柄にもなく、自分の話をしてしまった。それも出会って間もない異世界から来た少年に。彼には何か力があるのだろうか。この国の第一王子に恋をしている不思議な少年。彼になら話をしても良いかもしれないと思ったのだ。
「思ったより時間を取ってしまいました。図書館に急ぎましょう。」
私が再び歩き出すと彼は返事をして後ろをついてきた。いつもは薄暗い廊下に今は太陽の光がかすかにさしている。ふと、後ろから鳴っていた彼の靴の音が止まった。
振り返ると彼は窓の外を見ていた。私も同じように外を見るとそこにはヒカルさんと話しているハインツ殿下がいた。二人の様子を眺めている彼はどこか寂しそうだった。すると、急に彼の表情が明るくなった。外に向けて手を小さく振っている。それはきっとハインツ殿下に向けてだろう。外を見るとハインツ殿下も手を振っている。
トモル君からハインツ殿下のことを相談されたときは驚いた。ノエルさんの見た目とほぼ同じだからなのか、それとも同性同士だから驚いたのか。多分、どちらも正解なんだろう。人が人に恋をすることは何も不思議じゃない。それが失敗に終わるとしても彼には後悔してほしくない。あの時は、なぜ自分がそう思うのか分からなかった。
でも今、その理由が分かってしまったかもしれない。
恋をしている彼はすごく綺麗だと思う。自分では引き出すことのできないその笑顔を私にも見せて欲しいと思ってしまった。きっと私も彼に恋をしてしまった。それでも彼の恋が実ってほしいとも思ってしまう。この矛盾した気持ちをどうすればいいのか。
「ステファン?どうしたんですか?」
「…いいえ、何でもないです。行きましょうか。」
私たちは再び廊下を歩き始めた。彼への気持ちを自覚しても、これは隠し通す。自分の気持ちに蓋をすることを私は選んだ。それが私にできる最大の行動ではないだろうか。
どうして彼のことを好きになってしまったのだろうか。私から見てもハインツ殿下は彼に特別な感情を抱いていると思う。こんな結果が明らかな恋はしていて時間の無駄なのだろう。それでも人は愚かにも恋をしてしまうのか。そんなことを考えていると彼が私の横に出てきた。
「考え事ですか?」
「…まあ、少しだけ。」
「なんだか思い詰めているような顔をしていたので、気になって。」
彼は私に心配そうな顔を向けている。最初はあんなに私の顔に怯えていたのに今は私の顔を真っ直ぐ見れていることに嬉しさを感じている私もいる。恥ずかしいとも思いつつ、それらを上手く隠している自分に称賛を与えたい。
「ステファンには相談に乗ってもらってるし、僕もステファンの役に立ちたくて。逆に足手まといになるかもしれないですけど…」
「…気遣いありがとうございます。」
私が何も言わないことに、彼は少し残念そうにしていた。眉毛がㇵの字に曲がっている。その姿に申し訳なさが募る。それでもこの気持ちを彼には話すことは出来ない。
「最近、アルバが料理の練習をしているようで。何か手伝いは出来ないかと声をかけたのですが、断られてしまって。それを思い出していたんです。」
「え、アルバ、料理出来ないことをヒカルにいじられたの気にしてたんですね。」
そう言って彼はクスクスと笑っていた。彼の隣は暖かい。びいどろを転がすように、小さなん光を放ちながら笑っている。その光は“太陽”がいることで輝いている。いずれ光も太陽のもとへ行ってしまう。それを私が止めることはしたくない。彼にはずっと光っていて欲しい。
なぜ私が彼に惹かれたのか。そんな理由は一つしかない。恋をしている彼が美しかった。ただそれだけそれだけで十分だ。
「ステファンは料理得意なんですか?」
「人並かと。」
「僕、アルバが料理できないこと笑いましたけど…実は僕も全くできません。」
彼は「秘密ですよ」といたずらに笑った。目を少し細めて、白い歯が綺麗に揃っているのが見える。
「分かりました。私からもいいですか?アルバが料理の練習をしているということも秘密でお願いします。」
「もちろん!僕たちだけの秘密です。」
彼は小指を私の目の前に差し出した。
「これは?」
「指きりですよ。ステファンの小指も出してください。」
私は彼の言う通りに小指を出した。すると、彼は私の小指に自分の小指を絡ませた。
「こうやって小指同士で繋いで…『指切り拳万、嘘ついたら針千本飲ませ!』ってするんですよ」
「ゲンマン?」
「嘘ついたら一万回殴るし、針千本飲ませるって意味だった気がします。」
「…恐ろしいですね。守ります。」
彼はまた笑っている。「本気じゃないですよ」と笑っている。初めて出会った時より笑顔が増えていると思う。それもハインツ殿下のおかげなのだろう。
彼の気持ちを応援しているのは本当だ。だからどうか、この気持ちが君に気づかれないように。今はそれをただ願うことしかできない。
ハインツ視点
最近、トモルとステファンが二人で話しているのをよく見る。メイドや臣下たちからも話を聞くほどだ。二人でお茶をしているだの、おやつの時間も楽しそうだとか。トモルに何を話しているのかを聞いたことはあるが、相談を受けているだけだとはぐらされてしまった。相談なら私が聞くと言っても、いつも逃げられてしまう。
ステファンだけでなくヒカルやアルバとも仲がいいと聞いて、私の心には黒い感情が滲んでいた。こんなに自分が黒い感情を持っていることも初めて知ったのだ。
「で、トモルと何を話しているんだ。」
目の前に座っているステファンは呆れたような、面倒くさいとでも言いたいような顔をしていた。
トモルと二人きりの時間が多いことは事実で、一番の嫉妬対象である。トモルにこんなみっともない嫉妬心を知られたくはない。それなら、ステファンに聞くしかない。
トモルとの夕食を終えて、ステファンの研究室に押しかけている。ステファンは資料の整理をしながら、私の話を聞いている。窓の外は暗闇だ。昨日の満月の明かりが嘘のように見えない。部屋が明る過ぎるせいか。でも今はそんな事どうでもいい。
「何を話しているんだ!」
「殿下が気になさることは話してないですよ。」
何を言ってもステファンは話の内容を言わなかった。ステファンと二人で私には出来ないような話をしているのか。沸々と何かが煮えたぎっているのを感じる。やっぱりトモルは私よりも大人なステファンの方がいいのだろうか。私に内緒で彼のところに移る計画を立てているのではないのか。そんなことを考えれば考えるほど、悪い方向の考えしか浮かばない。こんな思考は早く絶たないといけないことを分かっているのに、止めることが出来ない。
「殿下。落ち着いてください。」
ステファンの言葉にハっと我に返る。無意識に手に持っていたティーカップを強く握りしめていた。紅茶が小刻みに揺れている。ティーカップをテーブルに置いて、自分の指を見てみる。人差し指と親指にはティーカップの持ち手の跡がくっきり付いていた。ステファンの心配そうな顔が見える。
「カップが割れて怪我でもしたら大変です。」
「…じゃあ、何を話しているのか教えてくれ。」
ステファンは頭を抱えていた。どうするべきか悩んでいるようだった。そして少し悩んだのちに私の正面に座った。
「トモル君からの相談内容を彼の許可無しには話すことは出来ません。ですが、殿下にとって悪い話ではありません。むしろ良い話です。」
「良い話?」
「…話せる範囲で、簡単に教えます。トモル君は殿下とより親しくなるためにはどうしたらいいかを私に相談しているのです。」
「私と親しくなるため…?」