「私と親しくなるため…」
ステファンに言われた言葉を繰り返し呟く。トモルが私ともっと仲良くなりたいと思っていてくれたことが純粋に嬉しかった。さっきまで嫉妬でおかしくなっていた心も落ち着いてきている。本当に単純な脳みそで助かった。
「基本的にノエルさんについての話ですけど、相談の内容は殿下についてがほとんどです。」
「ちなみにどんなことを…」
「…食べ物は何が好きかとかですかね。」
「それはステファンは答えられるのか?」
ステファンは目をそらしながら私の質問に答えた。嘘をついているような、いないような雰囲気がするのは気のせいだろうか。
「ステファン?」
「本当です。」
「まだ事実かどうかは聞いていない。」
「なぜ殿下はトモル君の行動を気にするのですか。」
ステファンは流れるように話をすり替えた。それに不満を覚えつつも落ち着きを取り戻した心はそれを受け入れていた。なぜトモルの行動を気にするかなんて決まっている。好きだから。ただそれだけだ。
「好きだからだ。」
「…はっきり言うのですね。」
ステファンは再び呆れた顔をした。トモルに対してどんな感情を抱いているのか、私の気持ちは私が一番理解している。トモルが私のことを少しでも好意的に思ってくれていることは自負していた。それでも不安になる心は黒く濁った感情で埋め尽くされてしまう。それでもこの好きという気持ちだけは暖かくなる。ステファンにどう思われようと…いや周りにどう思われようがどうでもいい。
「あなたはこの国の第一王子なんですよ。それを分かって言ってますか?」
「もちろん。」
「殿下が良くても、それを王が許すはずありません。」
「父さんのことはどうにかするさ。」
ステファンの言葉に間髪を入れずに返す。ステファンは驚いているようだった。それでも奴も口を閉じなかった。
「そもそもトモル君も元の世界に帰らないといけません。」
「まだ帰る方法はないんだろう?」
「トモル君が元の世界に帰れず、このままこの世界に残るとしても一緒になれる可能性は低いです。」
「そんなことは分かっている。どうにかするさ。」
お互い口が閉じることはなかった。ステファンの問いに私が答える。考える時間なんて必要ない。分かり切っている問いばかり、ステファンは聞いた。もう何も思いつかなくなったのか、奴はやっと口を閉じた。珍しく焦っているようだった。顔が引きつっている。
「どうして…そこまで彼に執着するのですか。」
再び開いた口から出た質問に呆れてしまった。
「好きだから…ただそれだけだ。」
私の解答にステファンは頭を抱えているようだった。テーブルの上の紅茶はすでに冷めていた。新しく淹れようとティーポットに手を伸ばす。するとステファンがティーポット奪ってしまった。「私が淹れます。」と新しいティーカップに紅茶を注ぐ。ティーカップに紅茶が注がれていく。
並々注がれた紅茶を一口啜る。ステファンはソファに座り、ため息をついた。
「殿下の想いはよーーーく分かりました。」
「それは良かった。」
「ですが、これだけは言わせてください。」
私はティーカップをソーサーに置く。ステファンは「失礼を承知で言います。」と一言添えた。そして口を開き、こう言った。
「一方的に恋愛感情を押し付けることはただの自慰行為と同じです。」
「…は?」
「ですから、一方的に感情をぶつけることは止めませんがそれは自慰行為と同じだと…」
「それは分かった!お前から自慰行為という言葉が出たことに驚いているんだ!」
今までのステファンからは想像が出来なかった言葉だ。それは私がそんな言葉を言わないだろうという偏見のせいなのだろうか。焦り取り乱している私とは反対にステファンは落ち着いている。
「私も男ですよ?」
「それも分かっている…」
「殿下、そこだけはピュアなんですね。少し安心しました。」
ステファンは胸に手を当てて、ホッと息を吐いた。私はピュアと言われてことに恥ずかしくなり、顔が熱くなっている。
「なんでそれが安心に繋がるんだ!」
「私に変な幻想を抱いていたんですから、トモル君にはもっと幻想を抱いているのでしょう?」
「ゲン…ソウ?」
「トモル君だって男の子ですよ。年齢にふさわしい知識を持っています。」
ステファンの言葉に衝撃を受ける。思わず固まってしまう私にステファンは話を続ける。
「その様子なら無理やりトモル君に迫ることはないでしょうが、一応注意しておきます。」
「…ちょっと待て!お前、トモルにそういうことを聞いていないだろうな!?」
ステファンの言っていることが理解できないわけではない。しかし、私抜きでそのような話をしているなんて許せないのだ。ステファンに責めよっていると、奴は普段と変わらない表情で「それはどうでしょう。」とはぐらかした。
「冗談ですよ。」
ステファンはクスクスと笑った。最近、ステファンはよく笑っている気がする。彼とは長い友人として接してきた。それでもこんな頻繁に笑っている姿は見たことが無かった。なんだか、喉に小骨が挟まったような違和感が残る。
今までの記憶を思い出してみる。トモルがこちらに来る前のステファンの周りの人間に対する態度、表情、言動、思い出せるだけ多くの情報を。アルバを置いた時とも違う、ヒカルが転移したときとも違う。家族と会った時は?友人と話しているときは?
そうだ。ステファンは心を開いた相手にはよく笑いかけていた。親しい相手が少ないから思い出すのに時間がかかった。だが、まだ会って間もないトモルの話題になると表情が緩くなるのか。
「ステファン。トモルはどんな性格だと思う?」
私の言葉にステファンは首を傾げながら答える。
「性格ですか?…とても素直な方だとは思いますけど。」
そう言うステファンの表情は自分を見ているようだった。
「…そうか。」
私は肩を落とした。ライバルが出来てしまった。それも自分よりも相談相手としてステファンは頼られている。手のひらに汗がじんわり広がる。
「本当にトモルは…」
私の言葉をステファンは理解していないようだった。そのあとは、この数日で集めた情報の報告をされた。それが終わるや否や、急いでトモルがいる部屋に向かった。今すぐに彼の顔を見て安心したかった。