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第24話

 僕は、ソファに座り本を読んでいた。気が付くと、窓の外はオレンジ色になっていた。それを眺めているとハインツが戻って来た。ハインツは今までパーティー会場にいたので、服装がいつも以上に輝いていた。装飾も多く、アクセサリーもつけている。しかし、その輝かしい衣装にも負けない顔面にため息をついた。そんな僕を見てハインツは「似合ってなかったか?」と聞いてきたので「かっこよすぎて呆れた」と返したら笑っていた。

 ハインツはベッドの下から箱を取り出した。その中にはローブとシンプルな服と香水の瓶のようなものが入っていた。


「王族だとバレないように服を用意したんだ。髪の毛の色もこの道具を使えば変えることが出来る。」

「へー、すごい。魔法道具ってこと?」

「あぁ。ステファンが用意してくれたんだ。」


 そう言ってハインツは、香水を吹きかけるように魔法道具を使った。すると、ハインツの髪の毛の色がみるみる変わっていった。金色だった髪の毛は、暗い黒色に変わった。黒いのになぜか輝いているように見えるのは気のせいだろうか。それに髪の毛の色が変わったところで、顔はハインツのままなのでバレるのではないか疑問に思った。


「黒も似合うだろう?」

「似合っているけど、それだけじゃバレるんじゃない?」

「これで何回も街に出向いているが、私だとバレたことはないから心配はいらないよ。」


 こんなイケメン、髪の毛の色が変わったところで何も変わらないだろうに、王子だとバレないなんてことがあるわけない。この国の人達はみんな美男美女じゃないと説明がつかない。そんな事を思っていると、ハインツは僕の髪の毛にも魔法をかけた。

 僕の髪の毛は、黒から金髪に変わっていた。


「なんで僕も?!」

「ノエルも国民に顔は知られているからね。ノエルがいると思われたら大事になるよ。」

「うぅ…僕に金髪は似合わないよ。」

「何を言っているんだ。最高に似合っているよ。」


 そう言ってハインツは僕に服を渡した。その服に着替えてローブも羽織る。


「そういえば、どうやって街に行くの?城の周りには警備の騎士の人達がいるよね?廊下にも人はいるし…ってなんで窓を開けているの?」

「ここから庭に出るんだ。少し歩いたところに抜け穴がある。警備の位置は把握しているから大丈夫なはずだ。」


 ハインツは窓の外を見まわす。誰もいないことを確認してから、僕の目の前に手を差し出した。


「ハインツ…ここ二階だよね?まさか飛んで下りる気じゃないよね?」

「まさか。でもそんな感じかな。大丈夫、私を信じて。」

「…」


 僕は恐る恐るハインツの手を取った。するとハインツは僕を引き寄せて抱きかかえた。そして、そのまま窓から飛び降りた。驚いて僕はハインツにしがみついた。声を出すと警備にバレるので必死に叫び声を殺した。ぎゅっと強く瞑っていた目を開けると、草木が見えた。どうやら無事に地面に着いたらしい。

 ハインツは僕を下した。二階から飛んだというのにハインツはなんともない顔をしていた。僕が何が何だか分からないでいるのに、そんなのお構いなしにハインツは僕の手を引いて歩き出した。


「今、なにが起きたの?」

「…全部、魔法のおかげだよ。あ、ここだ。」


 そう言ってハインツが指を指した方を見ると本当に壁に抜け穴があった。どうしてこれがバレていないのか。

 その穴を抜けると、壁の外に出た。そこからは早かった。もう夜になったのに街は賑わっていた。出店もまだまだたくさん出ている。通り過ぎる人はハインツが王子だと気づいていなかった。僕もノエルだと思われていないようだった。

 ハインツは僕の手を取って歩き出した。


「トモル何が食べたい?まだ何も食べていないだろう。せっかくだから買って、その辺で食べよう。」

「ハイン…」


 僕はハインツの名前を呼ぼうとしたが、すぐに口を噤んだ。いくら顔がバレないとしても名前を呼んだらいけない。ハインツの事をなんて呼ぼうか迷った結果、僕はとんでもない呼び方をしてしまう。


