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第8話

 昼食を終えて、転移について調べるためにステファンと僕は図書館に向かった。アルバとヒカルはノエルの周辺の調査をするために騎士の寮へ。ハインツは仕事に戻った。

 ハインツは戻る直前まで僕が図書館に行くことを心配していた。嬉しいとも思いつつ、ハインツを独占しているようでどこか複雑な気持ちだった。

 図書館に着いて、僕は目を丸くした。図書館は広く、天井も高かった。すべての空間に本棚が敷き詰められていて、どこを見ても本だらけだった。ステファンは真っ直ぐに奥の本棚に向かって歩いた。その後ろをついて行く。奥に行くにつれて、本の匂いが強くなっていった。埃と混ざって少し変な匂いだった。本がたくさんあるからなのか、鼻の奥にまで香りが刺さってくる。


「これが転移や召喚、転生などについて書かれている本が収まっている本棚です。」

「これ全部ですか?」


 僕の人差し指の先にある本棚には当たり前のように本が敷き詰められている。こんな数の本を見たことがない僕は圧倒されてしまった。


「トモルさんはここからここまでの資料を調べてもらえると助かります。この辺の資料は難しい話は書かれていないと思います。どちらかと言えば、物語が多いです。」

「物語?」

「想像上の出来事を書いた話が多いんです。実際に起こっていない、事実ではなくても何かヒントになればいいのですが。」


 研究の資料があるだけではなく、普通の小説などもあるらしい。確かにそれなら僕でも読めるかもしれない。

 僕とステファンは本を持てるだけ抱えて、近くのテーブルに移動した。ステファンは本を開き、持ってきていた紙にメモを書き始めた。僕もそれに続き、本を読み始める。読み始めて数分、図書館は紙をめくる音も響いているように感じるほどの静けさだった。本のページをめくることさえ「静かに、静かに」と意識をしていたらステファンが気にしなくていいと言ってくれたが、どうにも気になってしまう。昼食を食べ終わった後で眠気も迫って来ている。眠気に耐えながら本を読み進める。

 ステファンの言う通り、事実が書かれたわけではなかった。この世界のファンタジー小説のようなものなんだろう。言い伝えやら伝説やらがたくさん書かれていた。中には恋愛ものの話も含まれていた。違う世界で暮らしていた男女が恋に落ちて恋人になってめでたしめでたしで終わる。そんな物語だった。普通の恋愛物語に少し心が重くなる。こんなに都合よく恋人になれたらいいのにと思う。

 ふとハインツのことを思い出した。ハインツはスキンシップが多くて僕は戸惑うことがあるけど僕を気にかけてくれて、友達が少なかった僕からしたらハインツのしてくれることのすべてが嬉しいのだ。だから、僕もハインツに何かをしてあげたいと思っている。でも、この感情が恋と近いものを感じて不安だった。

 僕はこの世界の人間ではなく、いつかは元の世界に帰らなければいけない。そもそも、男同士の時点でこの世界に残ってもハインツと一緒にいることは出来ないと分かっている。ハインツもノエルと入れ替わった僕が珍しくて興味があるだけなのかもしれない。それで傍に置きたいだけで僕自身に興味なんてないのかもしれない。ネガティブな感情が心に満ちていく。そんなことないと頭では分かっていても、悪い方向にしか物事を考えられない自分が嫌になる。


「トモルさん、疲れたなら休憩しますか?」


 ページをめくる速度が落ちていることに気づいたステファンが声をかける。


「…すみません、大丈夫です。」

「集中できないようでしたら明日にしましょう。」

「いえ!す、すみません。……あの、実は。」


 僕はステファンに悩みを打ち明けた。ゲームの中のステファンは顔から想像できないほどの子ども好きだった。ステファンルートは元の世界に戻ってもハッピーエンドになるくらい穏やかなストーリーだった。ステファンはたくさんの人の相談役としても国に貢献していた。ステファンからしたら初対面なのにこんな相談をするのは間違っているのではないかと思う。それでも誰かに話さないと心がパンクしてしまいそうだった。


