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43話:親友たちのお見舞い

 ケレヴィルの本部とベルトルドの見舞いに寄っていたアルカネットは、予定より時間がかかり帰宅が遅くなってしまった。


「リッキーさんははもう寝てしまっているでしょうね…。せっかくベルトルドおじゃまむしがいなくて2人きりの時間を過ごせるというのに…」


 食事や入浴を済ませてキュッリッキの部屋に入ると、あまりにも元気な声に出迎えられて驚いた。


「おかえりなさい! アルカネットさん」

「……ただいま、リッキーさん」


 はち切れんばかりの笑みをたたえて、キュッリッキはベッドの上に座り込んでいる。

 アルカネットがベッドに腰掛けると、待ち構えていたように自分からアルカネットの胸に飛び込んできた。

 まだ右半身がうまく動かないため少々バランスを崩してはいたが、あまりにも元気な様子にアルカネットは戸惑った。元気なのは良いことだが、朝と夜の違いには驚きを隠せない。


「あのね、あのね、今日ライオンのみんなが来てくれたんだよ!」


 嬉しくて嬉しくてしょうがない、という気持ちが全身から溢れていて、一生懸命今日の出来事を語りだした。

 ライオン傭兵団が見舞いに訪れた旨、そんな報告があったなとアルカネットは思い出す。

 昨日までのキュッリッキは、可哀想なくらい精彩を欠いていた。しかし今は豹変したとしか思えないほどの元気ぶりである。細いこの身体から元気のオーラが漲っているようだ。

 アルカネットが合いの手を入れる隙もないほど熱心に話していたキュッリッキだったが、ついに電池が切れたようにくたりとアルカネットの胸にもたれかかってしまった。

 それでも興奮冷めやらぬ様子だが、体力の方が気持ちについていけないようだ。無理もない。


「よほど楽しかったのですね。でもそんなに興奮すると身体に障りますから。もう寝ましょうね」

「うん。ホントに今日は楽しかったの」

「良かったですね」


 アルカネットは優しく笑いかけながら、キュッリッキを抱きかかえて寝かせなおす。


「あ、忘れるところでした」

「?」

「お友達2人をこちらにお招きする件、ハーメンリンナへの通行手続きが済みましたので、明日にでもお呼びできるようになりましたよ」


 キュッリッキの顔に、再び喜びが満ち溢れ広がっていく。


「ありがとうアルカネットさん。大好き!」


 キュッリッキは飛びつこうとしたが、さすがに身体はその欲求に応えられるほど回復していなかった。

 嬉しさでいっぱいのキュッリッキに優しく微笑みかけながら、アルカネットは内心後悔していた。


(教えるのはせめて明日にするべきでしたね…)


 睡眠薬のお茶を飲ませようとすると拒否され、キュッリッキは目を輝かせながら明日のことに思いを馳せている。

 気持ちが高揚しているのか、にこにこと笑みが絶えない。これでは当分眠りそうもなく、アルカネットの方が先に寝入ってしまいそうだった。




 翌朝になってもキュッリッキのテンションはおさまっていなかった。きちんと寝ていたのかアルカネットは不安になるほど、寝る前と変わらぬ元気な様子だ。

 アルカネットは一旦自室に戻り、身支度を整え、朝食を済ませてからキュッリッキの部屋に再び戻った。


「ルーファスに言っておいたので、お友達を迎えにいってもらいますね」

「ありがとう」


 光の粒子が零れるような笑顔だと、眩しげに目を細めアルカネットは思った。

 大怪我を負って以来沈みがちな表情ばかりだったので、出会った頃のはつらつとした愛らしさを思い出し、自然と口元がほころんだ。

 愛している少女がどんな様子でも、思いはけっして変わらない。それでも、こうして明るく元気でいることは心の底から嬉しかった。

 アルカネットはベッドに腰を下ろし、キュッリッキをそっと抱き寄せる。


「焦らなくていいのですよ。無理をせず、ゆっくりと身体を癒してください」


 抱きしめられながら、キュッリッキは小さく頷いた。

 出仕する時刻が迫り、名残惜しそうにキュッリッキを解放すると、立ち上がろうとして軍服の袖を引っ張られた。


「どうしましたか?」

「いってらっしゃい、アルカネットさん」


 頬にそっと触れた柔らかな唇の感触に、アルカネットは目を瞬かせた。


「いつもされてばかりだから、今日はアタシのほうからしてみたの」


 悪戯っぽく笑うキュッリッキを見て、アルカネットは相当の理性を総動員して、押し倒したい衝動を必死に堪えた。愛おしさが瞬時に身体を包み込み、我を忘れてしまいそうだった。

