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第10話

「今日、一緒に寝てみたいんだけど。」


 ハインツの言葉に僕は驚くことしかできなかった。一緒に寝る?誰と誰が?この状況からして僕とハインツの二人に決まっている。ハインツはただでさえ顔面国宝なのだから隣にいるなんて考えただけで眠れなくなってしまう。「寝相は悪くないはず」「いびきはしているのか分からない」そんなことを考えていたら、ハインツが僕の両手を包み込むように握ってきた。僕の目をしっかりと見つめてダメかと聞いてくる。ハインツの顔面の良さに変な風に呼吸をしてしまい、変な声が出た。

 僕は喉に力を入れて、ハインツの誘いを断り、走って自分のベッドがある方へ逃げた。ベッドの中に沈み込む。どうしてハインツは僕と一緒に寝たいと言ったのだろうか。僕の気持ちに気づいていてからかっているのか。だから、ヒカル達に僕が取られると思ったと言ったのだろうか。そんなことを考えるもすぐに冷静になる。


「いや、ハインツはそんなことをする人間じゃないもんね。」


 なら、ハインツも僕のことが好きなのか。


「…いやいやまさか。でも、そうだったら嬉しいなぁ。」


 僕は天井を見上げた。暗闇になれた目は窓からの少しの明かりを捉えた。外が明るいことに気づいた。いつもだったら外からの明かりなど気にならないのに、今日はやけに明るいことに違和感を覚えた。薄いシーツを体に巻いてベッドから降りる。

 窓に近づき、カーテンを少しめくる。窓の外には大きな満月が僕を照らしていた。周りには星が散らばっていて、とても幻想的だった。

 僕は急いでハインツの部屋に駆け込んだ。ハインツのベッドの近くまで行き、声をかけた。


「ハインツ、まだ起きてる?」

「トモル?起きてるけど、どうしたの。」

「ちょっと着いてきて。」


 ハインツの腕を引き、窓のカーテンを開ける。開けた途端、満月が僕たちを照らす。


「見てハインツ!僕たちにスポットライトが当たっているみたいだよ!」

「スポットライト?」


 ハインツは“スポットライト”という言葉が分からないようだった。


「えっと、劇とかで登場人物を強調するために使う光のことなんだけど…」

「なるほど。そのスポットライトを今度、国の劇団に提案してみようかな。」

「えぇ!」


 そんなことを言うとは思わず大きい声を出してしまった。僕は咄嗟に両手で口を覆った。ハインツはこの星空に関してはあまり驚いていなかった。この景色に慣れているのか、興味が無かったのか。それでもこの景色を好きな人と見れたことが僕には嬉しかった。


「ハインツ。綺麗だね。」


 ハインツは黙ったまま僕を見ていた。ハインツの方を向くと目が合った。


「ハインツ?」

「…うん、綺麗だ。」


 ハインツはいつもの笑顔ではなく、優しく微笑んでいた。まるで愛しいものを見るような表情だった。その時、窓の隙間から風が吹いた。夜は意外に冷えていて、風も冷たかった。ハインツはそろそろベッドに戻ろうと言った。


「こっちのベッドで寝てくれるのかと思ったんだけど?」

「寝ないって言ったじゃん。」

「寝てくれないの?」


 ハインツはさっきと同じ顔をして見せたが、一度その攻撃を食らっているのでなんとか理性を保って、自分の部屋に向かう。扉を閉める際にハインツの方を見た。ハインツは、「おやすみ」と言って、僕に手を振っている。


「綺麗な夜空だと思って…ハインツには見慣れた景色かもしれないけど、僕はハインツとあの空が見れてよかった。おやすみ!」

 最後に言い逃げをするように扉を閉めて、自分のベッドに走ってダイブをした。最後、扉を閉まるハインツの顔は少し驚いているようだった。僕はしてやったと思いながら、眠りについた。


 朝、起きるとステファンのメイドが立っていた。驚く僕なんて気にせず、ステファンからの伝言を伝える。僕は急いで支度を済ませて、ハインツのところへ向かった。ハインツの部屋に行くと、テーブルには朝ご飯が用意されていた。

 ハインツが言うには、第一王子が厨房に入り浸っているなどと噂が出回るのは良くないのでこれからはステファンのメイドがご飯を用意してくれるらしい。ハインツが不機嫌そうな理由はそういうことかと納得する。僕が朝ご飯は二人で食べようと言ったら、すぐに機嫌は直った。なんだか、ハインツの扱い方が分かった気がするのは勘違いだろうか。

 ステファンに朝食を食べたら研究室に来てほしいと言われ、ステファンのメイドと共に研究棟に向かう。研究室の扉をノックし、中に入る。部屋のなかではアルバがステファンに何か訴えていた。


