「ハインツ?トモルはハインツと行きたいの?」
ヒカルの言葉に心臓が跳ねた。
「い、いや…ハインツはこの国の王子だから街に行ったら騒ぎになっちゃうから行かないのかなって思っただけ。」
僕は焦りで、声が上手く出せない。ヒカルはそんな僕を不思議そうに見ていた。そんな僕を見かねてかステファンが助け船を出してくれた。
「ハインツ殿下はホーリーに出ることはありませんね。街で出店が出るように城ではパーティーが行われますので。」
「パーティー?」
パーティーという単語にヒカルが食いついた。
「はい。ホーリーでは各国の貴族が訪れますので、歓迎パーティーを城で行っています。ハインツ殿下はそれに出席しないといけないんです。なので、街に下りることは出来ないでしょうね。」
「そう、ですよね。」
僕は肩を落とした。ストーリーでもパーティーがあり、そこで新しい攻略キャラが登場する。今のヒカルはアルバルートを順調に進んでいるので、ルートが変更することはないだろう。しかし、ここでは好感度が極度に低いと他のキャラクターに攻略を変更できる。普通のストーリーでは街ではなくパーティーでイベントが発生する。ヒカルが大人しく部屋で待機出来るとは思えないので、確実に他の攻略キャラとの接触はあるだろう。それでアルバのヒカルに対する気持ちが強くなる必須のストーリーだ。僕には関係ないことだ。そのパーティーに僕は参加できないのだから。これが普通のノエルだったらハインツの傍で護衛をしていたのだろうが、今の僕にはそんな力もない。むしろ僕が守られる方だろう。
「ハインツが行けないなら私たちと行けばいいんだよ。」
ヒカルは僕の肩を掴んだ。
「いやいや、そこは二人でデートしてきなよ。」
僕がそういうとヒカルは顔を赤くして「デートじゃないし!」と背中をポコポコと叩いた。
「トモル君。」
ハインツに名前を呼ばれ、彼の方を向いた。
「ハインツ殿下が行かないと仰る場合は、ハインツ殿下の代わりに私が行ってはダメでしょうか。」
「え、ステファンとですか?」
ステファンの提案に僕は驚いた。
「まだ外出の許可が出るかは分かりませんが…どうでしょう。」
「僕は大丈夫ですけど、ステファンはいいんですか?仕事とかあるんじゃ。」
「少しの遅れはすぐに取り返せます。心配いりません。それに…街でブレスレットがたくさん売られていることを知っていますか?」
ステファンはそう言って、一枚の紙とペンを取り出した。そこに星のストラップが釣り下がったブレスレットの絵を描いた。
「わあ、ステファンは絵が上手だね。この国はブレスレットが有名なの?」
「この国に昔から特別な石から作ったブレスレットを身に付けると願いが叶うという言い伝えがあるんです。その石が何かは分かってはいないのですが、人々は様々な石でブレスレットを作って身に付けているんです。」
「へえ。」
ステファンの話は僕も初耳だった。ステファンは話を続けた。
「願いによって色や形が違っていて面白いんですよ。例えば、お金持ちになりたいという願いのブレスレットは黄色のコインの形の飾りがついています。」
「へー!可愛いね!」
「本当にたくさんの願いのブレスレットがありますよ。そうですね…恋が叶うとかもあるかもしれません。意中の相手に送るブレスレットは確か星型だった気がします。」
その言葉に僕とヒカルは固まった。ステファンは珍しく微笑んでいる。ヒカルは「からかわないで!」とステファンに向けて頬を膨らませている。僕は何も言えず、顔の熱が引くように手で仰ぐ。
「ハインツ殿下にお土産でも買いましょう。」
「…はい。」
ステファンは僕の目を見た。僕はそれに頷くしかできなかった。それによって、ヒカルにも僕がハインツのことを好きだということがバレてしまった。それからはヒカルの質問攻めにあい、いつの間にかお昼になっていた。昼食を食べるためにハインツのところへ行こうとすると、アルバが走って部屋に入ってきた。どうやら始末書は書き終わったらしい。
「嬉しい!アルバと庭園に行けるんだ。」
ヒカルはアルバの姿を見て嬉しそうだった。僕はそんな二人を横目に部屋を出た。ここ最近、ハインツが忙しそうにしていたのはパーティーがあるからだったと納得した。ステファンからも前からその日は部屋から出ない方がいいと言われていた。
