ヒカリとカゲは、公園に向かっていた。北白河クリニックにほど近い、こんもり緑を背負った公園だ。
計画の第一段階。美亜ちゃんと遊んで、何でもいいから情報を集めるのだ。
「美亜ちゃんに、また遊ぼって誘われてたの」
と言ったら、カゲは「おお、そうか」とついて来た。
(おかしい。おかしいわ)
いつもなら、もっとイヤそうにするはず。
今日だけじゃない。最近、カゲが妙に優しいのだ。よそよそしいというか。ヒカリは、やけに爽やかな横顔を眺めた。
(う、気持ち悪っ)
首元に
おかしなことは、まだあった。以前のカゲは、奇声を発して固まったり、落ち着きなくステップを踏んだりしていたのに。
いや、そちらの方がおかしいのか?ヒカリは混乱してきた。
(やっぱり、私のせいかしら)
姫華と手を組むような真似をしてしまったから。泥棒として一匹狼で生きてきた彼には、そんな行動が許せないのではないか。文句を言ってこないのは、軽蔑されているからかもしれない。
(でも仕方ないじゃない。誠先生が好きなんだもの……!)
───
(遺産のためだ。ちっとは優しくしといてやらねえとな)
カゲは、まだあの話を真に受けていた。春平からOKが出ているとはいえ、本人への心証が悪ければ嫌がられてしまう。
ヒカリが自分の横顔を見ている。そして、すぐに顔を背けた。
(フッフ。意識してやがる。ようやく俺様の魅力に気づいたか)
ちょっと優しくしてやっただけでこれだ。やはりまだ子供だな、と思う。今はキザな医者に夢中のようだが、それも時間の問題だろう。
今日、外へ出てきたのは護衛のためだけでなく、あることを確かめたかったからだ。
(よし……!)
以前は危険地帯だった公園が近づいても尿意が来ない。やはり、“形だけの結婚”という方向性に間違いはないのだ。彼は、足取りも軽く公園に入っていった。
(ステップ踏んでる……)
どうなっているんだ? ヒカリは首を捻りながらカゲの後に続いた。
───
「あ! お姉ちゃん!」
「今日、遊べるの?」
「あそぼー」
美亜ちゃんだけでなく、何人かの子がヒカリたちに気づいてくれた。誰かが言った。
「またドロケイしようぜ!」
カゲは走った。彼は泥棒だ。これまで、幾多の危機を掻い潜ってきた。しかし。
「よっしゃ! にーちゃん捕まえた!」
「ぬーっ! チキショー!」
子供相手に本気で悔しがる泥棒である。尿意がないと動きにキレが出ない。
(バカね、子供相手に)
とヒカリは思った。こうして見るといつものカゲだ。ちょっとだけ胸がチクンとする。彼がよそよそしいのは、自分に対してだけ──。
小さな手が、トンと自分の腰に触れた。
「ああ、美亜ちゃんに捕まっちゃったー」
ぼんやりしていたら捕まってしまった。それにしても。
(こう走りっぱなしじゃ、情報収集どころじゃないわね)
ヒカリは、額に貼りついた前髪をかき上げた。正直、美亜ちゃんに会うのは複雑だった。でも不思議なもので、こうして遊んでいると爽快な気分になってくる。
こんな気持ちは久しぶりだ。このところずっと、心に重りがぶら下がっているようだったから。
と、ヒカリはあることに気がついて、美亜ちゃんの傍にしゃがんだ。
「美亜ちゃん、それステキね」
美亜ちゃんは、小さなウエストポーチのようなものを付けている。小学生用の、いわゆる移動ポケットというやつだ。
紺色のリボンが控えめに飾られたそれは、とってもオシャレだが市販品のようには見えなかった。
「これ? ママが作ってくれたの」
「手作りなの? すごいのね、美亜ちゃんのママ」
言ってから胸がズキッとした。傷口のじゅくじゅくを、もう一度引っ掻いてしまったみたいに。
「これだけじゃないよ。ワンピースとか、かわいいのいっぱい作ってくれるんだ」
「へえ……」
ヒカリは、眩しい思いで手作りのポケットを眺めた。美亜ちゃんは得意げに鼻をこすっている。急に声がした。
「美亜ちゃん。そろそろピアノのレッスンの時間よ」