベルトルドとアルカネットはキュッリッキの心の声を理解していた。

 言葉には言い表せないほどの喜びと、叫びだしたいほどの幸せに満たされていることを。

 超能力サイなど使わずとも、判ることだった。


「さすがに泣き止ませないと、泣き疲れて寝てしまいそうだな。主役が抜けたらパーティーにならん」


 苦笑混じりにベルトルドが言うと、アルカネットも「そうですね」と笑みを滲ませた。


「ほらリッキー、ケーキのローソクの火を消す儀式があるぞ。あれはリッキーしかできない儀式だ。泣いてばかりいると、ローソクのほうが溶けてしまう」


 優しく頭を撫でられ、涙に濡れた顔をベルトルドに向け、そしてケーキに視線を向けた。

 四角い3段積みのケーキには、バラの花をかたどったクリームに、火の点ったローソクが立っていた。

 ケーキのそばまで歩み寄り、両手で目をゴシゴシと擦る。

 ローソクは19本あった。キュッリッキは今日で、19歳になったのだ。

 生まれて初めて体験する儀式。

 キュッリッキは大きく空気を吸い込み、願いと感謝を込めて、満遍なくローソクの火を吹き消した。


「おめでとう!!」


 無数に鳴るクラッカーの音と共に、仲間たちの祝いの声が室内に大きく轟いた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?