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第6話

「えっと…灯、です。」

「トモル…私にはどこから見てもノエルさんに見えますが、アルバが違うと言うなら本当なのでしょうね。」


 だいたいの説明が終わるとステファンは僕の顔をまじまじと見つめていた。出された紅茶はハインツが淹れてくれるものとは少し違って、ほんのり苦みがあった。

 ステファンの髪の毛は長く、ポニーテールをしていた。サイドの髪の毛は出ていて、この世界の美形にしか許されていないような髪型だ。光に当たると青く光る銀色の髪色は生まれつきなのだろうか。前髪の隙間から覗く切れ目の威圧感が強い。研究者だが白衣は着ておらず、研究者っぽくない印象がある。


「僕もどうしてこうなっているのか分からなくて、目が覚めたらこの世界に来ていて。」

「こちらの世界に来たのは、ヒカルさんが来た日と同じですよね。召喚実験については聞きましたか?」

「いいえ…」

「では、簡単に説明します。」


 ステファンがヒカルの召喚について本当に簡単に説明してくれた。ヒカルが召喚されたのは召喚実験の結果であるけど、異世界からの召喚は予期していなかったと言った。帰る方法は同じ魔法陣を作れば帰れると考えられているが定かではないらしい。説明をしてくれたところ申し訳ないが、僕は何回もその話は聞いている。ヒカルはその方法でしっかり元の世界に帰ることが出来るし、召喚魔法も魔力が一ヵ月ほど経たないと貯まらないことも知っている。


「問題は君です。ここは魔法が使える世界ではありますが、使える者は限られています。ノエルさんに魔力はないと聞いていたので自分で転移魔法を使ったとは考えにくいです。」

「転移魔法はあるんですね。」

「あります。ですが、転移と言っても短い距離を移動する程度です。」


 ステファンは顎に手を当てて考えているようだった。その仕草を見て、ヒカルも同じように顎に手を当てた。ヒカルはステファンの真似しているようだった。その行動に僕もアルバも理解が出来なかった。ステファンは真似されていることを分かっているようだが、何も言わなかった。ステファンが気にしていないなら僕もなにも言えない。


「魔法と言っても大きなことが出来るわけではありません。ヒカルさんの時も違う場所にあるものを召喚できるようになれば便利だなと思って実験しようくらいのテンションだったのですが…なぜか違う世界と繋がってしまって焦りましたね。」

「そ、そうなんですね。」


 焦ったと言っているが顔が無表情過ぎて本当なのか分からない。


「とりあえず、君とノエルさんが入れ替わった方法について調べないといけません。」

「…はい。」


 ノエルについて僕が知っていることと言えば、ハインツの専属騎士であること、そして特定のアイテムを使うとハインツルートでハインツと主人公の仲を深めるキャラクターとして登場することくらいだ。

 ノエルの第一印象は“いい人”だった。主人公のお願いもちゃんと聞いてくれて、ハインツと主人公をくっつけるために頑張っていた。最初は、主人公のことが好きなのかと思ったが二人を祝福しているところからそういう訳ではないらしい。ただのいい奴だった。


「転移魔法について改めて調べたいですね。図書館で資料を集めましょう。」


 ステファンはそう言ってソファから立ち上がった。それに合わせてアルバも立ち上がり、ティーカップ等を片付け始めた。


「アルバ、あなたはノエルさんの周辺について調べてもらえますか。なるべく使用人たちに気づかれないようにお願いしたいです。」

「…分かりました。」


 ティーカップを持っているアルバの裾をヒカルが引っ張った。ティーカップの中の紅茶が零れそうになり、「危ないだろ!」とアルバはヒカルに向かって怒った。


「アルバ、お腹が空いたの。」

「…まだ、昼食を取っていなかったのですか?」

「はい。」


 ステファンはヒカルの言葉に驚いているようだった。部屋の時計は13時を示している。


「もう昼食は終わったのだと…すみません。」

「先生は悪くありません!僕が先に先生のところに行こうと言ったから…」


 アルバの僕らに対する態度とステファンに対する態度が違い過ぎて、唖然としてしまった。ヒカルはアルバの姿を見て頬を膨らませている。怒っているように見え、少し不機嫌そうだった。それは昼食が食べられなくてなのか、アルバが自分には見せない顔をするからなのか。


「それでは昼食を用意させましょうか。食べてから調査にかかりましょう。メイドにこちらに持ってこさせます。」

「あ、僕はハインツが用意してくれていて…部屋に一旦戻ろうと思います。」


 僕がそういうとステファンは不思議そうな顔をした。


「ハインツ殿下が用意しているのですか?」

「はい、いつも一緒に食べていました。厨房から食材を貰って作っていると言ってました。」

「それ、王様は許しているんですか?」

「…内緒でやっていると言っていました。」


 ステファンは「そうでしょうね」と相槌をうった。今、思えば一国の王子が使用人と厨房で料理を作っているなんてことがあってはいけないのではないか。そう思ったが、それを止めてしまうと僕の食料が無くなってしまうので何も言えない。


「次期王に食事作らせているなんてお前だけだろうな。」

「アルバは料理できるの?」


 アルバは僕をからかうように笑っていたが、ヒカルの問いかけを聞いて真顔に戻ってしまった。ヒカルは質問に答えないアルバに解答をしつこく迫っている。それでも答えないアルバにヒカルは何かを察した。


「アルバ…もしかして料理苦手?」

「…苦手だったらなんなの。」

「……。へー!!」


 ヒカルの口角は今まで以上に上がっていて、目は輝いていた。アルバはヒカルのその顔を見て「こうなるから言いたくなかった」とでも言いたげな表情をしていた。ゲームのストーリーにそういった内容のイベントがあったので、アルバが料理が苦手なことを僕は知っていた。二人が戯れている間、ステファンはメイドに昼食を持ってくるように指示をし、ハインツに伝言を伝えるように頼んでいた。


「トモルさん、君は今までハインツ殿下の部屋から出たことはあるんですか?」

「いえ、今日が初めてです。僕もこの状況に混乱していて落ち着くまで部屋から出ない方がいいと思って。」

「そうですか。ハインツ殿下が誰か一人に執着しているのは珍しいと思いまして。」


 ステファンは僕の目の前に立ち、見下ろすように僕の顔を見ていた。その眼はすべてを見透かすようで少し怖かった。研究者なのにがっちりした体格のせいだろうか。ハインツとは違う威圧に潰されそうだ。自分はこの世界の異物であると言われているような感覚に陥る。ハインツが僕に執着しているのも、珍しいおもちゃを見つけて嬉しいだけなのかもしれない。それは執着している訳ではないのだろうな。


「執着なんて…ハインツは優しいからただ気にかけてくれているだけですよ。」


 声が震えていることに話してから気づいた。ステファンもそれを分かったのか、ソファに座り直し、僕に一言謝罪した。


「すみません。怖がらせるつもりはなかったんです。自分の顔が怖がられることは分かっていたのに、配慮が足りませんでした。」

「え、いえ…すみません。」

「上からだと圧がありますよね。これなら少しは怖くないかと。」


 ステファンはそう言って、ソファに座り少し腰を曲げて、僕の顔と並行になるように顔の位置を下げた。真っ直ぐ見つめる眼は相変わらず鋭かったけど、僕に気を使ってくれたと思うと嬉しかった。僕が感謝を述べるとステファンは少し笑ったような気がした。


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