ところ変わって
(ああぁーっ!)
ヒカリは、クッションに顔を埋めて手足をジタバタと動かした。あの時の
一方、階下では男たちが密談している。吹き抜けのリビングで、ソファに腰掛けた
「何を言っとるんだ、鈴木さん。ヒカリは病気じゃないぞ。主治医が毎月チェックしとるんだから間違いない」
鈴木さんは、
「し、しかし泥棒さんが」
鈴木さんがカゲを見下ろす。直立不動の鈴木さんと執事・橋倉の足元で、カゲは白く磨き上げられたフロアに片肘をついて寝そべっている。基本、使用人はソファに座れないのだ!
(あれ、煙草がねえな)
一服したくてスーツの懐を探るが、煙草が出てこない。直後、上からグシャリと音がした。見上げれば、橋倉が煙草の箱を握り潰している。
「どこでくすねたか知らんが、屋敷内は禁煙だ」
「いつの間に……万能か」
このオッサン、
「何か知っておるなら旦那様にご報告せよ」
橋倉がカゲの襟首を掴む。
「大したことじゃねえって。かくかくしかじかだ」
「やはり相手は教師か! けしからん!」
「その男がお嬢様を
話を聞いた橋倉と鈴木さんは、悲痛な声を上げてその場にくずおれる。
(何故そうなる?)
カゲは、少しだけ奏人先生に同情した。
「慌てるでない、皆の者」
それまで無言だった春平が、威厳ある声を発する。
「俺は別に慌ててねえ」
「しかし、旦那様! お嬢様が身近な人間に熱を上げるなど!」
「そうです! これまでは架空の人物や有名人だった。捨て置けませんぞ!」
春平は「まあ待て」と、言い募る使用人たちに大きな掌を向けて場を鎮める。そして、すっくと立ち上がると不敵に目を光らせた。
「だって、教育実習もうすぐ終わるじゃーんっ」
嬉しそうにピースサインを作る春平。教育実習は二週間なのだ! 鈴木さんが顔を上げて「おぉっ」と叫んだ。
「終わってしまえばこっちのもの!」
「非常時にも取り乱すことなく……。お見それいたしました」
橋倉が
(また茶番か)
カゲは耳を掘りつつ、そろそろかなぁとトイレの方角を見遣った。
そのさらに向こう。螺旋階段の中ほどに、揺れる人影が──。ヒカリであった。たまには鈴木さんに宿題をやってもらおうと思ったのだ。
しかし、ヒカリは青い顔でその場を動けない。祖父のよく通る声は、ここにも届いていた。
(忘れてた……奏人先生が教育実習生だってこと)
教育実習は、既に一週間を切っているのであった。