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第2話

「ねぇねぇ葉月はづきって一人暮らしなんでしょ? 今度遊びに行きたい!」


 引っ越しからひと月が経った頃、大学に隣接する図書館で調べ物をしていた私に、友達の藤崎ふじさき 杏子あんずが突如そんな事を口にした。


「え? あ……うん、一人暮らしなんだけど……私の住んでるアパート、ちょっと古い建物で……」

「そうなの? でも私、そういうの気にしないから大丈夫だよ」

「い、いや、でも……本当に古いから……」


 杏子は私の住むアパートがそこそこ古いだけで至って普通のアパートだと思っているに違いない。


 築年数はともかく、風呂無しトイレ共同のアパートなんて言ったら引かれそうで怖い。


 とは言え、風呂無しアパートだけど徒歩五分程の距離にある銭湯に行っているし、洗濯機は各階一台しかないけどきちんと洗濯だってしている。


 多少不便ではあるけど、普通の人と何ら変わらない生活だって送れているのは事実。


(でも、さすがにあのアパートには呼べないよね)


「葉月?」

「え? あ、ごめん、えっと……その……」

「ごめんね、無理なら大丈夫だから、そんなに気にしないで」


 杏子は人懐っこく笑顔がとても可愛らしい女の子。ショートボブヘアでちょっと男勝りなところもあるけど、誰とでも仲良くなれる性格ゆえ顔が広く、男女問わず友達が沢山いる。


 そんな彼女とは入学式当日、大学の門の前で杏子のバッグのポケットから定期が落ちたのを拾った事で顔見知りになって、更には同じ学部だった事もあって一気に仲良くなった。


 昔から友達作りや友達付き合いが苦手だった私は不安でいっぱいだったけれど、杏子のおかげで楽しい大学生活を送れている。


(杏子なら、私の住んでいる所を知っても、引かずにいてくれる……かな?)


 友達に隠し事をしたくないし、杏子なら引かないでいてくれるかもしれない。


「あの、あのね――」


 迷った末、話してみようと口を開きかけた、その時、


「うるさい、静かにしろよ」


 横から、そんな声が飛んできたので杏子と二人で声のした方に目を向けると、同じ長机に沢山の本を積み上げ、私の座る場所から椅子二つほど空けた場所に座る一人の男子学生が鋭い目つきで私たちを睨みつけていた。


「あ、ごめんなさい。葉月、行こう」


 いつもと違って愛想笑いを浮かべながら相手に謝った杏子は、私の腕を強引に掴んで席から離れようとする。


「え、あ……うん」


 私たちが席を立ってもなお鋭い目つきを向け続ける彼に、若干の恐怖を感じた私は、


「す、すみませんでした。うるさくしちゃって」


 軽く頭を下げて謝罪の言葉を口にしてから、杏子と二人、本を戻しに本棚の方へ逃げで行った。


「はぁ、怖かった……うるさくしたのは申し訳なかったけど、あんなに怒らなくてもね」


 奥の本棚までやって来て私がそう呟くと、杏子は溜め息を吐きながら言葉を続けた。


「アイツは普通じゃないから仕方ないよ」

「え? 今の人、杏子の知ってる人なの?」

「え? 知ってるも何も、同じ学部じゃない。まぁでも、仲良い人も居ないし、居ても一番後ろの席で寝てるだけだから仕方ないか」

「そうだったの!?」


 私は杏子に言われるまで彼の事を全く知らなかった。


 彼の名は小谷こたに 怜央れお。杏子は彼と同じ高校出身だったようで色々と教えてくれたのだけど、彼は全くと言っていい程人と関わらないらしい。


「あ~あ、何だか気分悪い。今から調べ物再開する気にもなれないし、今日はもう帰ろっか」

「そうだね」


 すっかりやる気を失くした杏子に同調した私は本を棚に返して図書館を後にした。



「それじゃあ、またね」

「うん、またね」


 大学を出て、人通りのある街中までやって来た私たち。


 杏子はバイト先に直接向かうからと駅とは反対方向の道を、それを見送った私は駅へ続く道に入って行く。


 電車に揺られる事約十分、アパートの最寄り駅で降りた私は道を歩きながら今日の夕飯は何にしようか考えている最中、ふとお米がもうない事を思い出した。


(ああ、まずいな……昨日で使い切っちゃったんだ)


 米がなければパスタでもうどんでもいいのだけど、あいにく家には代わりになるものが何も無い。


(仕方ない、スーパー寄ってお米買って帰ろう)


 アパートまで残り数メートルという距離に居た私だけど、そのまま素通りしてスーパーへ向かって行った。

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