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14.ヒカリとカゲの、すれ違い


 ヒカリとカゲは、公園に向かっていた。北白河クリニックにほど近い、こんもり緑を背負った公園だ。



 計画の第一段階。美亜ちゃんと遊んで、何でもいいから情報を集めるのだ。



 「美亜ちゃんに、また遊ぼって誘われてたの」



 と言ったら、カゲは「おお、そうか」とついて来た。




 (おかしい。おかしいわ)




 いつもなら、もっとイヤそうにするはず。



 今日だけじゃない。最近、カゲが妙に優しいのだ。よそよそしいというか。ヒカリは、やけに爽やかな横顔を眺めた。



 (う、気持ち悪っ)



 首元に怖気おぞけが走って顔を背ける。



 おかしなことは、まだあった。以前のカゲは、奇声を発して固まったり、落ち着きなくステップを踏んだりしていたのに。



 いや、そちらの方がおかしいのか?ヒカリは混乱してきた。



 (やっぱり、私のせいかしら)



 姫華と手を組むような真似をしてしまったから。泥棒として一匹狼で生きてきた彼には、そんな行動が許せないのではないか。文句を言ってこないのは、軽蔑されているからかもしれない。



 (でも仕方ないじゃない。誠先生が好きなんだもの……!)



 ───



 (遺産のためだ。ちっとは優しくしといてやらねえとな)



 カゲは、まだあの話を真に受けていた。春平からOKが出ているとはいえ、本人への心証が悪ければ嫌がられてしまう。



 ヒカリが自分の横顔を見ている。そして、すぐに顔を背けた。



 (フッフ。意識してやがる。ようやく俺様の魅力に気づいたか)



 ちょっと優しくしてやっただけでこれだ。やはりまだ子供だな、と思う。今はキザな医者に夢中のようだが、それも時間の問題だろう。



 今日、外へ出てきたのは護衛のためだけでなく、あることを確かめたかったからだ。



 (よし……!)



 以前は危険地帯だった公園が近づいても尿意が来ない。やはり、“形だけの結婚”という方向性に間違いはないのだ。彼は、足取りも軽く公園に入っていった。





 (ステップ踏んでる……)



 どうなっているんだ? ヒカリは首を捻りながらカゲの後に続いた。



 ───



 「あ! お姉ちゃん!」


 「今日、遊べるの?」


 「あそぼー」



 美亜ちゃんだけでなく、何人かの子がヒカリたちに気づいてくれた。誰かが言った。



 「またドロケイしようぜ!」



 カゲは走った。彼は泥棒だ。これまで、幾多の危機を掻い潜ってきた。しかし。



 「よっしゃ! にーちゃん捕まえた!」


 「ぬーっ! チキショー!」



 子供相手に本気で悔しがる泥棒である。尿意がないと動きにキレが出ない。



 (バカね、子供相手に)



 とヒカリは思った。こうして見るといつものカゲだ。ちょっとだけ胸がチクンとする。彼がよそよそしいのは、自分に対してだけ──。



 小さな手が、トンと自分の腰に触れた。



 「ああ、美亜ちゃんに捕まっちゃったー」



 ぼんやりしていたら捕まってしまった。それにしても。



 (こう走りっぱなしじゃ、情報収集どころじゃないわね)



 ヒカリは、額に貼りついた前髪をかき上げた。正直、美亜ちゃんに会うのは複雑だった。でも不思議なもので、こうして遊んでいると爽快な気分になってくる。



 こんな気持ちは久しぶりだ。このところずっと、心に重りがぶら下がっているようだったから。



 と、ヒカリはあることに気がついて、美亜ちゃんの傍にしゃがんだ。



 「美亜ちゃん、それステキね」



 美亜ちゃんは、小さなウエストポーチのようなものを付けている。小学生用の、いわゆる移動ポケットというやつだ。



 紺色のリボンが控えめに飾られたそれは、とってもオシャレだが市販品のようには見えなかった。



 「これ? ママが作ってくれたの」


 「手作りなの? すごいのね、美亜ちゃんのママ」



 言ってから胸がズキッとした。傷口のじゅくじゅくを、もう一度引っ掻いてしまったみたいに。



 「これだけじゃないよ。ワンピースとか、かわいいのいっぱい作ってくれるんだ」


 「へえ……」



 ヒカリは、眩しい思いで手作りのポケットを眺めた。美亜ちゃんは得意げに鼻をこすっている。急に声がした。



 「美亜ちゃん。そろそろピアノのレッスンの時間よ」




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