ジャキン──!!
することを済ませてレストルームのドアを開けたら、まずは無表情な橋倉の顔が目に入った。続いて首に締め付けられるような感覚が走る。
「な、なんだ!?」
「首輪型時限爆弾だ」
「ふぁッ!?」
物騒な単語を、まるで夕食の献立のようにサラリと発する橋倉である。その目つきは、先ほどまでヒカリに向けていた温かな眼差しとは打って変わって非情であった。
「何でこんなもん用意できんだよ!」
伸縮性のあるベルトは、カゲの首にピッタリとフィット。爆弾の重みが否が応でも伝わってくる。正面にはカウンターらしき液晶画面付いているが、まだ作動してはいない。カゲは、焦って首にまとわりつくそれに手を掛けた。
「おっと。不用意に触れると爆発するぞ」
そんなこと言われたら唾も飲み込めない。報酬どころか、命の危機である。
「猶予を一時間やる」
短い。
「本を持って戻れば解除してやろう。肉片になるかどうかはお前次第」
橋倉は、そう言って小さなキーをすっと掲げてみせた。
「お嬢様のご命令は絶対だ」
「おまえ、泥棒よりタチわりいな!」
たかが本一冊のために。
「お嬢様はお部屋でお休みになっている。あまりお待たせするでない」
カゲは、もう一度レストルームに逆戻りした。橋倉がドアを叩いてくる。
「何をしている!」
「うっせえ! もっかいトイレだ!」
怖い! 怖いと近くなる……! 「肉片」とか言うから──!
「いいのか?」
ドアの向こうから、橋倉の静かな声がする。
「タイマーは既に動いているぞ。あと五十八分と三十秒だ」
「ファッ!?」
───
「ありがと。その辺に置いといて」
差し出された本を目の前に、ヒカリはローズピンクのソファに深々と身を沈めたまま言った。イタリアの職人に依頼した特注品だ。真珠色の猫足、ゴージャスな彫刻を施したフレームは、貝殻を形づくるように優美な曲線を描いている。
「お前、高校生だろ。もう少し文学的な作品を読めよ」
カゲの言葉に、ヒカリはムッとした。彼が、すんでのところで「肉片」を回避されたことなど知る由もない。
「うるさいわね。それより、どうやって学校に侵入したの? あそこの警備、すごいのよ」
泥棒に頼んでまで手元に戻した本だが、ヒカリの興味は既に違うところにあるようだ。
「企業秘密だ」
セキュリティ万全の建物に侵入する方法など作者も知らないが、何やかんやあったことだろう。
「大変だったんだぞ! 首に爆弾ぶら下げて、馬鹿みたいに広い校内走ってさ! いろいろ物色したかったのに時間制限のせいで何も盗れなかったし!」
「言葉と態度に気をつけんか、泥棒」
側に控えていた橋倉が、カゲの頭を鷲づかみにする。
「デカい声で泥棒、泥棒言うな!」
「泥棒に泥棒と言って何が悪い!」
いい歳をした執事と泥棒がつかみ合いを始める。しかし、揉める執事と泥棒をよそに、ヒカリは目の前の大型テレビに釘付けになった。
「ねえ、橋倉」
「はっ」
橋倉が急にかしこまる。ヒカリは、大型テレビをじっと見つめたまま言った。
「彼は……誰?」