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目が覚めたら乙女ゲームの隠れキャラと入れ替わっていた
おこげ
BLファンタジーBL
2024年09月04日
公開日
5,982文字
連載中
目が覚めたら姉がプレイしていた乙女ゲームの隠れキャラと入れ替わっていた青年が攻略対象である王子と恋に落ちる物語。

第1話

 どうしてこうなってしまったのか。

 いつもと変わらない、なにも変哲もない日常を送っていたのだ。それなのにどうして目の前に彼がいるのか。僕が飽きるほど見てきた黄金色の髪の毛と長いまつ毛の下に潜む金色の瞳、いかにもゲームの中の王子様。その青年が僕の目の前のソファに座っている。

 四人姉弟、その中で唯一の男である僕。姉が二人に妹一人。姉二人にはこき使われ、末の妹にでさえ叱ることもできない。それが僕、伏木灯ふしき ともるだった。

 姉二人はいわば陽キャのギャルだった。いつも朝には洗面台は姉二人によって占領されてしまい、僕が使いたいと声をかけても「あと10分!」などと言ってはそこに居座り続け、僕は支度が遅れてしまい学校に行くのがいつもギリギリになるのだ。

 そんな姉二人とは真逆の性格である僕は、姉達に逆らえない。買い物に行って姉の荷物を持つことも、テレビのリモコンがどんなに遠くにあっても取りに行くのも僕の仕事だ。

そうして姉たちの頼みを断れない性格になり、小中高と姉二人とは違って僕は都合のいいクラスメイトAになっていた。

 妹は姉二人ほど陽キャではないが、僕ほど陰キャではない、間を取ったような性格をしていた。明るくて優しい、可愛い妹だ。

 姉弟仲は悪くはなく、歳は離れていたもののリビングのソファに四人集まって、学校での出来事やバイトの愚痴などを話し合う程には仲は良かった。

 ある日、長女がバイト先の後輩から教えてもらったという乙女ゲーム「魔法の時間~ひと月だけの恋~」にハマってしまったのだ。

 最初こそ興味なかったのだが、次女もその乙女ゲームを始めたのだ。それから全てのエンドの回収をすると読めるストーリーのために、姉たちはゲームに勤しんでいた。しかし、飽き症な性格の姉二人にゲームは続かず、僕にその仕事が回ってきた。断ることが出来ない僕は、夜な夜な布団の中で全エンドの回収に勤しんだ。そのおかげで興味もない乙女ゲームを完全攻略してしまったのだ。

 全エンドの回収が終わったことを姉に報告するとお小遣いを僕に渡し、ストーリーを読むため自分の部屋に籠ってしまった。全てのエンドを回収してすぐに姉に報告したので、僕はエンド回収後のストーリーを読むことが出来なかった。まあ、明日でもいいかと自分の部屋に戻りベッドに潜り込んだ。久々の六時間睡眠が取れることに僕は心躍っていた。

 あの乙女ゲームは、異世界に迷い込んだ主人公が三人の攻略対象と恋に落ちる。そんなありきたりなストーリーだったが、最終的に主人公は攻略対象と恋仲になるも元の世界へ戻るか、そのまま異世界に残るか選択するエンドだった。三人の誰を選んでも元の世界へ帰るか、恋人と違う世界で生きるかを最後には迫られる。

 全エンド回収後のストーリーはどのようなものだったのだろうか。疑問を残しつつも、明日になれば分かることだ。そう考えているうちに瞼が下に下がる感覚を感じながら、睡魔に身を委ねていた。

 そして、目が覚めると知らない天井が目の前に広がっていた。僕の家でも、病院の天井でもない。木造の建物のような木の木目の見える天井だ。目覚めて間もないからか未だに頭は正常に働かない。そんな頭とは反対に身体は勢いよくベッドから飛び上がった。その一瞬で、脳みそも一気に目が覚めたようだ。


「ここは…どこだ?」


 口から言葉がこぼれる。辺りを見渡しても明らかに自分の部屋ではない。八畳あるかないかの広さの部屋にベッドが二つとクローゼットが置いてある。何がどうなっているのか、理解できないまま部屋の真ん中で立ち尽くす。そのとき、部屋の扉が開いた。


