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3話:入団テスト

「お待たせなの」


 部屋から出てきたキュッリッキを見て、ルーファスはちょっと目を見張り、そして納得したようにウンウンと頷いた。


「とっても可愛いけど、今にも踊りだしそうだねえ」

「……やっぱ、そう見えるよね」


 ルーファスのストレートな感想に、キュッリッキは薄く笑う。

 トップとアンダーに黒い飾りのついた白いシルクのビスチェ、幾何学模様のプリントされた青紫色のシルクの上着に、同じ布のフリルが2段になったミニスカート。そして薄紫色のゆったりめのズボンと、紫色のシルク製シューズ。袖もゆったりとしているし、全体的に踊り子がまとうようなデザインになっていた。

 身につけながら、薄々そんな気はしていたのだ。なにせこの服をくれたのはサーカス一座の女性である。


「ん~、ズボン脱いだら、普段着っぽくなるんじゃない?」

「パンツが丸見えちゃうからダメなの!」


 超ミニのスカート丈はかろうじて下着を隠すギリギリのところまでしかないため、スパッツでも履けば問題なさそうだが、生憎今は持っていない。

 踊り子のような仕事着に着替えたキュッリッキを見ていたルーファスは、


(これでオッパイがおっきかったら、完璧なのになあっ!)


 と、谷間のない胸に無念の視線を注ぎながら、心底悔しそうに心の中で握り拳を作った。




 玄関に降りていくと、着替えたカーティスも合流していて2人を待っていた。


「踊り子もやっていたんですか?」


 真顔でカーティスに言われて、キュッリッキは「やってなーい!」と顔を赤らめて否定した。この服を着ていたら暫く言われそうだ。


「イカガワシイ格好の手品師風情に言われたくないよね~」


 ルーファスが笑いながら言うと、


「確かに、ちっぱい娘よりド派手だしな」


 そうギャリーがにんまりと続く。


「ちっぱいって言うなっ!」


 気にしてるのに! とキュッリッキが噛み付かんばかりにギャリーに抗議するが、


「ホントのことだから、そう怒るな怒るな」


 グリグリと頭を撫で繰り回され笑われた。キュッリッキは更に憤慨し、グーを作ってギャリーをポカスカ叩く。その様子にルーファスとザカリーが大笑いした。


「全く、失礼な人たちですね。私を手品師みたいに言わないでくださいな。これこそが魔法使いの正装です」

「……まあ、自分が満足してりゃそれでイんじゃね…」


 すましたカーティスに、ルーファスはげっそりと呟いた。一言で片づけるなら「悪趣味」という言葉がぴったりはまりそうな衣装なのだ。


「それでは皆さん、行きますよ」

「うぃ~っす」




 エルダー街から歩くこと20分ほどの距離に、『行政街』との異名を持つクーシネン街がある。役所関係の建物が多く並び、図書館や公共病院、公共関連施設などが建つ。それでイララクスっ子はここを『行政街』と呼んでいた。

 そしてクーシネン街には、もう一つ重要な施設がある。


「はあ~、今日も賑わってるな、エグザイル・システム…」

「皇都唯一のエグザイル・システムですからねえ」


 うんざりするようなザカリーの呟きに、カーティスが負けじとうんざり返した。大混雑しているのが一目で判る賑わいだ。


「順番を待ちながら、仕事についての説明をしましょうか」


 広く方形に仕切られた敷地には、豪奢な宮殿のような建物が建っている。ここが、皇都イララクスにあるエグザイル・システムの建物だ。

 ファサードは大きなアーチ状の入口があり、大理石の壁面を繊細な彫刻が彩り、所々黄金細工でより絢爛に飾られていた。

 人々が多く出入りする中を突っ切るように建物の中に入ると、フロア正面には圧倒されるような大階段がずっと続いている。天井はドーム状に高く吹き抜け、ステンドグラスや壁画が描かれ内装も豪華だ。

 三階建てになっていて、玄関フロアに面した各通路の端々には、休憩できるよう長椅子が置かれている。椅子に座り談笑を楽しむ人々、疲れを癒す人々など、フロアはたくさんの人々で溢れかえっていた。


