「ハインツにホーリーに一緒に行こうって誘われたんですけど…本当に大丈夫なんですか?」
今日は、ステファンの執務室でノエルの資料のまとめ作業をしている。明日のパーティーにはステファンも出席するので、その準備のために図書館ではなくステファンの執務室にいるのだが、どうしても作業に集中できない。
「ステファンも知っていますよね?ハインツがパーティーを抜け出そうとしていること。」
そう言うとステファンは目を丸くした。
「ハインツ殿下が街に下りていると知っていることは誰から聞いたんですか?殿下からですか?」
「い、いえ。ステファンの事だから知っているだろうと思って。」
そう言うとステファンは納得したように頷いていたが、僕は内心ドキッとした。ハインツが街に下りていることをステファンが知っていると、ストーリーで彼自身が話していた。そのたびに使い魔で跡を追わせていると、何かあってもすぐに対応できるようにしていると言っていた。ハインツが子供の頃からステファンは城にいて、ハインツの家庭教師として仕えていたこともあるから、ハインツが心配なのだとも言っていた。
「ステファンは抜け出さないんですか?」
「そうできたらよかったのですが、ハインツ殿下の代わりに客様の相手をしないといけませんから。」
「そうなんですか。ステファンとも行きたかったです。」
僕がそう言うとステファンは「私もです」とだけ返した。本当にステファンとも街に行ってみたかった。最初に誘ってくれたのは彼だったので、少し罪悪感があるのだ。僕が気まずそうにしているのを察したのか、ステファンはクッキーをテーブルの上に置いた。
「トモル君、気にしないでください。私と一緒に行くのは、“ハインツ殿下が行けなかったら”の話ですから。」
「でも…」
「…私のことは気にせず、デートを楽しんでください。」
ハインツは僕をからかうように言った。昨日ヒカルに言った言葉をそっくりそのまま言われた。僕は「デートじゃない」と言おうとしたが、誰が見てもこれはデートだ。何も言えず、悔しがっているとそんな僕を見てステファンは笑った。
最近、ステファンはよく笑っている気がする。ハインツと話しているときも、アルバとヒカルが言い合いをしているときも、僕と話をしているときも…。ゲームでもあまり表情が変わらないキャラクターだったのに不思議だ。
「ステファンは最近よく笑いますね。」
「…そうですか?」
「はい。なんだか楽しそうです。最初はずっと真顔だったので少し怖かったですけど、最近はステファンの考えていることが分かる気がします。」
「…無意識でした。」
ステファンはそう言うと考え込むように黙ってしまった。僕は気分を悪くしてしまったのかと思って謝るがステファンは「謝る必要はありません」と言って、作業に戻ってしまった。僕もクッキーを齧りながら、作業に戻ることにした。
城では明日の歓迎パーティーのために準備で大忙しだった。あちこちから声が聞こえ、メイドたちが走っている音が時折聞こえてくる。ハインツと昼食を食べる予定だったが、時間になっても部屋に来なかったので先に食べているとセバスが、問題が発生し、その処理に追われていると教えてくれた。結局、ハインツは夜まで準備に追われていた。部屋に戻ってきたかと思えば、すぐにベッドに倒れ込んだ。
「お疲れ様、今日は大変そうだったね。」
「トモル…すまない。」
「何が?」
「昼も夜も食事を一緒に取れなかった。約束したのに…申し訳ない。」
ハインツはそう言って、泣きそうな顔をするが僕は思わず笑ってしまった。
「なんで笑うんだ!」
「だって、そんな事で謝られるなんて思ってもなくて…アハハ!」
笑っている僕を見て、ハインツは「そんな事じゃない!」と怒っていた。だって、あんなに申し訳なさそうな顔をしているから、「街に行けない」と言われるかもと一瞬でも心配していたのに、食事を一緒に取れなかったことを謝られるなんて思わないだろう。笑ってしまうのも仕方ない。
「そんなに笑わなくてもいいだろう。」
あまりに僕が笑うから、ハインツは不貞腐れていた。
「ごめんごめん。明日、街に行けなくなったのかと思って。そうじゃないって分かったら安心してさ。」
「街には絶対行くよ。その約束は死んでも守る。」
僕の言葉に安心したのか、ハインツはいつもの笑顔に戻っていた。
「ねえ、ハインツはまだ夕食も食べてないんだよね?」
「そうだよ。待ってて、すぐに食べてくるよ。」
そう言ってハインツはベッドから起き上がった。
「僕も行く。」
「トモルは部屋にいて、すぐ戻ってくるから。」
「…僕もまだご飯食べてないんだ。」
僕の言葉にハインツは驚いて、慌てていた。
「どうして?!まさか私を待っていたから?早く用意しないと!」
「お、落ち着いてハインツ!」
ハインツの腕を掴むとすぐに動きが止まった。彼は僕を心配そうな顔で見ている。
「お腹空いただろう。今、セバスに用意させるから。」
「ハインツの方が空いているでしょ。僕がハインツ一緒に食べたいから待っていたんだ。だから謝らないでよ。」
「…嬉しいよ。」
そう言ってハインツは微笑んだ。柔らかい笑顔だ。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、その勇気が出ない僕はやっぱり弱虫だった。
次の日、目を覚ますとハインツが僕のベッドに座っていた。これで寝顔を2回も見られてしまった。いや、3回か。
「おはようトモル。すまない、起こしてしまって。」
「おはよう…大丈夫だよ。どうしたの?」
「私はもう準備をしないといけないんだ。朝食はメイドが時間になったら持ってくる。一緒に取ることが出来ないんだ。昨日からすまない。」
ハインツはそう言うと、僕の髪を撫でた。
「ううん…大丈夫だよ。頑張って。」
「ありがとう。…夕方には階乗を抜け出せると思う。私の部屋で待っていてくれ。」
「…分かった。」
ハインツは僕が頷くのを見ると立ち上がって部屋を出て行ってしまった。寝ぼけた脳みそは徐々に覚醒していき、ハインツに髪を撫でられたことを理解した。僕は恥ずかしくなって、毛布の中に勢いよく潜った。頭を撫でられただけで嬉しがる単純な脳みそに嫌気がさす。今日の予定が無くなってしまうかもしれない不安も、すぐに吹き飛んでしまう。恋をするとIQが下がるというのは本当のことだった。すべて都合よく解釈してしまう。恋をしていると幸せを感じやすいのはそういう事だろうか。
今日はステファンもパーティーの準備に忙しいだろうし、夕方まで何もすることがない。ヒカルもアルバと街へ行ってしまう。あの二人はうまくいくのだろうか。限定イベントのせいでこれからのストーリーが予想出来ない。限定イベントと言っても、本編に影響を与えることはないと思うが、何が起きるかは分からない。
追加の攻略キャラは登場しないのか。考えても分からないことが多くなった。どんどんストーリーから離れている気がする。嫌な予感がするわけではないが、不安が募る。
とりあえず、今日は城の人達の動きが激しいので僕は部屋にいた方がいいだろう。一部の人が僕のことを知っているとはいえ、ヒカルのように活発に動かないで欲しいとステファンからも言われたのだ。
だからと言って、することが無いのは暇だ。寝ようにも、ずっとベッドの上と言うのはセバスさんにいい顔されないだろう。朝食を取ったら、本でも持ってきてもらうかとベッドから体を起こした。