「ま、待って兄さん。」

「え?」


 僕はやらかしたと思った。なんて呼ぶのが正解なのか分からなくなり、咄嗟に出た言葉が「兄さん」だった。ハインツも“兄さん”なんて呼ばれて驚いているようだった。何も言われず、沈黙が続いた。僕は恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じた。二人して固まっていると、後ろから走ってきた子供がぶつかった。

 僕はバランスを崩してしまい、ハインツに倒れ込んだ。


「トモル!大丈夫?」

「う、うん。ありがとう…」

「兄さんでいいよ。私の名前は言えないからね。」

「…分かった。」


 そう言うとハインツは再び歩き出した。近くにあったホットドッグを注文し、噴水広場で二人並んで食べた。


「美味しい…!」

「良かった。他にも食べたいものがあれば言うんだよ。なんでも買ってあげるから。」

「そんな悪いよ!」

「私がそうしたいんだ。だから遠慮しないで。」


 ハインツは僕の口の端についていたケチャップを紙で拭った。


「あ、ありがとう。」

「どういたしまして。」


 どうしてハインツは、こうも恥ずかしいことを平気で出来るのだろうか。こちらが恥ずかしくなって困る。しかし、周り人たちも騒いでいて、イルミネーションが輝いている噴水広場では、僕の赤くなった顔も目立たない。


「ゴミを捨ててくるからここで待っていて。」

「分かった。」


 そう言ってハインツは、ゴミ箱を探しに行った。ハインツが見えなくなってすぐ男が声をかけてきた。僕の顔を見て、気持ち悪い笑みを浮かべた。


「君、一人?」


 返答に困っていると男は僕の腕を掴んだ。


「い、痛いです!」

「いいところに連れて行ってあげるよ。」


 腕を振り払おうとしてもびくともしない。怖くて声も上手く出ない。こういう時のために筋トレでもしておけばよかったと後悔した。男は僕を引っ張って、強引に歩き出した。こんな人が多いところで人攫いなんてないと思っていた僕の考えが甘かったようだ。

 力ではどうにも勝てない。ハインツの名前を叫ぼうとした時、すぐ真横から違う腕が出てきた。


「全く、祭りの日にもこんなクズがいるなんて。」


 そう言って、男の腕を捻り上げた。ハインツかと思ったが、全くの別人だった。赤髪に一つ結びの見覚えのある男だった。褐色の肌に大きな金色の耳飾りをつけている。ゲームの攻略対象キャラだ。


「あんた大丈夫?」


 僕を連れて行こうとした男は、「クソッ」と吐き捨てて逃げて行った。


「ありがとうございます。助かりました。」


 まだ手が震えている。この世界に来てから危険もなく過ごしてきたので、今の出来事は想像以上に怖かった。そして、目の前にいる追加キャラクターの登場にも驚いた。こんなストーリーになるなんて誰が想像できるだろうか。ヒカルの外出が許可されたときから、悪い予感はしていた。ようやく本当に、この世界がゲームではないことを実感できた気がした。

 この赤髪のキャラクターは隣の国の王子のコウヨウ。ゲームでは、パーティーで偶然出会った主人公のことを気に入って城に居座るという破天荒なキャラクターだ。しかし、それは表向きの性格で本当は異世界から来た主人公を調べるために送られた刺客だった。そして、こいつが出てくるということはもう一人攻略対象が増えるということだ。


「コウヨウ様、探しましたよ…って、何してるんですか。ナンパですか?」

「ツヅミ!ナンパなわけないだろ!人助けしてたんだよ!」


 コウヨウの後ろから青い髪の男が現れる。色白の肌に短い青い髪のツヅミと呼ばれた男も追加攻略対象キャラだ。コウヨウの側近のツヅミ。彼のストーリーは正直分からない。なぜなら、僕がプレイしていた時にギリギリ攻略対象キャラとして追加されたが、ツヅミは攻略対象となる予定だったのでプレイしたことはないのだ。


「俺が助けたんだよな。な?」

「正直に答えていいんですよ。この大男にいじめられたんですよね?」


 なぜか二人は言い合いを始めた。僕が戸惑っていると後ろから、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。それは間違いなくハインツの声だった。


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