「トモル!」
ハインツは僕の腕を掴むと同時に、僕の体を彼の胸元に勢いよく引き寄せた。僕を抱きしめるとコウヨウ達を睨みつけていた。
「私の弟に何をしているんですか?」
ハインツの言葉に今は兄弟設定だということを思い出した。危うく、ハインツの名前を叫ぶところだった。
「なんだ兄貴と来ていたのか。」
「何をしたと聞いているんです。」
「そんなに怒るなよ。俺はあんたの弟が男に無理やり連れていかれているのを助けたんだぜ?」
ハインツはコウヨウの言葉を信じていないようだった。
「に、兄さん。あの人が言ってることは本当だよ。ごめん、僕何もできなくて。」
「そう…だったのか。…疑ってしまってすまない。助けてくれたこと感謝します。ありがとう。」
ハインツは、コウヨウに向かって頭を下げると僕の手を取った。
「トモル行こう。」
ハインツに手を引かれ、歩き出そうとした。その時、コウヨウが僕を引き留めた。何かと思えば、僕の顔の前に手を出し、指を鳴らした。音が鳴った瞬間、手の中に小さな花が一本握られていた。急なマジックに驚いた。コウヨウは僕に花を握らせた。
「出会った記念に。」
「え、あ…ありがとうございます!」
花を受け取ると、ハインツは早足で歩きだした。僕は振り返りコウヨウにお辞儀をした。コウヨウは手を振ってくれたが、僕はそれを返せなかった。
「ごめん、怒っている?」
「トモル…違うんだ。」
ハインツは歩みを止めて僕の顔を見つめた。
「トモルを一人にした私が悪いんだ。トモルが謝ることじゃない。」
ハインツは今にも泣きそうな顔をしていた。そんなハインツを見て、僕は無意識に彼を抱きしめていた。
「ハインツのせいじゃないよ。」
僕はハインツにしか聞こえないように彼の名前を呼ぶ。ハインツは「ごめん」ともう一度、僕に謝罪をしたと思ったら、いつも表情に戻っていた。
ふと横を見ると花が売られていた。
「に、兄さん。花を買ってもいい?」
「あぁ、もちろん。でもどうして花?」
「ステファンに買っていこうと思って。ヒカルも花好きだし、お土産として買いたくて。」
僕は、白い花とピンクの花、オレンジの花を一本ずつ買った。その様子を見てハインツはどこか悲しそうだった。
「どうしたの?」
「いや、綺麗な花だと思って。」
どう見ても花が綺麗という反応ではない。花の横にはステファンが話していたブレスレットが売っていた。好きな人に渡す星のブレスレット。好きな人に渡すブレスレットなんて、相手もその意味を知っていたら、ほぼ告白じゃないか。
ハインツは花を見つめている。今なら急いで買えばハインツにバレずにブレスレットを買うことが出来る。僕は店主のおばさんに小さな声で星のブレスレットを頼んだ。おばさんは「はいよ」とだけ言って、紙袋にブレスレットを入れてくれた。このブレスレットの意味を知らなかったと言って渡せば、僕がハインツが好きだということもバレずに済む。しかし、いつ渡そう。
「…トモル。トモルと行きたいところがあるんだけど、一緒に来てくれる?」
「え!もちろん。」
ハインツは僕の手を取った。今日はハインツとよく手を繋いでいる。そんなことを考えてるとハインツは足を止めた。随分、高い丘に来た。下を向けば街の光が輝いて、上を見上げれば空にはたくさんの星が煌めいていた。最高な景色だった。
「すごい…綺麗すぎて何も言えない。ハインツはよくここに来るの?」
「城への帰り道なんだ。毎年、この日は街の光だけじゃなくて、星の光もよく見えるんだ。トモルと一緒にこの景色を見ることが出来てよかった。」
繋がれた手はまだ解けていない。話すタイミングを失ったわけではない。出来るならこの手の温もりを手放したくなくて、手を繋いでいたことを忘れたフリをしているのだ。
「そうだ。ハインツ、さっき花屋でブレスレットを買ったんだけど…」
「トモル、そのブレスレットがどういうものか知っているの?」
手に持った紙袋の中に星のブレスレットが入っていることをハインツが知っているはずはない。それなのにハインツは、ブレスレットの形を知っているかのように話している。
