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第5話

 ハインツが城に戻る姿を見送ってからもヒカルの口が閉じることはなかった。この世界に来て初めて見た料理や服、すべてのものが新しく珍しくて最初は楽しかったと話していた。


「灯って何歳なの?」

「次の誕生日で17になるよ。」

「私は15歳だから灯の方が年上なんだ。アルバ!アルバは何歳なの?」


 ヒカルはアルバの方を向いた。「15」とアルバは答えた。アルバが想像以上に若くて、僕は驚いてしまった。ゲーム内で年齢について触れられていたと思うが、詳しく覚えていなかった。ヒカルの若さにも驚いたが、アルバまで僕より年下だとは思わなかったのだ。もしかしたら、ハインツも僕と同じくらいの年齢なのだろうか。年下という可能性も出てきた。


「灯だけお兄ちゃんだね。」


 ヒカルの悪意のないコメントに少し心がえぐられてしまった。17歳なんてまだ子どもなのに、自分より若い人がいると自己肯定感が下がるのは僕のメンタルが弱いからなのだろうか。


「だから高校でも村人Bになっちゃうのかな…」

「高校?」


 僕が呟いた“高校”という言葉にヒカルは食いついた。


「灯のところにも高校あるの?!」

「あ、あるよ?」

「灯の世界もこの世界と同じでファンタジー感のある世界だと思ってた!」

「僕の世界は…ヒカルと同じような感じの世界だと思うよ。」


 ヒカルは学校の帰り道で異世界に召喚されてしまう。下校時の背景や元の世界に戻った時の背景から現代の日本だと認識をしていた。


「ヒカルは15歳ってことは中学生3年生?」

「そう。」

「じゃあ受験の年だね。大変だ。」


 ヒカルは「そうなの!」と頷いている。僕が中学受験の話が分かるやいなや、現役高校生である僕に対しての質問攻撃が炸裂した。僕たちが話に盛り上がっている中、アルバはずっと訳が分からないと言いたげな顔をしていた。僕がヒカルと話していて嫉妬したとかではないだろう。まだ二人の親密度は嫉妬をするほど高くはないと思っているが、気づかぬうちに何か気に障ることをしてしまったのだろうか。そんな不安が募る中、アルバが僕たちに近づいてきて口を開いた。


「ねえ、“コウコウ”って何?」


 アルバは言い慣れていない“高校”という単語の意味を聞いた。僕がアルバの問いに対して答えようとした時、僕よりも先にヒカルが口を開いた。


「高校っていうのはね!えーと、中学よりも…あ!中学についても教えないとだよね!」


 ヒカルはなぜか興奮していて、アルバに何かを教えることを喜んでいるようだった。アルバもヒカルの説明に「どういう仕組みなの?」や「それはどういうこと?」と質問を投げている。僕は、ヒカルが答えるのに躓いたときにフォローを入れることに専念した。話が盛り上がっている二人は微笑ましく。妹と弟が出来たような感覚になった。


「学校は勉強だけじゃなくて、いろいろなイベントがあるんだけど…灯の高校はどんなイベントがあるの?」

「僕の高校は体育祭と文化祭と…冬にあるスキー合宿くらいかな。」


 ヒカルは「羨ましい!」と目を輝かせている反面、アルバはスキーがどういうものか分かっていないようだった。僕がスキーについて説明すると、この世界にも同じようなスポーツがあるらしい。ヒカルがしてみたいと言うも冬のスポーツなので今は出来ないとアルバに言われ、ヒカルは肩を落とした。

 そんな話をしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。いつの間にかお昼の時間になっていて、僕のお腹が鳴った。ヒカルはそんな僕を笑っていたが、アルバはもうそんな時間が経っていたのかと立ち上がった。


「あんた、昼食はどうしているの。」


 アルバの肩にはカラスが一羽とまる。あのカラスは確かアルバの使い魔だ。カラスのくちばしに耳を傾けるとアルバは「分かった」と言って、もう一度カラスを空へ飛ばした。


「昼ご飯はハインツがいつも用意してくれてたけど…」

「ふーん。食べる前に先生に会いに行くよ。先生は忙しいからね。」


 そういうとアルバは僕とヒカルの腕を掴み歩き出した。ヒカルは昼食を先に食べたいと言ってもアルバの歩みは止まらなかった。庭園を出て城の中に戻って、研究室の棟へアルバは早足で進む。研究室とハインツの部屋は想像以上に離れていた。ハインツの部屋に続く廊下とは違い、研究室に続く廊下はとても質素だった。太陽の光が入りにくいのか、薄暗い。そう思うのは気のせいだろうか。

 廊下の一番奥まで来ると扉が一つ、佇んでいた。外の気温は暖かく、過ごすのに最適な温度だった。しかし、この扉の前は少し冷えているのか肌寒い。アルバに掴まれている部分は暖かいのに周りの空気のせいで鳥肌が立ちそうだ。ヒカルも寒いのか二の腕をさすっている。

 アルバは僕らの腕から手を離し、扉を三回ほどノックした。


「アルバです。」


 アルバは端的に名前だけを声に出した。少し経っても扉の向こうからは何も聞こえない。その間、ヒカルは静かだった。庭園を出る前はあれだけ開いていた口が閉じないほど話していたのに、どうしたのだろうか。そんなことも気にせず、アルバは扉のドアノブを掴んで重たそうにドアを開けた。

 扉の向こう側が見えた。すぐ近くに来客用のソファが二つ向き合って置かれていて、奥に社長机のような形の机が一つ。想像する研究室と違い過ぎる景色に少し戸惑ってしまう。


「アルバ。」


 部屋の陰から声が聞こえ、人が現れた。その人は何度も見た姿で登場した。もう一人の攻略対象キャラクターのステファン・リーデル。最年少で国の研究所所長になった凄い人物だ。そんな彼とのストーリーは主人公の一目ぼれから始まる。召喚魔法が成功した際にその場にいたステファンに一目ぼれをして、アルバの嫌がらせに耐えながらアタックしていくというストーリーだった気がする。ステファンルートは他の二人に比べてストーリーの量が少ない。だから、ステファンのことは詳しく分かっている訳じゃない。だが、隠れキャラを出現させるまで全キャラのストーリーを繰り返して知っていることがある。それは、ステファンルートが攻略対象キャラのなかで一番平和だと言うことだ。アルバからの嫌がらせを除けば、束縛も激しくなく、王子の恋人になるという責任もなく、すごく平和だったと自分的には思った。

 正直な話をすると一番最初に出会ったのがハインツじゃなければ、ステファンに助けを求めようと思っていた。それくらい彼は信用が出来ると僕は思う。

 ステファンの手には紅茶のポットが収まっていた。その姿を見てアルバは慌てていた。


「先生!そういう事は僕がしますから!」

「ちょうど喉が渇いていたんです。座ってください。ヒカルさんも君も。」


 ステファンは僕ら三人の一人一人の目を見て言った。その言葉にアルバも従うしかなかった。アルバがソファの左側に座ったので僕は右側に座ろうと思ったが、僕が座ったらヒカルはどこに座るのだろうか。このソファに三人が座るのは少し狭いかもしれない。

 そんな事を考えている間にヒカルは僕の腕を掴んでアルバの座っているソファの真ん中に座った。僕がどこに座ればいいのか悩んでいると、ヒカルは掴んでいた僕の腕を引っ張ってソファの右側に座らせた。三人が座ったソファは窮屈でアルバは「なんで隣に座るんだ!」と怒っている。そんな僕らのやり取りを見てステファンは「随分、仲が良くなったんですね」と両手にティーカップを抱えて呟いた。


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