「いつきても、大賑わいだね」

「皇都の玄関口だしね。24時間大混雑さ」


 キュッリッキの呟きを受けて、ルーファスが微苦笑気味に言った。器用に人を避けて歩いていても、誰かに当たってしまうほどの混みようなのだ。

 5人は出入国手続きのカウンターへ行き、各自傭兵ギルド発行の身分証明を提示する。

 傭兵ギルドに登録している傭兵たちには、ギルドから必ず発行されるものだ。掌サイズの小さなカードで、これがあると面倒な手続きが免除されたり、各支部で援助を受けることができる。また、仕事上のトラブルで国の機関に容疑をかけられたり、逮捕されたりするとギルドが仲裁に入ってくれるなど、傭兵たちにはなくてはならないものだ。無論、犯罪を犯せば取り上げられる。


「今回の仕事は、サントリナ国の軍上層部からの依頼です」


 手続きを済ませた5人は、エグザイル・システム前に長蛇の列を作る最後尾に並んだ。


「サントリナ国のお隣には、ソープワートという国があります。長年ご近所トラブルが絶えず、今度もまた、しょーもない理由で戦端が開かれようとしています」


(あの国ってまた喧嘩するのかあ…)


 サントリナ国とソープワート国の仲の悪さは、キュッリッキもよく知っている。以前ちょっとした小競り合いに鉢合わせたことがあるのだ。


「互の国境沿いの一部でドンパチやらかすようで、我々には両軍が動く前にソープワートの軍隊を殲滅して欲しいというんです」

「うーん、なんで?」


 キュッリッキは小さく首をひねった。互いにドンパチやりたいから、小さな喧嘩にもいちいち軍を投入するんだろうに。そこへ傭兵を雇って相手の軍を倒す意図がいまいち見えてこない。


「理由は二つ。一つは不作による国庫への深刻な打撃。二つ目はチャイヴズ将軍が出撃していることです」

「チャイヴズ将軍?」

「ソープワート国唯一の聡明な軍人と言われています。この方が出撃すると、サントリナ国は必ず負けるでしょう。そのくらい作戦も指揮も完璧なご老体です」

「そうなんだ…。でも、だったら戦争なんてやらなきゃいいのに。国が危ない時なんでしょ」

「そこはホラ、頑固ジジイたちの、ミヂンコみたいなプライドの成せる技ってやつさ」


 肩をすくませながら、ルーファスが苦笑した。


「ふーん…。で、アタシはどうすればいいの?」


 戦争の経緯や依頼国の状況など、正直どうでもいいのでキュッリッキは先を促した。知ったところでやることは変わらないからだ。


「両軍とも国境沿いの谷間に移動して、明日の正午辺りに戦端が開かれる予定だそうです。それまでに移動して、私たち4人で奇襲をかける計画でした。でも、この奇襲をあなた一人でやってもらいます」

「はぁああ~~?」


 それまで黙って話を聞いていたザカリーが、素っ頓狂な声を上げた。


「おいカーティス、それは流石にナイだろ。恐らく一個大隊くらいの戦力を投入してくるぞ、チャイヴズのじーさんなら」

「だなあ。召喚〈才能〉スキルってぇもんが、どんなものか知らねえしな。一人でやらせんのは危ないだろう。オレらと一緒に攻撃なり支援なりをさせたほうがイイんじゃねえのか?」

「オレもそー思う。失敗したらシャレになんないよ?」


 ザカリー、ギャリー、ルーファスの3人から反対されても、カーティスは顔色一つ変えずキュッリッキをジッと見つめた。


「あのベルトルド卿が自信満々でスカウトしてきた子です。どんな戦局でも、悠然と勝利へ導くことが出来る力を持っているんでしょう」


 カーティスの言葉を受けて、キュッリッキは内心呆れたように溜め息をついた。

 これまで聞かされた話から推察するに、カーティスは単純にベルトルドに介入されるのが嫌なのだろう。それで入団テストを意地になって実行しようとしている。キュッリッキを通り越して、背後のベルトルドに挑戦を叩きつけているようなものだ。


(まあ、新しい仕事が欲しかったし、有名どころの傭兵団に入るチャンスだもん。入団テストを蹴ってもライオン傭兵団にいることは出来るだろうケド、仕事も与えられず、タダ飯喰らいの居候になって、居づらくなって自分で出ていく羽目になっちゃう)


 そんな虚しい立場はイヤだ。ならば、受けて立つまで。悩むことはただ一つ。


(確かな実力を備えてるって老将軍率いる一個大隊を相手に、さぁて、どう仕掛けようかなあ)


 キュッリッキは即思考を切り替えて、作戦を考え始めた。そんなキュッリッキの表情から察して、4人は顔を見合わせながらにやりと笑んだ。入団テストという名のカーティスの挑戦を受けて立つ、と腹を括ったことが判ったからだ。

