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第18話 アルバ視点

 研究室に籠って、ヒカルとトモルを人間に戻すための薬を急いで作らないといけないのに、どんなに実験を繰り返しても成功しない。それに加えて、足元では犬になったヒカルがうろついている。

 研究室は危険だから他の部屋に追いやったのに、休みなしに吠え続けて心配だから様子を見に来るか、研究室に置いておくかしてほしいとメイドに頼まれたときはめまいがした。それでも彼女たちにも仕事があるし、自分が引き起こしたものだからとゲージに入れて研究室に連れてきて吠えなくなったのはいいものの、次は僕のところへ来たがり脱走をすることが問題となった。

 脱走しては僕の足元に来て顔を摺り寄せてきたり、ズボンの裾を引っ張たりとヒカルのかまって攻撃は続いた。一度、他の研究員に踏まれそうになった。ヒカルの今の体はものすごく小さい。踏まれそうになったのに、懲りずに僕の方へ来たがった。注意をしていても、僕たちも実験に集中して気づけない時もある。調合をしている際に裾を引っ張られたときは危なかった。危うく、ヒカルに実験に使う液が掛かるところだった。

 それが引き金だったのだろう。僕の堪忍袋の緒が切れた。


「いい加減にしろ!邪魔をするな!」


 僕が怒ったことにヒカルはショックを受けていた。自業自得だ。僕は悪くないのにどこか罪悪感が残ってしまうのはなぜなのか。

 ヒカルは研究室のソファのクッションに顔を埋めていた。これで実験の邪魔をする奴はいなくなった。僕は他の研究員たちと実験に勤しんだ。それでも自分以外の奴らは連日休みなしに働いていたせいか、次々とダウンしていき研究室には僕とヒカルしかいなくなってしまった。

そうして時間は経ち、時計が23時半を指していた。僕は夕食を食べていないことに気づいて椅子から勢いよく立ち上がった。いつもはヒカルが「お腹空いた!」と言うから夕食を摂っていたが、集中し過ぎて忘れていた。ヒカルが吠えていたかもしれない。そう思ってソファを覗き込む。ヒカルは未だにクッションに埋もれていた。


「…ヒカルご飯は食べたの?」


 僕が恐る恐る聞くとヒカルは「くぅーん…」と消えそうな声で鳴いた。僕は急いで食事を持ってくるようにメイドにお願いした。数分後、メイドから食事を受け取ってヒカルの隣に座る。


「ヒカル、ご飯食べなよ。」


 僕の言葉にヒカルはのそのそと動いて、皿の上のパンを食べ始めた。いつもならもっと元気がいいのに、ご飯の事になると手が付けられないほど暴れるのに静かなヒカルが心配になった。


「ヒカル…さっきは怒鳴ってごめん。」


 僕謝るとヒカルはパンを食べるのをやめて僕の方を向いた。僕は両手で顔を覆って俯いた。そして、今の気持ちを正直に吐露した。


「怖いんだ。このまま戻れなかったら…ヒカルの世界にも帰せなくなる。早く、ヒカル達を元に戻す薬を作らないと、僕のせいで、この国に一生囚われて…」


 冷や汗が止まらない。体に血が回らず寒気もしてきた。食事も休憩も十分に取っていない体なのだから体調不良になってもおかしくない。今はそれに加えて薬が完成しないかもしれないという焦りと不安のせいで悪化が加速している。呼吸が浅くなっていく。

その時、太ももに柔らかい何かが触れる。


「ッ!…ヒカル?」


 ヒカルが僕の膝の上に乗って、慰めるように手をなめてきた。僕は思わず、ヒカルの頭を撫でた。


「僕は猫派なんだけどな…」


 そういうとヒカルは僕の膝の上で寝始めた。ご飯を食べて眠くなったのだろうか。それでも先ほどまで寝ていたのにまだ寝れるのかと感心する。

 膝の上にいるヒカルをそのままにして背もたれに寄りかかる。ヒカルがこのまま犬の姿のまま、この国にいることになったら僕が面倒を見るのだろうか。それとも違う誰かなのか。犬の姿じゃなくてもヒカルはここにいたいと思うのだろうか。僕と一緒にいたいと思ってくれるのだろうか。そんな考えが頭の中を巡った。何を馬鹿な事を考えているのだろうかと思った瞬間、ポンっという音が響く。

 音が響くと同時に、僕の体にズンと重さが伝わる。驚いて見開いた目のすぐ前によく見た顔が現れた。その体の持ち主も突然のことで驚いているようだった。数秒間、状況を理解するのに時間がかかった。体に伝わる体温で現実に引き戻された。