ゲームでは時間感覚もないので分からなかったが、この世界に来てから日は経っていないのに、もう追加キャラ登場のパーティーがあることに驚いた。しかしストーリー通り、街には出向けないだろうから、ヒカルと新キャラたちの絡みをひっそりと見守ろうと思っていた。あの時までは…。
ハインツの部屋に戻ると、彼はすでに部屋にいて僕を待っていた。昼食を食べてから図書館へ行こうとすると、ステファンの執事ルイから午後から他の仕事が入ってしまって行けなくなったと言われたので、僕はソファで一息つくことにした。
もしも、ハインツと街へ行けたらどんな感じなのだろうか。出店で食べ物を買って、食べ歩きをするかもしれない。二人で歩いて、ハインツが王子だとバレてしまったら、彼は僕の手を取って走ってくれる。そんなありもしない妄想が頭の中を駆け巡って、止まらない。ストーリーで街に行かないことは分かっている。だから、ハインツと二人で出かけられないことは仕方のない事だと思っていたが、想像以上にショックを受けている僕がいた。妄想しては街へ行けない現実に落ち込む。それだけを繰り返している。そうしているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。
目が覚めるとハインツが顔を覗いていた。びっくりして飛び起きるとハインツもびっくりしていた。
「ごめん!起こそうかと思ったんだけど、よく寝ていたから悪いなと思って…」
「だ、大丈夫。ここで寝ていた僕も悪いし…」
僕は髪の毛を整える。時計を確認すると夕食の時間が近づいていた。そのことに僕は驚いた。夕食前まで寝てしまったことにではない。ハインツが夕食の時間より前にこの部屋にいることに驚いたのだ。いつもなら夕食の時間ギリギリにハインツはこの部屋に到着する。そのあとも残りの仕事をするため部屋を出て行くほど忙しい彼が、時間に余裕があるとは思えない。
「なんでハインツがいるの?」
「私の部屋だからかな。」
「そういう事じゃなくて!もう仕事終わったの?」
「今日は早めに切り上げたんだ。トモルに言いたいことがあって。」
「言いたいこと?」
ハインツはソファに座らずに僕の正面で膝をついたままだ。
「明後日、街でホーリーがあるのは知ってる?」
「うん、ヒカルが行きたがっていたやつだよね。」
「そう。一緒に行かない?」
想像もしなかったハインツの誘いに僕は目を丸くした。
「え!ハインツはパーティーに出るんじゃないの?ていうか、外出許可が取れないでしょ。」
ゲームのストーリーではそうだった。街には行けない。だからパーティーで新キャラが登場する。街に出てしまうとそのイベントは無くなり、キャラクターは登場しないことになる。ここまでゲームのストーリー通りに物事は進んでいたのに、ここでイレギュラーが発生するなんて…。
「ヒカルとアルバは護衛付きで許可されたんだ。私は…確かにパーティーに出ないといけないんだけどね。そこは考えがあるんだ。」
「でも…」
「ダメかな?」
ヒカルの外出許可が下りたことにも驚いた。どうして許可が下りたのだろうか。限定イベントもプレイしておけばよかった。それにしてもハインツは上目遣いで僕を見ている。パーティーをどうにかするなんて、抜けだすこと以外考えられない。第一王子が各国の貴族が来るパーティーに顔を出さないなんてことは考えられない。
「パーティー抜ける気でしょ。」
「おや、バレてしまった…」
ハインツは僕の隣に座った。
「ここだけの話、毎年パーティーは抜け出しているんだ。」
「…そうなの?」
「パーティーよりもホーリーの方が楽しいだろう?堅苦しいのは苦手なんだ。今回も抜けだすつもりだったんだ。だからトモル、一緒に行ってくれる?」
「…いいよ。」
僕が誘いを承諾するとハインツは途端に笑顔になった。「ありがとう」と言って僕を抱きしめた。僕も抱きしめ返すとハインツは腕の力が強くなった。
「痛いよ、ハインツ。」
「ごめん!嬉しくてつい。」
本当は僕だって嬉しかった。ハインツと出かけることが出来るなんて夢みたいだった。すごく幸せで、これがずっと続いて欲しいと思っているのに、それは不可能なことは僕が一番分かっているのに…。