「ノエル!目が覚めたのか!」


 扉を開けた男は僕を「ノエル」と呼んだ。困惑している僕に男は続けて話をし始めた。


「急にいなくなったと思ったら部屋で倒れているから心配したぞ。昨日は異世界から人が召喚されて大騒ぎだったのにお前も探し回って。ほら着替えだ。ていうか、その服どうしたんだよ。珍しい服だな。新しく買ったのか?」


 男は手に持っている服を僕に手渡した。それは見たことのある服だった。あの乙女ゲームに出てくる騎士たちの衣装だ。白を基調とし、袖には青いラインが入っており、金色のボタンが所々についている。肩のところにも装飾があり、いかにも騎士が着る衣装だ。そして、この男の顔にも見覚えがある。あの乙女ゲームの隠れキャラと同じ、王子の直属の騎士だ。名前は出ていなかったが、短髪の薄茶色の髪の毛のモブ顔だ。間違いない。これは夢なのだろうか。あまりにも現実味がある夢だ。全身の血の気も引いていく感覚も分かる夢なんて、初めてだ。


「ノエル?どうした、大丈夫か。まだ体調が悪いんじゃ…」


 モブ騎士が呼ぶ「ノエル」という名前は隠れキャラの名前だ。それなのにどうして、その名前を僕に対して使うのだろうか。その瞬間、長女の言葉が脳に流れた。乙女ゲームにハマり始めた頃によく言っていた言葉。


『このさー、ノエルっていう王子専属の騎士の顔、あんたに似てない?この平凡な感じなのにたまーにイケメンかもってなる感じ。私には敵わないけど、あんた素材悪くないんだからさ。コスプレとかしたら激似るんじゃね?』


 姉の言葉を思い出す。ノエルとは乙女ゲームの隠れキャラであり、攻略対象ではないものの物語の分岐次第で出てくるキャラクターだ。まさか、僕がノエルになったのか?いや、眠った時のままパジャマを着ていることを考えるとノエルの体に入ったわけではなさそうだった。


「…僕とノエルが入れ替わった?」


 口からこぼれていた言葉。そんなことが起きるわけない。しかし、それしか考えられない状況だった。


「ノエル?どうしたんだよ、さっきから。」


 モブ騎士の問いかけにハッとする。彼は僕を不思議そうな顔で見ている。何か言わなければいけないと思いつつも、彼の名前が分からないのではどうすることもできない。


「す、すみません…どなたですか?」


 僕は勇気を振り絞って声を出した。僕の言葉にモブ騎士は目を点にしている。脳みそを高速で回転させて得た答えは、記憶喪失のフリをすることだった。どちらにせよ、このモブ騎士の名前は知らないし、剣を持つことも、戦うことも僕には出来ない。だったら、記憶が無くなり何もできないので療養のため休暇を貰い、入れ替わった原因を探すしかない。城の騎士もそこまで王子と仲が良いわけではない印象がある。騒ぎにもしないだろうと考え、行動に移してみたのだが…。



「ノエル、本当に記憶がないんだよね?それなのに私の名前は分かるんだ。これはどういうことかな。」


 今、僕はゲームの攻略対象であるハインツ・アーノルト第一王子の執務室のソファに王子と対面に座っているのだが、さっそく嘘がバレてしまった。つくづく僕は詰めが甘いと自分でも反省する。あのモブ騎士が僕を担ぎ、叫びながら王子の執務室に突撃してから約三分、モブ騎士が王子に僕が記憶喪失になったと報告し、王子が僕と二人で話がしたいと言ったのだ。そしてモブ騎士が出て行ってすぐに僕は「すみません。ハインツ陛…」と、王子の名前を口にしてしまったのだ。それでは王子に疑いをかけられてもおかしくない。


「ノエル、どうして記憶がないフリなんかしたのかちゃんと教えてもらうよ。」


 彼の言葉に僕はイエスと頷くしかなかった。


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