 長蛇の列に並ぶこと1時間あまり、ようやく自分たちの番が来て5人は台座に乗った。

 エグザイル・システムとは、物質転送装置のことである。

 半径1メートルほどの黒い石造りの台座に、短い銀の支柱のようなものが3本立っている。台座の中心には世界地図が彫り込まれていて、エグザイル・システムが置かれている地を示す、突起のようなスイッチがある。行きたい場所のスイッチを踏めば装置は起動して、目的地へ一瞬にして飛ばしてくれるのだ。


「サントリナ国の首都、ルヤラへ行きますよ」


 カーティスはルヤラのスイッチをつま先で踏んだ。




 正午を迎える数分前に、アルカネットは副宰相の執務室前に到着した。

 扉前には左右に衛兵が立ち、誰何することもなく敬礼をしたあとすぐに扉を開いた。


「お邪魔しますよ」


 扉を開けてくれた衛兵たちを労いながら、アルカネットは部屋の奥へと視線を向ける。


「ああん、アルカネット助けてちょーだい!」


 いきなり内股で小走りに駆け寄ってきたオカマに、アルカネットは小さく息をつく。


「なんですかリュリュ」

「ンもう、今朝からずーっとあの調子なのよ、ベルったら」


 秘書官のリュリュが、垂れ目を眇めて憤然と言った。


「……まだモフモフしているんですか、ベルトルド様は」


 リュリュの肩をポンッと叩いて、アルカネットはデスクの前まで行く。そして顔も上げずデスクの上にある毛玉をいじっているベルトルドに、冷ややかな視線を注いだ。


「そろそろお時間なのではないですか?」


 視線同様に冷ややかな声音を出すアルカネットに、ベルトルドはニコニコと笑顔を向けた。


「おう、そろそろだな」


 言いながら白い毛玉を両手に抱えて、モフモフ指を動かしている。

 白い毛玉は桜色の前脚でベルトルドの指にしがみつき、薄墨色の耳をピクピクさせ、機嫌良さそうにヒゲをそよがせた。つぶらな丸い目がスウッと細められ、頬がぷっくりと膨らむ。


「一体こんなのどうしたのよ。ペットショップで買ってきたのん?」

「いえ、屋敷に紛れ込んでいたんですよ。今朝ベルトルド様を起こしに行ったら、ベルトルド様と一緒に寝ていました」


 寝相悪くシーツを蹴飛ばして寝ているベルトルドの腹の上に、この白い毛玉が腹ばいになって寝ていたのである。まるで腹巻のようだった。


「いつの間に俺のベッドに潜り込んだんだ? 俺を襲いに来るとは、中々強気じゃないか。モフモフしているくせに」


 いっそうニコニコと微笑んで、ベルトルドは名残惜しそうに毛玉をデスクに置いた。


「ところでコイツはなんていう小動物なんだ? ネズミ?」

「アタシが知るわけないでショ」

「私も存じ上げません」


 いっそう冷ややかになる2人の様子に頓着せず、ベルトルドは指先で毛玉をつつく。


「ふむ。じゃあネズミウサギでいいや」


「いいのか!?」とアルカネットとリュリュは無言で顔に書き込んだ。

 チェアの背もたれに深々ともたれかかると、ベルトルドはキョロキョロと室内を見回した。


「あと一人居ないな。シ・アティウスはどうした?」

「調査が終わらないから、戻ってこれないって嘆いていたわ」

「そっか。あいつも見たいだろうなあ。――しょうがない、中継してやってくれリュー」

「判ったわ」

「あいつらやっと、現場に到着したようだ」


 先程までの幸せそうな笑みは潜み、険のある目を細めると、にやりと口の端を歪めた。




 サントリナ国の首都ルヤラでレンタルの荷馬車を借りたカーティスたちは、食料を買い込むと馬車を走らせた。

 ソープワート国との国境沿いへ向けての汽車はない。途中までの汽車も走っていなかった。

 魔法などで飛んで移動すると目立つため、地味に馬車移動をしている。


「どんだけ仲悪いんだよ」


 御者をするギャリーがボヤくと、皆一斉に頷いた。国民の利便性よりも喧嘩のほうが大事らしい。


「このまま休憩ナシで、馬車をかっ飛ばしてください」


 カーティスが無慈悲なことを言うと、キュッリッキはびっくりした。


「ええ、休憩しないの!?」

「急がないと現場に間に合いそうもないので、気合で堪えてくださいな」

「うえええ…」

「トイレ休憩くらいはしますよ」

「…お願いね?」


 国境まで馬車で移動するしかなく、途中の村で馬を代えてもらい、休憩もそこそこの夜通し強行軍となった。首都ルヤラから目的地までかなり遠い。

 依頼がライオン傭兵団にもたらされたのは、ベルトルドがキュッリッキを連れてアジトへ来た1時間ほど前のことなのである。この依頼自体、実は散々各傭兵団をたらいまわしにされた挙句、最後にライオン傭兵団に押し付けられたものだった。

