「それがいい! 行ってこい、泥棒!」
「そうだ! 泥棒なら学校に忍び込むなど
「すごいぞ、ヒカリ! おまえは頭が良い!」
祖父と執事が目を輝かせている。我ながらナイスアイディアだ。ヒカリは、自分の閃きに満足した。
「素晴らしいですわ、お嬢様!」
「さすがだ!」
他の使用人たちの声を聞きながら大きく頷く。肯定されることは、ヒカリにとって当たり前である。
「あぁ? 勝手に決めてんじゃねーぞ」
泥棒は耳を掘りながらそっぽを向く。ヒカリは眉を寄せた。
「やったら見逃してあげるわ。さっきの件」
「……」
「この私が、あなたを使ってあげるって言ってんのよ」
これだけ言っているのに、まるで手応えがない。泥棒は、こちらを向こうともしないのだ。
この感じは何なのか……。自分が何かを欲すれば、祖父や使用人たちは喜んで動いてくれるのに。
「たった今から雇ってあげる。これは命令よ。行って」
珍しく自分がムキになっていることに、ヒカリは気づいていなかった。
「まあ……報酬によっちゃ、やってやらないこともねえかな」
カゲは、自分を見下ろす面々をぐるりと眺めて口の端を歪めた。
「成功すれば考えてやる。その後はさっさと出ていくんだな、このコソドロが」
春平と目顔でやり取りすると、橋倉が言った。
「じゃ、よろしく」
そう言って背を向けるヒカリは、どことなく不機嫌そうであった。メイドたちと春平が慌てて追っていく。書庫には、カゲと橋倉だけが取り残された。
「いくら金持ちだからってよぉ。ちょっと歪んでねえか、この家の教育方針?」
「泥棒に何が分かる! まだまだ尽くし足りんわ!」
橋倉が激高する。
「お嬢様は、お小さい頃にご両親を亡くされたのだ。おいたわしい! 我らがしていることなど、お嬢様にはほんの小さな慰めにもならん……」
グスンと鼻を鳴らす橋倉を横目に、カゲは「どうでもいいけどな」と呟いて立ち上がった。
「おい! 出口は反対だぞ」
「うっせえ、トイレだ!」
カゲは素早くレストルームのドアを閉める。橋倉に「さっきもトイレ行ったのに」的な目で見られたくないからだ。
(もう一度トイレしとかないと不安……!)
「仕事」前だ。念には念を入れた方がいい。落ち着くと、カゲは便座に腰掛けたままニヤリとした。ただでガキのワガママに付き合うつもりではない。
(あのジジイ、見覚えがある。財界の鉄人、胡桃沢《くるみざわ》春平。唯一の弱点は孫……あのクソ生意気なガキらしいな)
上手くすれば、大金が引き出せるか──。