「…つまりハインツ殿下のことが恋愛的な意味で好きかもしれないと?」

「はい…男同士なことは分かっています。でも、ハインツが近くにいるとドキドキすると言うか。」


 ステファンは僕の話を真剣に聞いてくれた。


「ハインツがこの国の第一王子ということも分かっています。好きになってはいけない人で…ハインツがどう思っているのかもよく分からなくて、ずっと心にモヤがかかったような気分で…」

「なるほど。確かに難しい問題ですね。」

「…はい。」


 僕は、さっき読んだ本の表紙を指でなぞった。


「この国では同性愛への認知は低いです。ましてや王族は血の繋がりを重視する。そうなると二人が恋人同士になることは本当に難しいことだと思います。ですが、だから好きになってはいけないことはないと私は思います。」

「え…?」

「私の意見になってしまうのですが、相手が異性でも同性でも好きになっていいと考えています。トモルさんは好きになってはいけない相手だと言いましたが、好きなら好きでいいと思います。」

「あ…」

「……すみません、無責任ですね。」


 ステファンは申し訳なさそうな顔をしている。


「いえ…そう、ですよね。こんな話をしている時点でハインツのこと好きですもんね。」

「ええ。まあ、人に迷惑をかけたり、犯罪になるようなことはしてはいけませんが。」

「あはは、それは当たり前ですよ。」


 僕はステファンが真摯に答えてくれたことと好きになってもいいと言われて、少し心が軽くなった気がした。


「あなたに相談してよかったです。ありがとうございます。」

「いえ、どういたしまして。」


 僕が笑ってお礼を告げるとステファンも少し笑った。そんな気がした。


「トモルさん、私のことも名前で呼んでくれて構いませんよ。」

「え。でもアルバ…君に怒られそうで。」

「…アルバのことも呼び捨てではないのですか?」


 ステファンは驚いたような顔をしていた。僕と話すだけで嫌そうな顔をしているのだから、アルバの名前を呼び捨てには出来ないだろう。


「てっきり私だけ気を使われているのかと…」


 ステファンは胸に手を当ててホッとしていた。アルバとは二人で話したことはないし、ハインツとヒカルには呼び捨てを強制させられたのだ。


「そんなことはないです。」

「ですが、本当に名前だけで呼んでいただいていいんですよ。」

「アルバ君に怒られたくないので遠慮します。」

「私が許したのですから、大丈夫ですよ。」


 ステファンはどこか楽しそうだった。


「じゃあ…ステファン、改めてこれからよろしくお願いします。」

「はい、よろしくお願いします。トモル君。」


 僕は味方が増えたようで嬉しかった。ステファンのレアな笑った顔を見ることが出来てラッキーだ。そんなことを思っているとすぐ後ろから声が聞こえたかと思うと顎をぐっと上に上げられてしまった。その先にあった顔は金に輝く髪の毛と瞳を持ったハインツだった。


「なんだか楽しそうだね。トモル。」

「ハインツ!」


 ハインツが来てくれたことに喜んだ僕を見てステファンはクスっと笑っていた。その時、ハインツが何を思っていたかなんて僕には想像も出来なかった。


「ハインツ、もう仕事は終わったの?」

「うん、今日の分は終わり!トモルに早く会いたくて頑張ったんだよ。」


 ハインツの輝かしい笑顔に思わず目を瞑ってしまう。困ったことに誰が見ても眩しいイケメンが僕にはさらに輝いて見えるのだ。ハインツのことを好きだと認めたからだろうか。


「私たちも今日は終わりにしましょう。先に戻っていますね。」

「はい、ありがとうございました。」


 ステファンが研究室に戻って行くのを見送り、僕とハインツも部屋に戻った。


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