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第22話 ハインツ視点

 いつも通り、トモルと昼食を取って仕事に戻る。明後日には他国の貴族を歓迎パーティーがある。今はその準備で誰もが忙しい。父上には今回のパーティーの準備をすべて任されそうになったときは正直焦った。毎年、パーティーから抜け出していることがバレてしまったのかと思ったが、王になる私に仕事を少しずつ引き継がせたいのだろう。

 しかし、私は今のところ王になるつもりはない。なぜなら、トモルがいるからだ。トモルが私の気持ちを受け入れてくれて、この世界に残るというのなら、どこか遠い国で二人だけで暮らしたい。だが、トモルが元の世界に帰るというのなら今すぐにでも王になった方が都合がいいかもしれない。

 それでも、私に王の素質があるとは思えないのだ。今は父上も厳しくは言わないが、決断する時は近いだろう。

そんな事より、今はステファンの方が心配だ。奴はトモルのことが好きだと思う。今まで私が見てきたステファンはあんな顔をしない。私の勘違いだとしても、胸の奥がずっとざわついている。しかし、それをトモルに伝えることはできない。

どうしたものかと考えていると、庭園にヒカルとアルバの姿を見つけた。いつものヒカルの散歩だろう。私は、無意識に庭園の方へ歩いていた。


「ヒカル、アルバ。」

「あれハインツも散歩?」


 ヒカルも元の姿に戻っていて、相変わらず明るいままだった。アルバは目の下に隈が出来ていて、機嫌が悪そうだった。


「散歩なわけないだろう。ハインツ殿下、何かご用でしょうか。」

「話が早くて助かる。相談があるんだが、顔を貸してくれないか。」

「今は無理です。ヒカルを一人にするわけにはいかないので。」


 私も時間があまりない。仕事をさぼっていることがセバスにバレたら怒られてしまうから手短に済ませたいのだが、困ったという顔をしているとヒカルが口を開いた。


「アルバにしか話せない内容なの?私いちゃダメなの?」

「うーん。トモルと他の者達に秘密にしてくれると約束出来るなら居ても構わない。」

「する!約束する!」


 ヒカルは興味津々のようだった。


「…まさか、相談ってトモルの事ですか?」

「そうだが、ダメか?」


 アルバは面倒くさそうな顔をしている。それと反対にヒカルはなぜか顔を輝かせて嬉しそうだった。


「あまり時間がないから、手短に言うよ。トモルとステファンが二人きりになることを出来るだけなくしてほしいんだ。」

「それは無理です。」

「なぜ?」


 私の願いにアルバはすぐに突き放した。


「先生とトモルは転移についての情報探しで、私とヒカルはノエルさんについての情報を集めると分担されているからです。」

「二人はよくトモルと一緒にいるじゃないか。」

「この散歩にたまに誘うくらいです。」


 私がどうしたものかと悩んでいるとヒカルが口を開いた。


「ハインツはトモルのことが好きなの?」

「そうだ。」

「じゃあ、いい事教えてあげるよ。」

「いい事?」


 ヒカルは私がトモルを好きということには何も触れなかった。ヒカルの世界ではそれが普通なのか。どっちにしろ、説明する手間が省けた。


「明後日のお祭りあるじゃん?」

「オマツリ?」


 ヒカルが発した単語が理解できないでいると、アルバがホーリーのことだと教えてくれた。


「あぁ、ホーリーか。それがどうかしたのか?」

「さっきステファンとトモルの三人で話していたんだけど、トモルが街に行きたがっていたからトモルを誘ったら二人になれるんじゃない?」


 私はヒカルの言葉にハッとした。アルバもヒカルの言動に驚いているようだった。


「何を言っているの?殿下がパーティーに出ないとか問題になるでしょ。」

「そこは王子権限でどうにか。」

「馬鹿じゃないの。」


 アルバとヒカルが言い合っている。


「ヒカル!天才だ!」


 ヒカルは得意げな顔をしている。


「でしょ。それで私も街に行ってみたいんだけど、外出許可出してくれる?アルバと行きたいの。」

「はあ?!何言ってんの?」


 ヒカルの願いを私は了承した。それに対してアルバは戸惑っているようだった。アルバが私に本気なのかと聞いてきた。頷く私にアルバはため息をついた。ヒカルの外出許可は王である父上にも了承を得ないといけない。多分何とかなるだろう。

