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11.箱入り令嬢、屈する


 くだんのメロドラマは佳境を迎え、ついにヒロイン(?)と不倫男の妻が対峙するに至った。



 『あなた、自分が何を言っているのか分かってんの!?』


 『分かっています』



 ヒステリックに叫ぶ妻と、目を逸らさないヒロイン(?)。不倫男は静観の構え(最大の謎)。


 『奥さんがいたって構わない。私、フリ男さんを愛しているんです!』



 ここでまさかの感動的ミュージック。何故かダメージを受ける妻。彼らは、今日も視聴者たちを大いに混乱させた──。



 ───



 ヒカリとカゲは、今日も橋倉の部屋に集っていた。ヒカリと橋倉は死んだ魚のような目をテレビに向けているが。



 「カカカ、茶番だな」



 カゲは、ドラマが茶番になればなるほどテンションが上がるようだ。



 もはや、彼らがこのドラマを視聴する意味を誰も説明できない。



 強いて言えば、「これをどう収めるつもりだ、え?」という興味だったり怖いもの見たさだったり。



 「せっかくここまで来たし」というセコい精神だったり、ある種の挑戦だったり根性だったり。するのかもしれない。



 カゲが言った。



 「だーれが作ってんだよ、こんな話」



 おまえを生み出した人物である。



 「何でこんなもん放送してんだろな」



 物語の都合上、と言う他ない。




 「あぁ、疲れた」



 ヒカリは欠伸をしながら言った。



 「部屋で休んでくる。一時間後に起こして」



 橋倉の礼に見送られ、逃げるように自室へ向かう。カウチソファに寝そべってはみるが、それだけだ。



 ロココ調のデザインが気に入ってイタリアから取り寄せたものだが、今日は一向に気分が上がらなかった。



 あのドラマが素敵な出来ではないということは、ヒカリにも分かり始めている。ただ、主人公の強さだけが眩しかった。



 あの人は、「奥さんがいても構わない」と言った。



 そんな強さがあったなら、誠先生は自分を大人の女だと認めてくれるのだろうか。受け入れてくれるのだろうか。



 (そんなの耐えられないよ)



 ヒカリは掌で目を覆った。



 何分くらいそうしていたか。床の上でスマホが振動している。知らない番号からだった。



 「もしもし……?」


 『そちら、胡桃沢ヒカリ様の番号でよろしいでしょうか』



 事務的な女性の声だ。



 「どなた?」



 相手はヒカリには答えず、傍にいるらしき誰かに『繋がりました』と伝えている。



 『私よ』


 「何だ、姫華か」



 犬猿の仲である二人は、もちろん連絡先の交換などしていない。ただ、冷泉家の力をもってすれば大抵のことは調べがつく。今さら驚かなかった。



 「なに?」


 『例の件』



 やっぱりか。



 誠先生の家庭を壊すために、一時的に手を組む──。姫華は、その返事を急かしているのだ。そうでなければ、わざわざヒカリ個人のスマホの番号を調べさせたりしないだろう。



 『ハッキリなさい。いつまで迷ってるの』



 姫華の声は鋭い。



 『もういいわ。あなたを誘ったのが間違いだったようね』



 彼女には迷いがなかった。強さがあった。ドラマの主人公とは反対方向の。



 『あなたのような覚悟のない女に、誠先生は渡さないから!』


 「……分かったわよ」




 ああ──。




 「協力しましょう。一時的に」




 自分は、ドラマの主人公にも姫華にもなれない。誰よりも弱い人間だ。ヒカリは、スマホを片手に目を閉じた。



 ───



 蓮乃宮女学院高等部では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。



 「どういうことなの!? 姫華さんがあの女と……」


 「人払いまでなさるなんて!」



 女の子というのは何かと大袈裟だ。ヒカリと姫華が、ランチを共にしているだけなのに。護衛の鈴木さんは、表向き普通に給仕をしてくれている。



 姫華について食堂へ向かおうとしたら、カゲは面白くなさそうな顔でフイと姿を消してしまった。



 姫華の計画に乗ったことを見抜かれているのだろうか。



 こんな姿を見られなくて良かったような、不安なような。でも、やはり心許なさの方が大きかった。



 「とにかく、奥さんについて良くない噂を流すの」



 姫華がステーキにナイフを入れる。



 「でも、まったくの嘘では信じてもらえない。まずは情報収集が必要よ」



 真っ赤なドレスはまるで戦闘服だ。やはり、彼女には迷いがない。



 「で。あなた娘と仲が良いんでしょ? いろいろと訊き出してちょうだい。それとなくね」



 協力っていうか。アンタ、命令してるだけじゃない。ヒカリは、げんなりしながらパンにバターを塗りつけた。



 「公園に行けば会えるだろうから別にいいけど」



 子供と遊ぶのは嫌いじゃない。美亜ちゃんのことも。でも、誠先生の子供なんだと思うと、ヒカリはやっぱり辛い。



 「アンタも来れば? ついでに仲良くなっとけばいいじゃない」


 「私、子供は大嫌いなの」



 汗にまみれて子供と戯れるなんて冗談じゃないわと、姫華は顔をしかめた。



 じゃあ、アンタは何をするんだよ──。



 (こんなことだろうと思ったわ)



 ヒカリはパンにパクついた。先が思いやられる。疲れだけが溜まるのだった。






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