「で、なんでノエルじゃないやつがノエルとして城にいるのですか。」
アルバの冷たい視線に耐えながら、僕は下唇を噛みしめていた。アルバの言葉を聞いたハインツは意外にも驚いた表情も見せず、焦っているようにも見えなかった。ハインツが一言「なんのことだい?」と笑顔を見せるが、アルバも引き下がらなかった。
「ハインツ殿下はご存じですよね。僕が人のオーラを見ることが出来ること。以前、ノエルと会った時と今とでオーラが違いすぎます。ヒカルもこの世界の人間じゃないからなのかオーラの波形が違うのですが、ノエルもどきはヒカルのオーラと近いんです。」
アルバはハインツを見て笑っている。ハインツは僕を庇うように背中を向けて、僕の目の前に立っている。横目でハインツを見上げると、彼も険しい顔をしていた。この状況をどう誤魔化そうか考えているのだろうか。それにしても、アルバにオーラというものが見える力があるなんて知らなかった。だから、僕が本物のノエルじゃないことにすぐ気づいたのか。
「ねぇアルバ、あの人も私と同じ違う世界からこの世界に来たっていうこと?」
「そ。怪しいとは思ってたんだ。殿下の騎士だとしても記憶喪失になったから殿下の部屋で療養するなんて、何かあるようにしか思えない。」
痛いところを突かれてハインツも僕も苦い顔をしてしまった。一つため息をこぼした後、ハインツは僕の顔を覗き微笑んだ。ハインツの顔は「もう誤魔化せないね」とでも言っているようだった。ハインツはアルバの方に顔を向けた。
「アルバの言う通り、この子は本当のノエルじゃない。」
「やっぱり。」
ハインツの言葉にアルバはフッと笑った。意外な行動に出たのはヒカルだった。アルバの隣にいたヒカルは彼の肩に両手を乗せてぴょんぴょんと跳ねていた。
「私以外にも居たのね!嬉しい!」
「ちょっとヒカル!痛いよ!」
ヒカルはそういうと僕の方へ駆け足で寄って手を握ってきた。女の子に手を握られるなんて経験まともにない僕はヒカルの行動に少し驚いてしまった。それでも姉と妹がいる身だったので、さほど慌てることはなかった。しかし、僕の隣にいたハインツが意外にも驚いて慌てていた。
「嬉しい…!本当は寂しかったの、私だけ違う世界の人間だなんて。私、ヒカル。よろしくね」
「そう…だよね。僕は灯、よろしくね。」
ヒカルの寂しかったという言葉に心が少し痛んだ。当たり前のことだったのに考えたことなどなかった。本当に自分の想像力の無さにがっかりした。知らない世界に急に一人ぼっちにされたら怖いし、寂しいと思うだろう。僕もそうだったのだから。ゲームの中のヒカルはいつも明るく、攻略キャラ達を元気づける立ち位置にいた。知らない世界に来ても笑顔を絶やさない子だと勝手に思っていた。ここがゲームの世界で、自分がゲームを熟知していても分からないことがあると改めて実感させられた。
「灯、そこのベンチで座ってお話しよう?灯の世界の話、聞きたいの。」
「えっと…」
僕はハインツの方に目線をやった。話したいのはやまやまだが、アルバへの説明などが残っている。これからどうするかも話したい。ハインツも僕が言いたいこと理解したようだった。ハインツは笑って、僕の背中を軽く押した。
「行っておいで。」
「でも、アルバは…」
「それは私が話しておくから、ね?」
僕はハインツの言葉に頷いた。その様子を見たヒカルが「ハインツが保護者みたいね」と茶化すように笑った。僕も確かにと思いながらベンチの方へ歩いた。その後ろをヒカルはついてくる。ベンチに座るやいなやヒカルのおしゃべりタイムは始まった。