 依頼を受ける期日がすでにアウトだが、報酬が破格なのでカーティスは引き受けた。自分たちの所ならやれると確たる自信がある。そうして引き受けた直後に、キュッリッキを紹介されたのだった。

 強行軍を耐え抜きなんとか開戦前に目的地に到着した5人は、ぐうの音も出ないほどヘロヘロになっていた。


「キュッリッキちゃん大丈夫?」


 ゲッソリした顔でルーファスが気遣うと、


「うん……一応生きてるかも…」


 のろのろと馬車を下りながら、キュッリッキはボソリと答えた。お尻も背もジワジワ痛い。クッションなんてものはなかった。


「さて…、私はサントリナの陣営で待機しています。もしキュッリッキさんが失敗した時、3人は後始末をお願いします。報酬は貰えず、私は縛り首になるかもしれませんが」

「ちゃんとやるわよっ!」


 キュッリッキは肩を怒らせて怒鳴った。あのソープワートの軍勢をどう葬るか、もう算段はついている。


(アタシの実力、見せつけてやるんだからっ)


 これまでどんな仕事でも手を抜かず、しっかり力を示してきたのだ。


(お高くとまった傭兵団のほうから、頭を下げてアタシを欲しがるくらい徹底的にサクッと倒してやるもん!)


 愛らしい顔を引き締め、両手を腰に当てて、岩陰から眼下のソープワート一個大隊を睨みつけた。


「ちっぱい娘のエンジンがかかったようだぞ。安心して行ってこいカーティス」

「ちっぱいって言うなっ!」

「ヘイヘイ」


 またグーでポカスカ叩かれながら、ギャリーはタバコをふかして笑っていた。

 2人の様子を見てカーティスは苦笑すると、サントリナ軍の陣営に向かった。




 カーティスを目の端で見送りながら、ザカリーはソープワート軍を観察する。


「やーっぱ居るねえ、キャッツフットのおっさんも」

「チャイヴズじーさんとセットだもんね~」

「小さい国だけど、手練が何故か多くて有名だったりするんだ。とくにキャッツフットのおっさんは、戦闘系遠隔〈才能〉スキルの持ち主で、遠隔武器を持たせたら敵うものなど状態さ。まあ、オレほどじゃあないにしても」


 キュッリッキに向けてドヤ顔で自己アピールするが、キュッリッキにはきっぱりスルーされる。散々ちっぱいちっぱいとギャリーにからかわれてご機嫌ナナメなのだ。

 ザカリーはガッカリ感を両肩に漂わせ、切ない溜め息をこぼしたところで、いきなり頭の中に偉そうな声が響いて目を見開いた。


「えっ!? オッサン?」


 思わず声に出して言ってしまい、怪訝そうな視線がチラホラ投げかけられる。ザカリーはヘラリと笑って、ドサッと座り込んであぐらをかいた。


(誰がオッサンだ、無礼者)

(す、すんませン…)


 遠く離れたハワドウレ皇国から、念話を飛ばしてきたのはベルトルドだった。


(えっと…、オレになんか用っすか?)


 ヘラリと応じ、愛想笑いを念に込める。


(これからキュッリッキの入団テストだろう、その中継にお前の目を借りる)

(あー、なるほど)

(どうせルーファスは、その場にいない他の連中に見せるために、中継をするんだろうからな。それに、お前の目を通した方が確実だ)

(ういっす)


 ザカリーは戦闘の遠隔〈才能〉スキルを持つ。この〈才能〉スキルを持つ者は、非常識なほど視力が良い。1km先の小さなものも鮮明に捉えることができるのだ。もちろん常にそんな状態では疲れてしまうので、望遠鏡のように視力はコントロール出来る。

 現在地とソープワート軍の距離は、おおよそ400mほどになる。ザカリーにとって造作もない距離だ。


(それと、テスト相手の様子を説明しろ)

(了解っす。――えーっと、戦力は1個大隊、率いるのはチャイヴズ将軍です)

(ぬ? 大隊程度にチャイヴズ将軍が出張っているのか)