 キュッリッキからしてみれば、ただの挨拶程度のキスだった。しかしアルカネットのほうは、最愛の少女からのキスである。

 朝から実に衝撃的で、幸せなサプライズだった。

 アルカネットはこれ以上ないほど優しく微笑むと、


「いってきますね」


 キュッリッキの唇に柔らかなキスを返して、ご機嫌で部屋を後にした。


「また、口にされちゃった……」


 去りゆくアルカネットの後ろ姿を見つめながら、ぽかんと呟いて、ショックのあまりひっくり返った。



* * *



 ハドリーとファニーがベルトルドのやしきについたのは、正午を少し過ぎた頃だった。

 ハーツイーズ支部の傭兵ギルドで仕事の話をしていたら、突然ルーファスが顔を出した。事情を説明されて、急遽ハーメンリンナに連れてきてもらったのだ。

 キュッリッキが初めてハーメンリンナを訪れた時と同じように、簡単なボディチェックをされただけですぐに城壁の中に入れた。ベルトルドとアルカネットの計らいで、面倒な手続きは済まされていたからだ。

 鈍速なゴンドラでの遊覧を経てやしきに着くと、門の前に居並ぶ多くの使用人たちに出迎えられ、2人はタジタジとなった。


「な…なんか、凄い接待されてる気が…」

「ああ…」


 主たちの大事なキュッリッキの友人だからと、最高の礼遇をもって2人は出迎えを受けていた。


「お嬢様は四阿のほうでお待ちになっております」

「判った、ありがとー」


 リトヴァからキュッリッキの居場所を告げられたルーファスは、腰が引けている2人を伴ってやしきに入った。

 ハドリーとファニーはきょろきょろ首を動かし、物珍しそうにやしき内を見回す。まるで宮殿かと錯覚するくらいの豪奢な作りに、凄いところだと感嘆を禁じえない。「さすがは天下の副宰相様の住まいだ」と、ハドリーもファニーも納得してしまった。

 やしきから中庭に出る。整えられたフワフワの芝生を突っ切り、南側にある池のほとりに四阿はあった。

 池の水は澄んでいて、睡蓮が美しい白い花を咲かせている。周りの景色を水面に映しながら、時折そよ風が水面をそっと撫でて、小さな波紋を作っていた。


「ハドリー、ファニー!」


 四阿のほうから、元気な声が2人を呼んだ。


「リッキー!」


 ファニーは手を振り、池の中央にかけられた石橋を小走りに渡っていく。キュッリッキは籐で編まれた大きな椅子に座って、嬉しそうに笑みを浮かべていた。傍らにはメルヴィンが笑顔で寄り添っている。