久しぶりに姉弟と話している感覚になる。女の子の話は共感を求めているとよく聞くがその通りだと思っていた。実際、僕が話してきた女子の大半は共感をすれば会話が弾んだ。しかし、共感だけでは会話は続かないのだ。ただ、自分のことを話したいだけの話したがり屋なら「うん」だけでも反応しておけば向こうが勝手に話をするが、反対にこちらから話題を出していかないといけない時もある。自分の興味ある分野でしか話せない人もいる。結局、その人の特性次第だねと姉に話した事がある。その言葉に対して姉は、だから勝手に女子は男子はと二極分化するなと言っていたことを思い出した。今頃、あの人達はどうしているだろうか。
「灯には兄弟はいるの?」
「いるよ。姉が二人と妹。」
「へー!そうなんだ。私は一人っ子だから羨ましい。」
ヒカルは目を輝かせていた。僕は姉達にいつも荷物持ちにされていた記憶が脳裏に浮かんだ。姉弟がいることはいいことばかりじゃないと言おうとしても、ヒカルの眩しい瞳を見たらそれも言えなくなる。
「ヒカルとノエルもどきは楽しそうですね。」
「ノエルもどきじゃなくトモルだよ。」
「私はまだ自己紹介してもらっていないので。」
ハインツはあからさまに機嫌が悪くなった。アルバを睨みつける。アルバはそれに気づいたようで「すみませんね」と謝罪をした。
「それでトモルって何者なんですか。」
「私もそれを知りたいところだよ。目が覚めたらこの世界にいたと。」
「よくそんな突飛なことをハインツ殿下は信じましたね。私はオーラが見えるから違う人間だと分かりましたが…普通だったら信用できないでしょう。というか、信用しちゃダメなんじゃ…」
アルバはハインツに今までの疑問をぶつけた。ハインツは少し困ったような顔をするのでアルバはより不思議に思った。しかし、その疑問もすぐに解決した。ハインツの目線の先にはヒカルと灯がいたが、彼が見つめていたのは灯だけだった。アルバは瞬時にハインツは灯を恋愛的に好きなのだと理解した。
「はあ~~。そういうことですか。」
アルバは大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。
「トモルには言わないでくれ。トモルに何かあったら…」
「分かってます。トモルには手を出しません。」
ハインツは灯に対する気持ちに気づかれたと察した。アルバもハインツの言葉の続きを想像できた。
「アルバありがとう。」
「でも調査はしますよ。なぜノエルとトモルが入れ替わったのか。普通に調査対象です。」
ハインツはアルバの言葉に苦い顔をしている。
「王になるお方がそんなあからさまに嫌な顔しないでくださいよ。仕方ないでしょう。トモルもずっとこの世界にいるわけにはいかないんです。それに異世界から人間を召喚出来たこと自体が新しい発明として研究が進んでいるのに、また別の世界があるなんて事実を研究しない方がおかしいでしょう。」
「それは分かっているが…解剖とかしないだろうな?」
「解剖するならヒカルは今頃、ここにはいないでしょうね。」
それを聞いたハインツは少し安心したような顔をした。
「とりあえず、先生に報告をします。あとは先生と相談してください。」
「分かった。ステファンによろしく伝えてくれ。それにしても…私がいると言うのにトモルはいつまでヒカルと話しているのだろうか。」
楽しそうに話している二人を見て、ハインツは不機嫌になっている。それを見たアルバは一国の王子がこれで大丈夫なのかと呆れていた。痺れを切らしたハインツは二人の方へ歩いていき灯の手を取った。
「トモル、そろそろ部屋に戻ろう。」
「あ、うん。そうだね。」
灯が立ち上がるとヒカルが駄々をこね始めた。ヒカルにも灯の事情を話したが「まだ話していてもいいじゃない」と言って聞かない。それを見かねたアルバが口を開いた。
「私が見ておきますので殿下は仕事にお戻りください。」
「だが…」
「先生にも会わせないといけないので。心配しなくても帰りも送っていきますよ。」
ハインツは「灯をあまり人に会わせたくないのだが…」と小さく呟きながら、灯に大丈夫かと聞いた。灯は首を縦に一回振った。
「分かった。気を付けるんだよ。」
ハインツはしぶしぶ来た道を戻って行った。