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第20話

「どうしようー!私、アルバのこと好きになっちゃうかもしれないよー!」


 ステファンの部屋にヒカルの声が響く。ソファに座るとヒカルはステファンの紅茶すら待てずに話始めた。弱っているアルバを見てきゅんとしてしまったこと、元の姿に戻った時の至近距離でアルバの顔の良さに気づいてしまったことを興奮気味に話した。


「もうそのことを思い出したら、アルバの顔も見れなくて、話もうまくできなくて…」


 ヒカルは顔を赤くして、頬を両手で抑えている。表情はもう恋する乙女だが、まだ好きになってはいないのだろうか。


「それに元の姿に戻った時、私裸だったんだけどね。アルバ何も言わずに外に行っちゃって、私の体見て幻滅したのかな…」

「そんなことないよ。」


 ヒカルが悩んでいる様子を見ていたステファンも悩んだような顔をしていた。それを聞こうにもヒカルの喋りは止まらない。


「アルバに嫌われてたらどうしよう…」


 ヒカルはそう呟くと少し泣きそうになっていた。


「アルバのこと好きにならなくても友達でいたいって思うし、たくさん話したいこといっぱいあるのに…」

「ヒカル…」


 急に静かになるヒカルになんて言えばいいのか分からず、戸惑っているとステファンが口を開いた。


「アルバはいつも人にきつく当たりますが、不器用なだけなんです。私のところに来た当初、他の研究員たちと打ち解けられず喧嘩が日常茶飯事でした。彼は一人の人間を理解することに他の人よりも時間がかかるだけです。」

「そうなの?」

「はい。今の研究員たちのおかげもあって、当時より人と関わる機会も増え、人を理解するスピードは速くなってきています。それでも、ここには男の研究員しかいないですからね。ヒカルさんとの出来事に脳の処理が追いついてないのだと思います。」


 ステファンの言葉に僕は驚いた。それでも真剣に聞いているヒカルの横で大きな声を出すわけにはいかず、必死に声を殺したが表情まではどうにも抑えられなかった。


「アルバもきっと悩んでいますよ。ヒカルさんとどう接するべきか。」

「そうなのかなあ。」

「ええ、きっと。ヒカルさんからも話をしてみてはいかがでしょう。」

「話?」

「アルバは結論が出るまで長いですから。」

「それは困る。」


 ヒカルは立ち上がって「話してくる!」と勢いよく言い放ったが、「始末書が終わってからにしてください」とステファンに一蹴され、ソファに再び座った。

 僕は紅茶を啜る。ノエルの部屋の調査をすると言っていたのに、ステファンはおやつにクッキーまで出してきた。


「ノエルさんの部屋、調べに行かなくてもいいんですか。」

「別の日に変更にしましょう。元々はアルバとヒカルさんに頼んでいたことなので、仕事を取ってしまうのも申し訳ないですし。次はアルバとヒカルさん、トモルさんの三人で行ってきてください。」

「最初から行く予定はなかったですよね?昨日の事件が無ければ、この日は図書館に行く日ですから。」

「…トモル君は変なところで鋭いですよね。」


 ステファンはそう言って、ティーカップを置いた。


「ヒカルさんが毎日散歩に行っていることは分かっていましたから、今日も行くとなればアルバは同行すると言い張るでしょう。始末書が終わっていないのに、散歩に行かせるわけには行かなかったので。」

「あぁ、そういう事だったんですね。」


 僕がそういうと隣にいたヒカルが「さすがステファン」と目を輝かせている。さっきの件でヒカルのステファンへの信頼度は上がったようだった。僕も改めてステファンは頼りがいがある大人だと実感した。

 本当は僕もハインツのことを相談したかった。ステファンと話しているときは勇気が出るのに、ハインツを目の前にすると何もできない。その上、ネガティブな方向に考えてしまう。ハインツは僕のことが好きなのかと思っても、すぐにそんなわけないと考える事を諦めてしまう。その方が楽で、勝手に期待することもなく、勝手に傷つくこともない。


「トモル?聞いてる?」

「え!ごめん聞いてなかった。」

「ホーリー!明後日、街でお祭りがあるらしいの!」

「ホーリー?」


 僕がヒカルの言葉に理解できないでいるとステファンが説明をしてくれる。


「明後日は半年に一回、豊作祈願をするために街がいつもより賑わっているんです。私たちはホーリーと言っています。」

「お祭りみたいでしょ!」


 なぜかヒカルはドヤ顔をしている。


「こっちの世界のお祭りとか行ってみたいじゃん?」

「外出許可は私だけでは出せません。」

「なんでー!行きたい行きたい!」


 ヒカルは手足をバタバタさせている。ステファンは困った顔をしている。ヒカルはどうしてもホーリーという祭りに行きたいようだった。


「ヒカルさんの存在はもう他の国に知られているかもしれないんです。昨日のことも含めて、国王も心配してるんですよ。」

「えー、じゃあ国王に聞けばいいの?」


 ヒカルの言葉に僕は驚いた。王に直接話すなんてメンタルは僕には持っていない。さすがにステファンも止めると思ったが、実際はその逆だった。


「そうですね。直接話した方が早いですね。」

「え、直接話に行っていいもんなんですか。」

「まあ、大丈夫でしょう。」


 ステファンは考える事を放棄しているようだった。ヒカルは喜んでいるようだった。今にも部屋から出ようとしていた。ステファンはそれを流石に止めていた。


「一度、王に話の許可を取らないと会えませんよ。」

「えー、じゃあ明日行く!」

「分かりました。ハインツ殿下にも話してみます。」


 ステファンは執事のルイに今の内容を伝えた。


「ホーリーは出店が出るだけなんですか?」

「出店は普段からも出ているのですが、この日は他国からの出店もあるんです。珍しいものがたくさん並びますよ。」


 ステファンの言葉に僕はゲームのストーリーを思い出した。これは限定イベントストーリで僕はこのストーリーを回ってはいなかった。何が起こるのかが、想像も出来ない。しかし、このイベントで手に入れられるアイテムが何か意味があったと思ったが、それも思い出せない。


「トモル君もホーリーに行きたいですか?」

「うーん。それは行ってみたいですよ。僕がいた世界とは全然違いますから、どんなものがあるのか気になりますし。」

「そうですか。」


 ステファンは少し考えてから、クッキーを食べているヒカルに話しかけた。


「外出の件は私からもお願いしてみます。」

「え!ステファンも行きたくなったの?」

「そういう訳ではありません。様々な事を体験することはいい事ですから、お二人に興味があるのなら体験してほしいと思っただけです。」


 ヒカルは嬉しそうな顔をしている。外出できる可能性が高くなったことに興奮しているようだった。

 正直、僕も嬉しかった。ここでの生活は何不自由もないが、外という外は庭園だけで街に出ることはない。そのことに窮屈さを感じていた。この世界もきっと大きく、広いはずだ。街はどんな感じなのか、人々の服装や食べているものは何なのか。図書館で本を読んでいて、たくさんのことが気になっていた。

 街に行くとしたらヒカルはアルバも誘うだろう。そうなったら僕は邪魔ものだ。ふと、ハインツの顔が浮かんだ。ハインツは子供の頃によく城を抜け出して街に行っていたことはストーリーで分かっている。僕が誘ったら一緒に回ってくれるだろうか。その前に王子が街に出ることは許されるのだろうか。


「…ハインツはホーリーには行けないですよね?」


 僕は恐る恐るステファンに聞いた。


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