 四阿に入ると、ファニーはメルヴィンに小さく会釈して、キュッリッキの横に立った。


「あんたもう、心配したんだからね!」

「ごめん、ファニー」


 ファニーは怪我のことを気にして抱きつくのは思いとどまったが、代わりにキュッリッキの鼻をつまんで、グイッと引っ張った。


「い、たぃ…」

「まったくもー!」

「怪我の方は大丈夫なのか? もう起きてて問題ないのか?」


 2人の様子に微苦笑を浮かべたハドリーが遅れて四阿に入ると、鼻をつままれたキュッリッキの顔を見て吹き出した。


「はふぉひーふぉひふぁいふひぃ」


 ハドリーおひさしぶり、と言っているらしかったがまるで言葉になっていない。


「ほら、解放してやれ…」


 ハドリーに言われてファニーはパッと鼻を放した。ようやく鼻つまみの刑から解放されると、キュッリッキの鼻は真っ赤になっていた。


「また後で迎えにくるね。みなさん、ごゆっくり」


 笑いを噛み殺しながらメルヴィンは四阿を出て、ルーファスと連れたってやしきに戻っていった。

 入れ替わるようにメイドたちが紅茶を淹れて、プティフールの皿などを並べて下がった。

 3人はなんとなく黙り込んだ。

 とても気持ちのいい風が、そっと四阿を吹き抜けていく。喧騒とはまるで無縁の、緑の匂い香る静かな空間だ。


「2人とも、きてくれてありがと」


 最初に口を開いたキュッリッキは、にこりと2人に微笑んだ。

 ハドリーはキュッリッキの右肩に目をとめる。

 今でも鮮烈に思い出す、あまりにも深い無残な傷。身体じゅう血まみれで顔も真っ青で、息をしているのが不思議なくらいだった。


「包帯は外れてるようだが、大丈夫なのか?」

「うん。怪我自体はもうだいぶ良いの。すごく腕の良いお医者さんなんだって、ヴィヒトリ先生」


 ハドリーもイソラの町で何度か見かけた金髪の若い医師。やしきに来るまでの道中、ルーファスから経緯など色々と聞かされてきたが、こうして元気な姿を見ると心から安心する。

 遺跡で見た彼女は、もうダメだ、助からないとまで思ったくらいの重症だったのだ。


「なんか痩せたんじゃない? 前よりもっと細くなっちゃって」


 ファニーは腕を組んで、ちょっと睨むようにして指摘する。


「どうせ食事をするのを嫌がってたんでしょ。あんた調子崩すと、すぐ食事抜こうとするんだから」

「うっ…」


 図星だったらしい。キュッリッキのバツの悪そうな表情を見て、ハドリーは呆れたように嘆息した。小食なうえに食事を抜いたら、すぐ痩せてしまうというのに。


「チヤホヤ甘やかされて、わがまま言ってちゃダメよ。治るもんも治らなくなったら、一番困るの、あんたなんだからねっ!」

「ごめんなさーい…」


 キュッリッキは首をすくめ、斜め前に座るファニーを上目遣いに見た。

 ファニーが本気で怒っているときは、本気で心配してくれていることを知っている。だから逆らう気も起きないし、心底悪いと思う。


「説教はそのくらいにしとけよ。せっかく見舞いにきたんだ」


 やんわりとハドリーが割って入る。女たちの会話に割り込むのは苦手だが、こうしてファニーに説教されているときは助け舟を出さないと、あとでキュッリッキが大泣きするからだ。

 説教は度が過ぎると、相手次第では苛められていると受け取られかねない。キュッリッキはそんなことはないが、あまりにもガミガミされると落ち込んでしまうので難しい。


(調整役だな)