(そうなんっすよ。弓隊のキャッツフット隊長もいるんで、まあ、あの2人は常にセットのようなもんですしね)

(確かにな。仲良し老人コンビ)


 老人コンビなどと言うと可愛らしいイメージを浮かべてしまいそうだが、戦場では絶対相手にしたくないコンビだとザカリーは内心ゲッソリとした。


(全体の戦力は600人あまりっすね。前衛には騎馬兵を置いてますが、イノシシ軍隊の異名を持つサントリナ軍が相手です。恐らく中央突破してくるサントリナ軍を、騎馬隊は左右に分かれて誘い込み、魔法隊と弓隊で屠る作戦を取りそうっす)

(読まれていても、実行してしまうのがサントリナ軍のイイところでもある)

(いや、全然よくねえっす…)

(冗談に決まっている)

(へぃ…)

(あの様子だと、ソープワート軍はいつでも戦闘開始出来そうだな。サントリナ軍が突っ込んでくるのを、待ち構えているのかな?)

(おそらくは。こちらで奇襲を仕掛けるんで、突っ込まないようカーティスがサントリナ軍の陣営に行って、話をつけていると思いやす)

(そうか。なら、キュッリッキのお手なみ拝見だな)


 ククッと笑うベルトルドの念話の声を聞きながら、ザカリーはキュッリッキを見る。

 愛らしい顔をソープワート軍に向け、キッと睨みつけている。細っそりとした小さな手をしっかりと握りしめ、攻撃開始の合図を待っていた。

 レア中のレアと呼ばれる召喚〈才能〉スキル。果たしてどのような力なのか、それがもうすぐ披露されようとしていた。




 雲ひとつ泳がない晴天は、深く青く高い。

 空の色とは対照的に赤土色の地面に緑はなく、同色の砂塵がうっすらと地面を漂い、切り立った岩は太陽の光を受けて地面に黒い影を落とす。

 サントリナ国とソープワート国を隔てる国境の一部は、自然が生み出した渓谷である。ヴィープリ峡谷と呼ばれ、渓谷の一部は荒廃が進んで緑がない。そのため見晴らしがよく、天然の石橋を挟んだ両岸で両国の軍隊は睨み合っていた。


(このテストに受かれば、アタシはライオン傭兵団の一員になれるんだ)


 ソープワート軍を見つめ、ほんのちょっぴりドキドキと胸が高鳴る。

 戦闘開始の合図を待ちながら、キュッリッキの胸には様々な思いが溢れてきていた。


 * * *


 幼い頃からアタシは相棒と一緒に戦場に赴いて、勝手に走り回って周囲に力を知らしめる行動を取っていたの。

 一人でも生きていくための手段として、この〈才能〉スキルを活かして傭兵になろうと思ったから。

 傭兵になるためには、いくつかの方法がある。

 一つは、傭兵団に入り正式に認めてもらうこと。

 一つは、傭兵に弟子入りし認めてもらうこと。

 一つは、傭兵ギルドに身請けてもらい、見習いとして修行を積みながら正式に登録されること。

 アタシはそのどれにも当てはまらない、過激で危険な綱渡りを経て傭兵として認められたわ。とっても無茶をしたの。でもね、ギルドに認められはしたケド、アタシまだ小さい子供だったから、舞い込む仕事は小口なものばかり。そのどれもがお使いや護衛任務。報酬額は依頼主によるからあまり多くはないの。一時は汚れ仕事も沢山回ってきたんだけど、ホーカンが受付担当に就くと回ってこなくなっちゃった。

 今も護衛任務とか簡単なモノばっかりなんだよ。ちょっと不満。

 でもライオン傭兵団に入れば、大きな仕事を任されることもあるよね。そうなれば危険を伴うことも増えちゃうけど、この召喚の力を思う存分振るうことができるわ。それに今度は、とっても頑張れそうな気がするの。

 昔いくつかの傭兵団に入ったことがある。召喚〈才能〉スキルを持つ珍しい力を使う子供っていう噂が広がって、スカウトしたい傭兵団からギルドに度々打診があったんだって。だけど入っても、あることが原因ですぐ抜けるってことを繰り返しちゃってて…。だから傭兵団に誘われても、どうせまた同じパターンで続かないにきまってる。

 そう思ってた。

 ところがベルトルドさんと出会って、カーティスたちと話して、今までとは違う感触を得たの。頑張れそうな気がするだけじゃなくて、頑張りたいって、そう思う気持ちも湧き上がってくるのよ。こんなことは初めてなんだから。

 頑張ったらきっと、良いこともあるよね…。期待してもイイよね?