 ヒカルが元の姿に戻っていたのだ。ただ、服を着ていない状態で戻った。犬になった時に服は散らばっていたことを考えると戻るとき、こうなることは予想していた。しかし今、戻るだなんて誰が想像できるのか。僕は目を逸らし時計の針を見た。針はちょうど24時を指していた。ヒカルたちにかかった魔法は24時に効果が切れた。

 僕は手もとにあったクッションと来ていた白衣をヒカルに渡し、上に乗っていたヒカルを下ろし、ソファから立ち上がった。


「メイドに服を持ってこさせる。待ってろ。」


 そう言って、部屋を出る。メイドを呼んで服を持ってくるよう指示する。メイドがいなくなるのを確認してから、僕は扉の前でうずくまった。顔が熱くなっているのが分かる。きっと顔は赤くなっているのだろう。今が夜で助かった。暗い廊下では誰かに見られても気づかれない。

 そう言って自分の心を落ち着かせようとしても、心臓がずっとうるさくなっている。まだ、体にヒカルの体温が残っている。ヒカルの顔が自分の顔の近くにあることも覚えている。やっと人間の姿に戻った。戻ったらヒカルはいつものようにあっけらかんとした態度で「面白かったのにー」などと笑うと思っていた。

 ヒカルの顔を見たとき、驚きと自分が服を着ていないという恥ずかしさで顔が赤くなっていた。今まで見たこともないヒカルの顔を可愛いと思っていしまった。これも全部、疲れているせいなのだろうか。そうでないと困る。こんなのまるで恋をしているようだ。

 認めたくない気持ちとは裏腹に心臓は高鳴り続けて、もっとヒカルの顔を見たいと思ってしまっている。


「最悪だ…」


 ため息をついて呟く。好きになっても辛い未来しかない奴を好きになってしまった。目が熱くなるのを感じながら、メイドを待った。



灯視点

「トモルーほら鈴だよー。」


 ハインツが鈴のついたリボンを揺らしている。僕はそれを捕えようとジャンプしたり追いかけたりと完全に猫になっていた。ハインツは仕事をものすごいスピードで終わらせて、僕を自分のベッドに乗せた。一緒に寝るつもりはなかった。いつ、人間に戻るか分からなかったし、この姿ではいつハインツに潰されるか分からなかったからだ。

 それでもこの体では全力で拒否してもハインツにとってはただのかすり傷にしかならない。リボンを追いかける僕を捕まえてハインツは僕に頬ずりをした。


「子猫の姿でも可愛いけど、やっぱり話せないのは寂しいね。」


 ハインツは初めて寂しそうな顔をした。僕はハインツの体温で眠たくなってしまった。動かなくなった僕の姿を見て、遊ぶ気がもうないことを察し、リボンを棚にしまった。ハインツは枕の隣に僕を寝かせた。ハインツは寝ながら僕の体を撫でた。

 僕は眠気に勝てず、すぐに夢の中に迷い込んでしまった。意識がうつろの中、ハインツが僕の額にキスをしているような気がした。きっとこれは僕の都合のいい夢なのだと完全に意識を手放した。


「早く、トモルの顔が見たいよ。でも…このまま猫の姿から戻れなかったら、僕の隣にずっといてくれるのかな。」


 ハインツの重い感情を僕はまだ知らなかった。ハインツは僕に体を寄せて眠ってしまった。


次の日、いつもより暖かい朝に目を覚ましたハインツは隣にいるトモルの顔を見て心臓が止まりそうになった。一日ぶりにトモルの顔を見れたこと、トモルの寝顔を見れたことで嬉しさが爆発したのだ。

トモルが寝ている間に、堪能しようと抱き寄せようと腰に手を回してからトモルが服を着ていないことに気が付いた。ハインツの思考は停止したのちに、驚きでハインツはベッドから落ちた。その音でトモルも目を覚ました。

それに加えて、メイドが朝の支度のためにノックをしてきた。「今日は一人で準備をする!」となんとか誤魔化して、メイドを帰らせトモルのいるベッドを見るとトモルが顔を真っ赤にしてシーツにくるまっている姿が見える。ハインツはその姿に思わず、鼻血が出てしまった。

鼻血を出すハインツの心配をするも「可愛い」というハインツに呆れながら、服を持ってくるように怒った。トモルがハインツに怒ったことは初めてだったので、ハインツは感動していたが、トモルは呆れてしまった。


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