 3人でいるときは、ハドリーは自分の役割をそう思っていた。


「まあいいわ。無事だったから」


 ファニーは深々と息を吐くと、小さく首をかしげてキュッリッキを見た。


「あんた、ちょっと変わった?」

「え?」

「?」

「なんていうかさあ……色気? みたいなもんが、やーっと滲み出てきた感じ。ほんのちょっとだけど」


 カップに伸ばした手が止まり、ハドリーはファニーをまじまじと見る。


「お子様丸出しで、年の割に色気も全くなかったし、これでも心配してたんだから」

「色気……ねえ」


 ファニーとハドリーに見つめられ、キュッリッキは困惑を浮かべてそわそわした。


「ずばり、あんた本気で気になるヒトができたんでしょ!!」


 ファニーがビシッと指をつきつけると、キュッリッキは途端に頬を真っ赤にした。


「図星なのかリッキー!?」


 ギョッとした顔のハドリーに畳み掛けられ、ますます顔を赤くする。そのうち蒸気でも吹き出すんじゃないかと思うくらい、耳まで真っ赤になっていた。


「白状しちゃいなさいよ! 誰なのよ?」

「えー……」


 キュッリッキは真っ赤になった顔を俯かせると、唇を尖らせ「恥ずかしいよぅ」とブツブツと独り言ちた。


「はっきり言いなさい!」


 焦れたファニーがテーブルをバシッと叩くと、キュッリッキは「はひっ」と背筋を伸ばして、小さな声で白状した。


「メルヴィン……きゃっ」


 言うやいなや膝掛けを掴んで、バッと顔を覆い隠した。

 たっぷり間を置いたあと、ファニーとハドリーは何度も大きく頷いた。


「絵に描いたように、リッキーの好みにぴったりだな」

「誠実そうで優しくて、けど堅物ってのに惹かれやすいのよね、あんた」


 キュッリッキの男の好みを熟知している2人は、そうかそうかやっとかと、しみじみ頷きあっていた。

 これまでの付き合いで、色気ある話題が一切なかった子である。


「あんまり口きいたことないけど、いいやつだな、とオレは思う」

「そうね、副宰相閣下やアルカネットってヒトにご執心よりはイイかな」

「ん? ベルトルドさんとアルカネットさんに?」


 膝掛けから顔を出すと、意外なことを言われたという表情かおでファニーを見た。


「あんたは知らないだろうけど、市井じゃ凄い噂になってるのよ。泣く子も黙らせる副宰相が、私邸にかこった女にオネツだーって」

「その女ってのはリッキーのことだな。さすがに素性はわからんから、みんな好き好きに適当な想像をしているが」


 庶民の情報網侮りがたし。一体どこからそんな情報が漏れるのかと、キュッリッキは目が点になった。呆れ半分ため息をつくと、2人にこれまでの経緯を説明した。

 ファニーとハドリーには、ある程度自分の過去のことは話してある。ベルトルドやアルカネットにさらけ出したように全てではなかったが、孤児でアイオン族であること、片翼のことは話している。


「ベルトルドさんとアルカネットさんは、アタシにとっては父親みたいな感じ、なのかな…。父親がどんなものか知らないけど、優しく守ってくれる大きな存在」


 ベルトルドとアルカネットといると、心が落ち着いて安心できる。2人が向けてくる愛情表現がちょっと過激な気はするが、メルヴィンに感じるようなドキドキ感は湧いてこなかった。


「でも副宰相とアルカネット氏は、本気なんだな」

「そうなのかなあ…」


 たぶん本気なんだろうとハドリーは思う。説明された範囲でしか想像は出来ないが、歳の離れた少女にそこまでご執心なのだ。

 イソラの町までキュッリッキを迎えにきたベルトルドとアルカネットの姿を思い出し、間違いないと確信した。

 召喚〈才能〉スキルを持っているからキュッリッキを迎えに来たんじゃない、愛する者だから迎えに来たのだと。アルカネットの見せた苛烈な行動を思い起こすと、ゾッとするほどに。


(それにしても、まさかリッキーが恋してるなんてなあ)


 人見知りで、なかなか他人に心を開かないキュッリッキが、ちょっと見ない間に恋をしている。


(話を聞いている感じだと、恋、というものがよく判っていない感じが少々不安だが…)


 ライオン傭兵団に入ったことで、精神的にとても大きく成長したんだろう。キュッリッキにとって、抜群に相性がいい場所のようだった。


(もう、心配いらないな)


 ハーツイーズのアパートに、泣きながら帰ってくることはもうないだろう。来ることがあるとすれば、笑顔で遊びに来るくらいだ。

 ハドリーにとってキュッリッキは妹のような存在だ。初恋が上手く実ればいい、そう率直に思った。そしてファニーも、キュッリッキを妹のように思っている。だから何かと口うるさい。


「いい? 不可抗力のキスの大盤振る舞いはしょうがないとしても、本気のだけは、本当に好きな相手のために大事に取っておきなさいよ。つまり、メルヴィンさんのためにとっておけってことね」