 世界的に有名だからだけじゃない。アタシの心に色々な期待を抱かせる何かを感じる。だからこのテストに合格して、堂々とライオン傭兵団に入りたい。


 * * *


「キュッリッキちゃん」


 ジッとソープワート軍を見ていたルーファスが、キュッリッキのほうを振り向く。


「戦闘開始だよ」


 ウィンクされて、キュッリッキは固く頷いた。




(さて、どんな戦い方をするのかな、このちっぱい娘は)


 どっかりと地面に座り込みタバコをふかしているギャリーは、傍らに立つキュッリッキをのっそりと見上げた。

 キュッリッキはただジッと、ソープワート軍を睨みつけている。その場から動かず、手足すら動かさない。

 やがてキュッリッキの双眸が、不思議な輝きを放ち始めた。その様子に、ギャリーとザカリーが気づいて見つめる。


「ルー」


 ギャリーに小声で促され、ルーファスもキュッリッキを見た。

 黄緑色の瞳にまといつく虹色の光が、煌きを放ちながらどんどん輝きを増していく。そして、キュッリッキはどこか遠くに向けるように言い放った。


「来い、ゲートキーパー!」


 するとソープワート軍の周囲の空間に、奇妙な歪みが肉眼でも見えるほどはっきりと浮かぶ。それは水面に浮き立つ波紋のようにも見える。

 いくつも浮かび上がった波紋は、重なり合いながら広がっていった。そしてゴオン、ゴオンと大きな音も間断なく鳴り響きだす。

 突然の奇妙な現象に、ソープワート軍だけでなくサントリナ軍もざわつき始めた。


 グニャリ


 そう空間がたわむと、今度は地鳴りが轟き始め、地面を激しく揺らしながらそれはゆっくりと姿を現した。


「なんだありゃ!」


 ギャリーとザカリーが同時に叫ぶ。

 一枚板のような長方形の壁がいくつも地面から生えてきて、砂埃を撒き散らしながらどんどん高さを増していく。そして隙間もなくビッシリとソープワート軍を取り囲んでしまった。

 壁は鉄の色をしていて、うっすら蒸気が立ちのぼっている。とくに装飾もなく、ただの鉄の分厚い板のようだ。

 突如現れた壁の中に捕らわれてしまったソープワートの軍人たちは、抜け出すために壁を登ろうとしていた。しかし皆悲鳴をあげて地面に倒れている。


「な…、なんなんだ…」


 ザカリーは状況をよく見ようと、目を細めて視力を深める。倒れた軍人たちの掌は、酷い火傷を負っていた。その様子にだいぶパニックに陥っているのが見て取れる。


「深き沼よ…」


 囁くようなキュッリッキの声にザカリーはビクッとなって、チラリとキュッリッキを見た。


「全てを飲み込む飢えた闇の沼よ……こい!」


 キュッリッキの双眸が強い輝きを放った。それと同時に、ドップンッという音が峡谷に轟く。何もない空から突如壁の内側に落ちたそれは、真っ黒なコールタールのようなものに見えた。

 高いところからその様子を見ているザカリーたちは、バカデカイ鉄の桶に黒い水が注がれたようにしか見えなかった。

 コールタールのようなものは、鉄壁の中でブルルンッと何度か揺れて、やがて表面を平にした。


「ゲートキーパー、闇の沼、お疲れ様。もう帰っていいよ」


 親しげな友達に話しかけるような感じでキュッリッキが言うと、鉄壁もコールタールのようなものも、光の粒子となって天に向かって消えていった。そしてそこには、何も残っていなかった。




 一言で表せば、”ぽかーん”である。その”ぽかーん”な表情を貼り付けたザカリー、ギャリー、ルーファスを見て、キュッリッキは両手を後ろで組み、もじもじと身体を揺すった。

 入団テストをどう攻略するか。それを考えたとき「5分以内に全てを片付け終える」だった。そうすれば自分が如何に凄い力を備えていて、傭兵団にとって強力な戦力になると判らせられる。それをしっかり見せつけたら、終わったあとには賞賛の嵐に違いない。そう思っていたのに、3人の表情は”ぽかーん”である。

 勿論キュッリッキの攻略は大成功だ。


(失敗…だったのかなあ……でも、ちゃんとソープワートの軍隊は片付けられたし、なんで何も言わないのよ。なんか失礼しちゃうかも!)