「…知っているよ。願いが叶うブレスレットなんでしょ。」
「そうなんだけど、星形のブレスレットはなんの願いを叶えるのか知っている?」
「…それは、知ってるよ。」
やっぱりハインツは、僕が何を買ったのか分かっているようだった。
「それをステファンにあげるの?」
「え?何を言っているの?」
「…ステファンへの贈り物じゃないのか?」
「ち、違うよ!これは…これは。」
ハインツの予想外の発言に僕は驚いた。僕がブレスレットをステファンにあげると思っていたなんて、どうしてそんな考えが思いついたのか理解が出来なかった。
僕は繋いでいた手を解き、ハインツの手首にブレスレットを付けた。その行動にハインツは飛んで驚いていた。
「これはハインツにあげたかったの。…日頃のお礼というか。よ、よく知らないけど星形は健康運とかなんでしょ。」
「…それは誰から聞いたの?」
「…ステファン。」
ハインツは納得していないようだったが、手首に付いたブレスレットを見つめてため息をついた。
「やっぱり要らなかった?」
「そんなわけないだろう。今、私は世界で一番幸せ者だよ。ありがとう、トモル。城に帰ったら保管しないと。」
僕はハインツが喜んでくれたことに安心して、足の力が抜けてしまった。その場にしゃがみ込む。
「トモル、歩き疲れたか?結構急な坂だったから。」
「ううん。ハインツが喜んでくれてよかったって思ったら力が抜けちゃって。」
そう言うとハインツは僕を担いだ。窓から飛び降りたときのように僕を抱きかかえているが、重くないのだろうか。自分の足で歩けると言ってもハインツは僕を下ろそうとしなかった。僕は大人しく、ハインツに運ばれることにした。
コウヨウ視点
「お兄さんの顔、ハインツ第一王子に似てるような気がするのですが。」
「ツヅミもそう思う?」
助けた少年とその兄を名乗る男が見えなくなるとツヅミが口を開いた。しかし、髪色が違うだけだが、顔はこの国の第一王子にそっくりだった。思い返せば、助けた少年もどこか見たこのある顔だった気がするが思い出せない。
「そろそろ城に戻りましょう。ただでさえ、我々の国の動きを探っている輩がいるのです。怪しい動きは控えないといけません。」
ツヅミの言う通りだ。この国に来た自分の役割を忘れてはいけない。
「今日は人の多いところに幸運ありって書いてあったんだけどなあ。」
「パーティー会場にいた可能性もあります。」
「こっちのほうが人多そうだろ。」
今日のおみくじを信じ、パーティーを抜け出してきたのに成果がゼロなことに俺はがっかりした。今までこの占いが外れたことはないのに、この国では占いの力が効かないのか。そんなことを考えているとツヅミが襟をつかみ、強引に歩き出した。
「痛い痛い!自分で歩くから離せ!」
そう言ってもツヅミは俺の言葉を無視した。昔からの仲だとは言え、主人の従者だ。それなのに容赦ないツヅミの行動に俺も抵抗を諦めた。ツヅミはずっと変わらない。
「異世界人がいるとしたら、俺たちの国に連れて行くのか?」
「王はそれを望んでいます。」
「ふーん。」
異世界人なんて本当にいるのだろうか。急に親父に呼び出されたと思ったら、隣の国が異世界人の召喚魔法を成功させたと噂があるから行ってこいと言われただけだ。俺は異世界人なんて興味ないし、どうでもいい。どうして、親父はそんな奴らを欲しがっているのだろう。
「ツヅミは異世界からの人間がいると思うか?」
「いたら面白そうですけど。」
「面白そう…ね。親父は新しいおもちゃが欲しいだけだぜ。奴隷制度が無くなってから、簡単に遊べなくなったからな。」
「コウヨウ様、誰かに聞かれていたらどうするのですか。」
ツヅミはようやく歩みを止めた。
「異世界人なら人権が無いとでも思っているのかね。あのクソ親父。」
「コウヨウ。」
ツヅミは俺を睨みつけた。
「分かってるよ。やっと親父の管理下から出られたんだ。少しくらい愚痴ってもいいだろ。」
襟を掴んでいた手を振り払い、自分の足で歩く。ツヅミが後ろからついてきているのを確認する。あいつは何も言わなかった。