「毎朝、散歩に行きたいとうるさ…しつこいんです。暇さえあれば出かけたがってこれでは私の研究も進みません。監視係を変えて欲しいです。」

「アルバ、気持ちも分かりますがヒカルさんからあなたが良いと言っているんです。他のものを監視係にしたときのこと、覚えていますよね。今はあなたにしか頼めないんです。分かってもらえますか?」


 どうやら、ヒカルの監視係を降りたいとステファンに頼んでいたらしい。ヒカルは“私は関係ない”と思っているのかソファに座って、足をぶらぶらさせている。

 アルバはステファンに何度も訴えるも許可は得られず、不服そうな顔をしている。


「…分かりました。」


 アルバはソファにいるヒカルの腕を掴んで部屋を出るが、なぜか扉の近くにいた僕の腕も掴み歩きだした。昨日の庭園に連行された。

 昨日とは違う場所に来たので、見たことのない花がたくさん咲いている。ヒカルは昨日と同じ、質問をアルバに投げた。


「同じこと何回も聞かれてみろ。頭がおかしくなるだろ。」


 アルバは僕の方をみて愚痴をこぼす。どうして僕も連れてきたのか、理由を僕は思いつかなかった。ヒカルはアルバを呼んでいる。アルバもグチグチと言いながらヒカルの質問に答えている。

 出てくる名前は本当に聞いたことがない植物ばかりで僕も気になり始めてしまった。二人の傍に近づいて、僕もアルバに質問を投げた。アルバは厄介な奴が増えたと言わんばかりの顔をした。アルバの説明に僕もヒカルも目を輝かせていた。

 すると、アルバは使い魔のカラスを呼んだ。カラスの足には本のようなもの一冊掴んでいた。アルバはそれを僕に渡す。


「これはなに?」

「植物図鑑。この中から自力で探してもなかったら僕が答えてあげる。」


 渡された図鑑はずっしりと重く、あのカラスが落とさずに運んでこれたことに感動した。ヒカルは僕の手から図鑑を奪い、調べ始めた。それを覗くような形で僕も図鑑を見る。

 どれほどの時間を図鑑に割いたのだろうか。足がしびれてきても、ヒカルは余裕そうだった。それでも僕の足が限界のことをヒカルに告げると休憩しようと言ってくれた。

 近くの休憩スペースに移動し、椅子に腰を下ろす。アルバは紅茶を持ってくると言って席を離れた。


「トモル、アルバがいないから話すんだけど。」

「う、うん。」


 僕は変に身構えてしまった。だが、何を話されるのか想像はついていた。


「私、アルバのこと好きなの。」

「…だよね。」

「え!トモル気づいてたの?」

「まあ、なんとなく…」


 本当はゲームでストーリーを知っているからなんて言えなかった。


「そんなに私、分かりやすいかな…アルバが私のこと嫌がっているのは知ってるんだけど。」

「嫌がられているっていう認識はあったんだ。」

「うん。」


 ヒカルが珍しく大人しい。


「アルバが本当に嫌なら監視係は変えてもらっていいの。でも…散歩をするときはアルバと一緒が良いの。」

「うん。」

「アルバ、あんなに嫌そうな態度を取るのに絶対最後にはちゃんと質問には答えてくれるの。一緒にいて居心地がいいって言うか。アルバはそうは思ってないだろうけど。」


 テーブルにおでこを擦り付けているヒカルの話は止まらない。アルバの好きなところがどんどん出てくる。本当にアルバのことが好きなのだろう。アルバの話をしているヒカルは輝いている。

 植物の陰に隠れて、この話を聞いているアルバはどんなことを思っているのだろうか。ゲームではここはステファンのメイドとの会話で、アルバへの思いを吐露しているのをアルバが聞いてしまうと言うシーンだ。メイドの代わりに僕が使われたようだが、今はアルバの反応が気になる。

 ゲームでは、邪険に扱っていた主人公の想いを知り、罪悪感を抱いていた。植物の陰からアルバが現れる。

 アルバは平静を装っているのか、いつも通りムスッとしている顔をして登場した。咄嗟にヒカルは僕に「今の話、内緒ね!」と耳打ちをした。

 ある程度、休憩が終わってから僕はヒカル達とは別れ、ステファンのところへ向かった。今度はステファンの執事と一緒に研究棟に向かう。

 向かっている道中の廊下でハインツを見つけた。ハインツはこちらに気づいていないようだった。仕事の話なのか、偉そうな人と話していて忙しそうだった。そのまま立ち去ろうとした時、ちょうどハインツと目が合ってしまった。僕は駆け足でその場から逃げてしまった。

 ハインツの表情は見れていない。でも、あからさまに無視をしてしまったことに後悔が押し寄せる。今から、戻るにも結構離れてしまった。仕方なく、僕はステファンのところへ急いだ。


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