 ウンともスンとも言わない3人に、キュッリッキはどうしていいか判らず、ちょっぴり拗ねてしまった。




 拗ねだしたキュッリッキを放置したまま、ライオン傭兵団の仲間たちは念話で色々な発言が飛び交い中だ。

 超能力サイ使いのルーファスによって仲間たちの意思が繋げられ、遠く離れていても念話が可能になっていた。


(参ったな、オレらの知る『スゲー』の領域をはるかに超越しすぎて、どう反応していいか判らねえ)


 顎の無精ひげをザリザリ摩りながら、ギャリーは眉間を寄せて唸る。


(まさに言い得て妙だねえ。凄いンだけど、なんだろうね、この圧倒された感じ?っていうのかな)


 表現に困りながら、受けた感じをなんとか言い表そうとするルーファスに同意の頷きがいくつか返された。


(オレは…)


 苦虫を噛み潰したような顔で、ザカリーが言いごもる。


(あれじゃタダの)

(それ以上言うな馬鹿者が!)


 そこへ落雷のような迫力で、ベルトルドの一声が念話に割り込んできた。吃驚したザカリーは思わず目を見張る。


(貴様らがやらせたんだ、キュッリッキに)


 グッと喉をつまらせたような反応が、一斉に念話の中に交じり合う。


(あの子は入団テストのために、必死に考え、アレだけの力を見せつけたんだ。それを貴様らは非難でもするつもりか?)


 怒り口調で責めるベルトルドに、ザカリーは噛み付いた。


(別にオレら、大量虐殺しろなんて言ってねえ!)


 そう、テストのためとは言え、あっさりと大量虐殺をやってのけたキュッリッキに心底驚いたのである。

 はぁ、っと疲れたようなベルトルドのため息が続く。


(キュッリッキが来なかったら、貴様らはどうアレを切り抜けるつもりだった? カーティスの魔法で焼き殺すか、ギャリーのシラーで斬殺しまくるか、ザカリーの魔弾で吹っ飛ばすか、ルーの|超能力《サイ》で叩き殺すか。どのみち殺すんだろうが)

(そうだけどよ…)

(他人の行為は常識人ぶって非難するくせに、貴様らの行いは正当化するのか。つくづく最低なクズどもだな)


 怒りも顕に軽蔑されて、皆押し黙る。


(貴様らと違ってな、キュッリッキはちゃんと判っている。アレが虐殺行為であることも、あそこまでやらないと認めてもらえないということも。つまらんプライド意識が、あの子にやらせたということを、貴様ら自覚するのだな!)




 ライオン傭兵団がベルトルドに説教されている頃、キュッリッキは唇を尖らせて、つまらなさそうにつま先で地面を蹴っていた。


(ご苦労だったな、キュッリッキ)


 突然頭の中にベルトルドの声が入ってきて、キュッリッキはぴくっと顔を上げた。


(ベルトルド…さん?)

(ああ、そうだ)


 優しいその声に、肩の力が抜ける。


(キュッリッキの活躍は、全部見せてもらったぞ。凄かったな)

(え、どうやって見てたの!?)

(そこにいる、3バカたちの目を通してだよ)


 3バカと称された3人に目を向け、あまりよく判っていない顔で小さく頷く。


(入団テストは合格だ。今日からキュッリッキも、ライオン傭兵団の仲間だ)

(ホントに? よかったあ~)


 キュッリッキは嬉しそうに、顔をほころばせた。


(あとのことはカーティスに任せてある。今後もその凄い力で頑張るんだぞ)

(はーい)


