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10.箱入り令嬢は絶不調


 くだんのメロドラマは、不倫男の相手、即ちヒロイン(?)に言い寄る当て馬が活躍中であった。



 眉目秀麗、しかもヒロイン(?)たちが勤める大会社の御曹司だ。もちろん不倫男より若く、独身である。



 “そっちにしとけよ”との視聴者の思いも虚しく、ヒロイン(?)は言うのだった。



 『私、自分に嘘はつけない……!』



 と──。



 諦めずに頑張っていた御曹司も、ヒロイン(?)の真っ直ぐな瞳の前に敗北。ロールスロイスに乗って去って行った。



 次回はついに、ヒロイン(?)と不倫男の妻が対峙する。




 ───



 「バカだろ、この女」


 「……」



 例によって、橋倉の居室である。カゲが呟き、橋倉は黙って茶を淹れに立つ。



 大半の視聴者が、何を見せられているのかと思い始めていた。しかし、ここまで来たからには最後まで見届ける姿勢の橋倉である。カゲは、ドラマにツッコミを入れることができればそれでいい。



 「うーん。勿体無い話ねぇ」



 カゲの隣で、ヒカリが言った。体育座りで立てた膝に、顎を半分埋めている。



 「御曹司の彼も素敵なのにぃー」



 ヒカリが二言目を継ぐと、カゲは隣を盗み見た。



 (不倫カップル推しじゃなかったのか?)



 カゲがドラマにケチをつける度に反論するのがいつもの彼女だ。声に張りがないのもどうも気にかかった。首を巡らせれば、橋倉は安心したような顔で茶を淹れている。



 ──パパたちはヒカリちゃんを溺愛してるけど、どっか抜けてる。



 姪のことを心配していた冬子の顔がチラつくと同時に、ブルリと震えが来た。膀胱が騒いだのだ。



 (良からぬ状況だな……)





 カゲがトイレを欲するとき、危機は確実に傍にある。ハズレはない。



 ヒカリは、周りに隠しながらもドラマのヒロイン(?)に共感しまくっていたのであった。好きなものは好きなのだ。自分に嘘はつけないのだと。



 ───



 同じ頃、胡桃沢 春平は離れの和室で本を開いていた。



 彼は、メロドラマを視聴する趣味はない。執事やヒカリとカゲが、一部屋に集って例のドラマを観ていることも知らない。そもそも、この時間帯にあのようなドラマが放送されていることすら知らないのだった。



 「むー、意味の分からんことばかり書きおって!」



 以前、財界人が集まるパーティーで知り合いの会社経営者が配布していたビジネス本である。付き合いで読み進めるも、立派なのは装丁だけで内容はすこぶる薄い。パーティーで配るほど余るわけだ。



 彼は本を放り出した。代わりに、机上の白い封筒を手に取る。健康診断の結果だ。先日は、不覚にも大事な孫に心配をかけてしまった。中身を取り出し、詳細な結果を確認していく。



 「どれどれ。若先生によれば良い結果だという話だったが」



 この健康診断も、孫が自分を気遣ってくれてのことと思えば自然と笑みが溢れる。孫の成長を感じるのだった。



 「ん? この記号は……」



 春平の表情が俄かに曇った。




 ───



 蓮乃宮女学院高等部。



 すれ違いざまに、冷泉姫華がヒカリの肩にぶつかって行った。



 「いいのよ、放っておきなさい」



 ヒカリは、いきり立つ鈴木さんを押し留めた。



 姫華は髪をしっかりカールし、取り巻きを引き連れている。沈んでいたのは、テラスで話したあの日だけだったようだ。



 「しかし。あまりにも失礼が過ぎるのでは」



 鈴木さんの言う通りであった。姫華たちからの嫌がらせは日常茶飯事だが、ここ数日は度を越している。



 姫華は怒っているのだ。誠先生の家庭を壊すために手を組むかどうか。ヒカリが明確な返事をしないから。



 ──欲しいものを手に入れるのに、何を躊躇ためらう必要があって?



 どうしてそこまでガツガツ行けるのか。自分はショックを受けて以来、ほとんど何も考えられない。ヒカリは彼女の切り替えの速さに舌を巻いた。



 「おい、大丈夫かよ」



 カゲが口を開いた。



 「ええ」と曖昧に応じる。カゲを直視できなかった。自分の浅ましさを見透かされている気がした。



 ──あなた、そのつもりで私に声をかけたのじゃないの?




 人の家庭を壊す。姫華なら、それくらいのことは言いそうだった。向こうに誘わせている時点で、自分は卑怯なのだ。他にどんなつもりがあったのか。


 慰め合いたかった?

 寄りかかりたかった?

 姫華なんかに?



 自信満々な後ろ姿を盗み見る。



 彼女のことが大っキライだ。派手に着飾って、周りを取り巻きで固めているところも。欲望に忠実で手段を選ばないところも。



 でもヒカリは、今の自分に彼女を軽蔑する資格があるとも思えないのだった。




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