 窓の方を向くと、セバスの姿が見えた。きっと、私を探しているのだろう。


「ありがとうヒカル。もう行くよ。」

「うん、またね。」


 二人に別れを言って、仕事に戻る。執務室に行くとセバスがすでに待っており、サボっていたことがバレてしまった。それでも私の頭の中では、トモルと街で何をしようかという思いでいっぱいだった。


 ヒカルの外出許可のために父上に会いに行く途中でステファンに会った。


「ステファン?何をしているんだ。父上に何か話があるのか?」

「ハインツ殿下こそ、滅多に顔を出さないのにどうしたのですか。」


 昨日のこともあり、ステファンとは少し気まずい雰囲気が漂っている。


「ヒカルが街に行きたいというから父上にその許可を取ろうと思ってな。」

「それは奇遇ですね。私もその件のことをお話ししようと思い…ヒカルさんは行動が早いですね。」

「ちょうどいい、ステファンもいるなら父上を説得する時間も短縮できる。」


 案の定、父上からは外出の許可が出た。護衛を連れて行くこと前提だが、許可を取れただけいいだろう。


「ステファン、急に午後の予定が入ったとか言っていたがまさかこれのことか?」

「これだけではありません。午前中にするはずだった、書類の整理と実験の報告書を作っていました。」


 ステファンはいつもと変わらず無表情だった。


「ハインツ殿下は今年もパーティーから抜け出すのでしょう?」

「は?!お前知っていたのか!」

「毎年、会場にいるのは最初だけでしょう。国王に一度、どこへ行ったのか調べて欲しいと言われ、使い魔に跡を追わせたことがあるので。」

「じゃあ父上も知っているのか!」


 私は「最悪だ」と頭を抱えているとステファンは父上に報告していないと言った。


「父上に言っていない?」

「はい。最初からそうだろうと思っていましたから。国王には部屋にいたと報告しました。」

「どうしてだ。」

「昔から街に行っていたじゃないですか。」

「…そこまで知っていたのか。」


 ステファンにはすべてお見通しだった。隠し通せていたと思っていた自分が恥ずかしくなった。ステファンにバレているということはセバスにもバレているはずだ。


「トモル君も連れて行くのでしょう。気を付けてください。他国に彼らの存在が知られている可能性があります。」


 ステファンの言葉に思考が止まった。


「トモル達の存在が知られている?どういうことだ。」

「まだ不確定ですが、隣国の動きが怪しいと報告が来ています。急に魔法科学の研究に手を出し始めたとか。」

「…」

「落ち着いてください。客観的に見れば、不思議な事ではありません。」


 私は拳を強く握り締めていた。


「…私はパーティー出ないといけません。念のため、使い魔に監視させます。お許しください。」

「構わない。」

「あまり気を張らないでください。せっかくのホーリーなのですから。」

「分かっている。」


 私はそう言って、ステファンを置いて執務室に戻った。そこにはまだ仕事が残っていた。しかし、気が付けばいつの間にか書類はすべてなくなっていた。時計を見ても、夕食の時間まで余裕がある。こんなに早くに終わったのは久しぶりだ。早くトモルに会いたい。そう思って、彼がいる部屋に急いだ。

 部屋に入るとトモルがソファに横になり眠っていた。柔らかい素材のソファとはいえ、体を痛めてしまうのではないか。それにもう少しで夕食の時間だ。こんなところをセバスに見られたら、きっと怒られてしまう。でも、起こすには申し訳ないほどよく眠っている。

 トモルを見ているとさっきまでの不安もなにもかも忘れてしまう。私にはトモルだけいればいい。それを邪魔する者は許さない。トモルに好かれていると自負しているところはある。それでもトモルは魅力的だから、すぐ人を虜にしてしまう。いつも私の心を揺さぶる。


「私だけを見ていて。」


 そう呟いてもトモルには何も聞こえていない。


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