 ベルトルドに優しく励まされていると、複雑な表情を浮かべたカーティスが戻ってきた。


「ねえ、アタシ、テスト合格だって。ベルトルドさんが」


 嬉しそうなキュッリッキに、カーティスは頷いた。


「ええ、合格です」


 その言葉に、キュッリッキは無邪気に微笑んだ。

 ギャリーはよっこらせっと言いながら立ち上がり、大きな掌をキュッリッキの頭に乗せると、ワシャワシャと撫でた。


「おめっとさん、ちっぱい娘」

「ちっぱい言うなっ」

「よろしくね、キュッリッキちゃん」


 ルーファスがキュッリッキと目の高さを同じにして、ニッコリと言った。


「まあ、その、なんだ、凄かった」


 ザカリーはぎこちなく言うと、苦笑を浮かべた。


「サントリナからは、しっかり報酬をいただいてきました」


 カーティスは一枚の紙切れをビシッと示す。二千万ほどの金額がその紙切れに書き込まれていた。小切手だ。


「中々奮発してるじゃない」


 小切手をカーティスからひったくり、ルーファスが素っ頓狂な声を上げた。


「これでも値切られたほうですよ。当初は五千万の予定でしたし」

「ご…」


 キュッリッキが呆気にとられて呟く。噂通り、破格の報酬額がやり取りされているようだった。


「一億でもよかったかもネ~。一度の出兵や戦闘での損失に比べると、小銭程度だしさ、これじゃ」


 ルーファスが肩をすくめると、ギャリーが鼻を鳴らす。


「まっ、財政的にも大変そうだしな、これで勘弁してやれや」

「まあね~」

「メルヴィン組みとガエル組みの仕事も終わったようです。明日には全員顔を揃えられるでしょう」

「そっか。んじゃあ、明日はキュッリッキちゃんの歓迎会だね」

「豪快屋に予約入れとかねえとな」

「マーゴットに指示しておきました」

「おいカーティス、サントリナ軍が馬車を用意してくれたってよ」

「判りました」


 ソープワート軍が一斉に消えてしまったので、狐につままれたように呆気にとられていたサントリナ軍も、撤収の準備に取り掛かってざわついていた。


「さて、我々も帰りましょうか」




 ヴィープリ峡谷から首都ルヤラまでは、来た時と同じように途中の村で馬を変えて、休まず馬車を走らせた。夜通し走り続け明け方には首都ルヤラに到着し、5人は眠い目を擦りながら皇都イララクスに帰還した。


「では、今夜あなたの歓迎会をします。迎えを行かせるので、アパートで待っててください」

「うん、判った」

「お腹すかせてくるんだよ。歓迎会やるとこのお店の料理、美味しいからね」


 真顔で告げるカーティスの横で、ルーファスが屈託のない笑顔で言った。

 クーシネン街のエグザイル・システムのある建物の前で、キュッリッキはカーティスたちと別れてハーツイーズ方面へ行く乗合馬車に乗った。明け方という時間帯のせいか、乗客はキュッリッキ一人だった。

 乗合馬車は停留所をクネクネ回って進むので、ハーツイーズへは1時間ほどかかるだろう。


(馬車に乗ってるだけだったけど、休みなしの乗りっぱなしは腰が痛いなあ。疲れちゃった)


 ひっそりと溜め息をこぼし、眠い目をコシコシ擦った。シャワーも早く浴びたい。


「合格…かあ。――アタシ、ちゃんとやっていけるかな…」


 囁きに近いほど小さな声で呟く。

 キュッリッキは人見知り体質だった。先程は入団テストということもあって、緊張やらなにやらで人見知りどころではなかった。しかしこれからは傭兵団という中で、新しい仲間たちと暮らしていくことになる。


「不安だなあ…」


 両膝を抱え、膝に顔を埋めた。

 いつも新しい所で、すぐ問題を起こした。それはほんの些細なことで、普通なら誰も気にしないことだが、キュッリッキはその些細な事に触れられると異常なほど感情を爆発させて周りに壁を作ってしまう。そんなことを繰り返して、居場所をなくして抜けるのだ。そして傷つく。

 新しい受け入れ先が見つかると、キュッリッキは必死に自分に言い聞かせた。


「今度こそ、頑張ろう。感情を抑えよう、堪えよう!」


 それなのに、失敗ばかり。こんなことではせっかくの受け入れ先もすぐ失うだけなのに。頭では判っているはずなのに、感情面がコントロール出来ない。

 傭兵なら誰もが憧れるライオン傭兵団に、ちゃんとテストに合格して正式に入団できたのだ。この先仕事もしっかりこなせる自信もある。でも、コミュニケーションは果たして円満に出来るだろうか。

 それを思うと、合格した喜びすら、シワシワと萎んでしまう。気が重くなる。


「はぁ…」


 ずっしりとした重みの感じる溜め息を吐き出し、キュッリッキは目を閉じた。




「お嬢様、着きましたよ」

「うん…?」


 いつの間にか椅子に横たわって眠っていたキュッリッキは、御者に起こされて跳ね起きた。


「あっ、あれ? アタシ寝ちゃってたのね」


 キュッリッキは慌ててポシェットから財布を取り出し、銅貨3枚を御者に渡す。


「ありがとうございます。では、お気をつけてお帰りください」

「ありがとー」


 ぴょんっと馬車から飛び降りる。御者以外はガラ空きの、ゆっくり走り出す乗合馬車を見てキュッリッキは軽く首をかしげた。


「なんで”お嬢様”なのかな? 普通は”お客さん”て言うのに。ヘンなの」

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