「うん…」


 キュッリッキは再び顔を赤くして頷いた。メルヴィンの優しく微笑む顔を思い出して、身体の芯から恥ずかしくなる。


「それといい機会だから、髪型も変えちゃいなさいよ」

「髪型を?」

「うん。だってー、あんた前髪いっつも短くしすぎるし、お子様丸出しなんだもん。相手は年上なんだから、もうちょっと大人っぽくしなさい」


 キュッリッキはだいぶ伸びた前髪をつまんで引っ張る。多少くせっ毛なので、短くすると必要以上に短く縮んでしまうのだ。


「それに、ストレートが取れてきちゃったわね」

「うん。かけ直したほうがいいかなあ?」

「ああ、ダメダメ。せっかくゆるふわに波打っててイイ感じなんだから、ストレートなんかかけちゃ勿体無いわよ」

「そっかあ」

「あんたの場合は、ストレートより波打ってるほうが、似合ってるわよ。まあストレート奨めたのはあたしなんだけど」

「じゃあ、ストレートかけるのやめる~」


 そんな2人の様子に、ハドリーは肩をすくめて苦笑した。

 ファニーがキュッリッキを相手に、オシャレの話を熱心にしている。キュッリッキは素が申し分ない美少女なので、何を着せても可愛いのだ。それであまりオシャレの話をすることはなかったが、ついにキュッリッキが恋をしたものだから、何故かファニーは張り切っている。アドバイス出来ることが楽しいのだろう。

 キュッリッキの初恋話がひと段落すると、ソレル王国の一件では、ファニーとハドリーは正規の報酬プラス、ベルトルドから特別報酬がたっぷり支払われて、懐具合がぐんと温かいこと。傭兵ギルド間では、キナ臭い仕事がモナルダ大陸方面から大量に舞い込んできて、傭兵たちを喜ばせていることなどを報告し合った。

 3人とも話したいことはもっともっとあるが、空が陰り出した頃、メルヴィンとルーファスが迎えにやってきた。




「せっかくのところ済みませんが、そろそろお開きに」


 申し訳なさそうに声をかけるメルヴィンに、ハドリーとファニーは頷いた。


「もう夕方だしな。リッキーも病み上がりなんだから、あんま無理するんじゃないぞ」

「うん…」


 もうお別れの時間なのだと、キュッリッキはしょんぼりと俯いた。もっと2人と一緒に居たかった。


「お茶とお菓子美味しかったです。つい全部食べちゃった」


 控えていたメイドのアリサに、えへへっとファニーは笑いかける。


「お口に合って良かったです。まだたくさん余っているので、よかったらお包みしましょうか?」

「え、いいんですか?」

「ええ。お嬢様はあまりお召し上がりになりませんから、余っても勿体ないですし」

「う…」

「やったあ~」

「すぐにお持ちしますね」

「ありがとうございます!」


 さり気なくアリサに嫌味を言われたキュッリッキは、唇を尖らせる。


「行きましょうか」


 笑いを噛み殺しながら、メルヴィンはキュッリッキを腕に抱き上げた。




「仕事だからって、もう無理しちゃダメだからね」

「身体に気をつけてな」


 ゴンドラに乗り込んだ2人に、キュッリッキは寂しそうに笑いかけた。今生の別れというわけじゃないが、また暫く会えなくなるだろう。

 自分たちは傭兵だ。危険と隣り合わせの中で働いている。だからいつ命を落とすか判らないのだ。それを思うと、こうして会って話ができる時間が、とても貴重に感じられた。


「これをどうぞ」


 アリサがファニーに大きな紙袋を手渡す。


「わーい。ありがとうございます」

「たくさん詰めておきましたから、お召し上がりくださいませ」

「すっごく美味しかったから嬉しい~」

「そんなに食べたら太るんだよ…」


 キュッリッキがボソリと呟くと、


「あたしはあんたと違って、身体をいっぱい動かすから、すぐにカロリー消費しちゃうのよ」

「ぶー」


 得意げなファニーに、キュッリッキは口を尖らせた。


「んじゃ、オレちょっと2人を門まで送ってくるよ」

「お願いします」

「またね、リッキー」

「今度飯でも食おうぜ」

「うん、またね!」


 ファニーとハドリー、そしてルーファスを乗せたゴンドラが、静かに滑り出してベルトルド邸の前を離れていった。

 ゆるりと遠のいていくゴンドラを、キュッリッキは暫く見つめていた。


「元気になって、また会いに行けばいいですよ」

「そうだね。そうする…」


 穏やかな笑みを浮かべるメルヴィンの顔を見上げながら、キュッリッキは寂しそうに頷いた。

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